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三年で離縁の契約ですが、まずこの家の帳簿を直させていただきます 〜お飾り妻の、静かな家政立て直し〜  作者: 銀月ソフィ


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15/22

給金日の、列

 給金日は、月の五日。

 大広間の脇の小部屋に、机を一つ置いて、ベルトルトさんが、一人ずつ、給金の袋を渡す。

 受け取った者は、台帳に、受領の印を捺す。

 二十年、変わらない段取りだそうだ。

 二十年変わらない段取りには、二十年分の埃が積もる。埃は、検めない場所にだけ、積もる。


 今月から、その机の脇に、わたくしも、座ることにした。


「家政を預かる者として、皆さんのお働きに、ひと月のお礼を申し上げたいの」


 断る理由の、ない理屈だ。

 奥方が使用人を労うことを、止められる家令は、いない。

 ベルトルトさんは「それはそれは、皆も喜びましょう」と、にこやかに、椅子を一つ、増やしてくださった。

 椅子の位置は、机から、半歩だけ遠かった。台帳の字が、読みにくい距離。

 わたくしは、座ってから、何気なく、椅子を半歩、戻した。


 使用人が、一人ずつ、入ってくる。


「グレーテさん。今月も、おいしいお食事を、ありがとう」


「もったいないことで……」


「ドーラさん。ありがとう。冬着の繕いの布、来週には届きますからね」


「は、はい。ありがとうございます……!」


 一人ずつ、顔を見て、名前を呼んで、お礼を言う。

 十五人。

 受け取りの所作も、十五人分、見えた。

 袋を押しいただく人。重さを手の中で確かめる人。印を、息を止めて捺す若い人。

 給金日というものは、その家の体温が、いちばんよく見える日だ。

 それが、本当の目的ではないけれど、嘘の目的でもない。お礼は、本心だ。


 十五人が終わると、机の上に、袋が三つ、残った。


「あら。お三方、いらっしゃいませんのね」


「東の別邸詰めの者たちでございます。あちらを離れられませんので、いつものとおり、わたくしが、お届けにあがります」


「まあ、お一人で? 重うございましょうに。どなたか、お供を」


「いえいえ。慣れたものでございますから」


「では、せめて、受領の印は」


 わたくしは、台帳を、引き寄せた。


「先にいただいておくわけには、まいりませんものね。お届けのあと、捺していただいたものを、見せていただけます? 家政の台帳は、今月から、わたくしが月次に写しますの」


「————承知いたしました」


 ベルトルトさんの笑顔は、揺れなかった。

 揺れない笑顔の方と、ひと月お付き合いして、一つ、わかったことがある。

 あの方の笑顔は、揺れない代わりに、まばたきが、減る。


 今、減った。


 袋三つを、革の鞄にしまう手つきは、いつもどおり、丁寧だった。

 ただ、鞄の留め金を、二度、確かめていらした。

 一度で足りるものを、二度。



 三日後、台帳が、戻ってきた。


 ヨルク。ターレ。ブルーノ。

 三人分の受領印が、几帳面に、捺されていた。


 わたくしは、夜、灯りの下で、その頁と、先月までの頁を、見比べた。

 燭台を、二本に増やして。印影の検めは、灯り一本では、できない。


 印影は、三人とも、別の印だ。当然、そうしてある。

 けれど、蝋の色が、三つとも、同じだった。

 朱に、わずかに茶の混じる、独特の色。

 どこかで見た色だと思って、思い出した。

 事務室の机の隅の、封蝋の道具。

 屋敷の事務室の、封蝋の色だ。


 それから、捺し癖。

 三つの印が、三つとも、右上がりに、同じだけ、傾いでいる。

 人の手は、それぞれに癖を持つ。筆の癖、印の癖、紐の結びの癖。

 別々の三人が、同じ癖で印を捺すことは、ない。

 同じ一人の手が、三つの印を捺すと、こうなる。


 先月の頁も、先々月の頁も、同じだった。

 几帳面に、毎月、同じ傾きで。

 几帳面さというものは、こういうとき、首を絞める側に回る。


『三十五日目。受領印三つ。蝋同色、傾き同じ。手は、一つ』


 八年前に辞めたヨルクさん。

 顔のないターレさんと、ブルーノさん。

 三人の給金は、毎月、袋に入って、別邸への道を、運ばれていく。


 運んでいる方の手の中までは、まだ、見ていない。

 見ていないものは、書かない。

 帳簿は、見たものだけを、書く場所だ。


 だから、次は、見に行くことにした。

 東の別邸を。



 お読みいただき、ありがとうございます。

 三つの印を、一つの手が捺しているようです。


 次話「義妹様の、お稽古」——その前に、温室に新しい鉢が届きます。


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