↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三年で離縁の契約ですが、まずこの家の帳簿を直させていただきます 〜お飾り妻の、静かな家政立て直し〜  作者: 銀月ソフィ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/72

第13話:使用人名簿の、空欄

 二月目の最初の仕事は、使用人名簿の確認と決めていた。家政は、金の前に人だ。給金は家計の三割を占めるし、人の数が合わない家計は、何をしても合わない。


 契約は、三年。月次の締めは、三十六回ある。そのうちの、二枚目が始まる。


 名簿は、よく整っていた。名前、生まれ、役目、雇い入れの年、給金の額。几帳面な字が、十八人分、行儀よく並んでいる。


 几帳面な名簿ほど、顔と突き合わせる値打ちがある。紙の上で行儀のよいものを、わたくしはひと月で信用しなくなっていた。


 名簿の上の使用人は、十八人。わたくしがひと月かけて顔と名前を覚えた使用人は、十五人。


 三人、多い。


「ミーナさん。お屋敷の皆さんを端から数えていただける? 通いの方も、入れて」


「数えるって、人をですか? いいですけど……一、二、……えっと、厨房が四人でしょ、お掃除が……」


 ミーナさんの指折りは二度やって、二度とも十五で終わった。指折りの間、ミーナさんは洗濯場の人数で一度迷い、門のヴィムさんを忘れかけて、数え直した。それでも、十五。


 人の頭数というものは、暮らしている人間が数えると、まず間違わない。


 名簿に戻る。十五人の名前には、全部、顔が付いた。残る三つの名前は——ヨルク、ターレ、ブルーノ。


 庭師助手。薪番。御者助手。三人とも、男手。三人とも、五年以上前からの雇い入れ。そして三人とも、備考の欄に同じ一行があった。


『東の別邸詰め』


 東の別邸。屋敷の図面で見た。領地の東の外れ、森の手前の古い狩猟館だ。先代の頃は、お客様の猟の宿に使ったという。今は、使っていない——はずだ。


 使っていない別邸に、庭師助手と、薪番と、御者助手が三人。


 庭のない別邸に庭師助手。火を焚かない別邸に薪番。馬車の来ない別邸に御者助手。五年以上、詰めて。毎月、給金が出て。


『三十二日目。名簿十八、顔十五。差の三人、東の別邸詰め』


 卵の次は、人。この家の帳簿は、品を変えて同じ形の嘘をつく。


 同じ形の嘘は、同じ人の手癖だ。手癖というものは字と同じで、本人がいちばん気づかない。



 午後、洗濯場の脇を通りかかるとドーラさんがいたので、世間話のついでに伺ってみた。繕い物の籠を半分持って差し上げながら。重い籠は、口を軽くする。


「東の別邸には、どなたか、お住まいでしたかしら」


「別邸、でございますか? いえ、あちらはもう、長いこと閉めて……ああ、でも、確か、見回りの者が置いてあるとか。クラム様がそう」


「見回りの方のお顔は」


「……さあ。お屋敷には、いらっしゃいませんので。給金も、クラム様が直々に別邸まで届けておいでだそうで。律儀なことでございますよ」


 律儀。管財人が月に一度、片道半日と言われる別邸まで、自ら給金を届けに行く。


 二十年家を預かる人の労を、誰も疑わない。疑わないどころか、感心している。律儀、と。


 律儀と用心深さは、帳簿の上では同じ字で書かれる。届け物を他人の手に一度も触れさせない。それは忠義の形にも、隠し事の形にもなる。



 夕方、廊下でコルネリア様と行き合った。


 行き合う回数が、このごろ多い。屋敷は広いのに、不思議なことだ。


 今日のコルネリア様は本を一冊、抱えていらした。題は見えないように抱えていらしたけれど、頁の角の丸まり方で、何度も読んだ本だとわかった。


「義姉様。……今度は何を数えてるのよ」


「あら。なぜ、数えていると」


「ミーナが言ってたわ。奥様はこのごろ、人を数えてるって。……変なの」


 コルネリア様はつん、と横を向いて、それから、横を向いたまま仰った。


「ヨルクなら、いないわよ」


「————」


「名簿、見たんでしょ。ヨルクって名前、あったでしょ。……あの人、私が小さい頃の庭師助手よ。お母様のバラの世話をしてた。お母様が亡くなった年に、お屋敷を辞めたわ。泣きながら、辞めていったのを覚えてるもの」


 わたくしは、足を止めた。


「それは……何年前のお話ですか」


「八年前よ」


 八年前。八つの子供の記憶。ただし、母親のバラと、泣きながら辞めた庭師と、その二つを一緒に覚えている記憶だ。子供は、そういうものを間違えない。


 八年前に泣きながら辞めた庭師助手が、名簿の上では東の別邸で、今月も給金を受け取っている。


「コルネリア様」


「何よ」


「とても、大切なことを教えてくださいました」


「……ふ、ふうん? 別に教えたわけじゃ、ないけど」


 コルネリア様は、近道だと言って歩いて行かれた。今日の近道は、わたくしの真横を通るらしかった。すれ違いざま、抱えた本の背が、ちらりと見えた。


 園芸の本だった。

 名簿は、顔と突き合わせて初めて名簿になります。突き合わせない名簿は、ただの、字のきれいな願い事でございます。


 次話「雨の、温室」。義妹様と、傘のない場所で二度目のお話をいたします。八年、誰にも見せていなかった手元がございます。


 「園芸の本だった」の一行に、あ、と声の出た方。ブックマークと評価が、次の一頁になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。