第49話 すぐそばにいる君へ
まるで紙が破れるようなあっけない音だった。
すっかり冷たくなった触れた覚えのある肌に到達した俺の手は、そのまま中身を引きずり出した。
「ステラ!!!」
真っ暗で分からないけれど、俺の手は彼女の感触を覚えていた。失いそうだったかけがえのないものを取り戻せた喜びで手が震え、涙が出そうになった。
「……生き、てるのか」
この空間で呼吸や鼓動を確認することがどれだけ滑稽かはわからない。でも、その体を抱きしめた時に感じた仄かな温もりが、彼女の生きているあかしだと俺は確信した。
「よかった、よかった…… よし、あとは戻るだけだ!」
『待って!!』
「!?」
聞こえるはずのない声。しかし、どこか遠くから聞こえるその声は、確かにステラのものだ。
「……ステラ?」
背中に背負う彼女に声をかけるが、未だに眠ったままだ。俺は見えない目を凝らして辺りを探る。
「くそ、こういうとき『暗視』が使えれば」
その言葉で、ふっと目の前に女の子が映った。俺は突然の事でそこから散歩ほど飛びのいた。
「うわああ!! ……って、あれ? ステラ?」
『いいの、みそら? そのまま私を助け出しても』
「って、お前はミステラか?」
『質問に答えて』
突然現れたかと思ったらそんな質問を俺に投げかける。
「ステラは大事な人だ。こんな形で別れることを彼女だって望んでない」
『もう、その中にはみそらの思いでは残ってないよ』
「それはそうかもしれないけど」
『前と同じように、みそらのことを好きになってくれるとは限らないよ?』
「だからって、俺は放っておけないよ」
『なんで? 女の子だから? キスしたから?』
『ミステラ……』
俺は答えに詰まった。
彼女の言うことも正しい。
もしもステラじゃなかったら? 例えば天間さんだったら放置しただろうか。八雲ねーちゃんだったら? あるいは……
「けど、助けてたと思う」
『どうして?』
「だれだって、助けてほしいって言われたら、助けたいって思うじゃん」
ミステラは黙った。
そして、その姿を閉じる。ややあって彼女がいた場所に小さな箱が表示された。
『壁ジャンプを使って。マザーブレインの出口まで行けるはず』
「ありがとう!」
俺は背中のステラをもう一度確認し、ARMの作ったエスケープルートへ身を乗り出した。
◇
空が青いのは、光の粒子が空にずっと留まるから青いらしい。
海も海底からの反射がゆっくりな青い光が留まるから、青いらしい。
それらは地球では当たり前でも、遠く離れたエアル・ヴェノスではめったに見られない。
海と呼べる場所はほぼなく、空と呼べる場所はない。地面には土はなく、植物なんて毛ほども生えてない。生命と呼べるものは、この三次元空間からは目に見える場所にほとんど存在していないのだ。
「これは、腕が鳴りますね」
「父親として? それとも元原住民として?」
ウェド艦長は久しぶりの帰郷に目を輝かせていた。
その横ではピア副艦長がすっかり膨らんだお腹を大事そうにさすっていた。
艦内は、エアル・ヴェノス復興のために今日もあちこち忙しそうだ。
リブレーン解体後、無事にここまで航海して来た他の艦らとあわせてマザーブレインに残ったままの住人を、順次三次元の身体へダウンロードする予定らしい。
彼らのおかげで色んな予定が狂ったと、ディープ・アドバンスの乗組員は笑顔でぼやいていた。
技術開発を主に手掛けていたチームは、マザーブレインに残留する当時の技術者たちが遺した多次元空間制御プログラムの解析で到着以来サーバルームに入りびたりだそうだ。
その成果もあり、俺が借りていた最新型ARMはものの数日で量産化されて地球人もあっという間に電子記録現実化を習得できるようになった。
原子変換も可能なほどのエネルギーを光触媒によって生み出したとはいえ、地球と同じ環境に保つにはまだ時間と経験が必要らしく、まだまだ多くの住人は舟継島を拠点にして活動している。なんだかんだあの島は生活環境として最高水準の場所らしい。
「……じゃあ、行ってきます。ステラ」
ステラは、あれからまだ目が覚めない。今もディープ・アドバンスにある医務室で様々なチューブが繋がれたまま、ゆっくりと胸を上下させている。
俺がこちらに戻ってきたとき、彼女の脳は再び同じ肉体に戻り、生命活動を再開したらしい。なんせ戻ってきた直後、俺も数ヶ月目が覚めなかったといから人づてに聞いた話になるが。
ミステラもあれから沈黙が続いている。システムに負荷がかかったとかで会話も十分にできなくなってしまったので、俺は今新しいARMを再配給して交換してもらい、再びミストルをOSとして育てている。
新型は使い勝手はいいものの、蓄積された経験がない分できることが変わってしまって、人間の側が慣れないといけない部分が多いなと感じる。
そんな話をジョーさんにしたら「お前はもう若くないな」って言われた。
ステラのいない日常が、当たり前になりそうになった。
毎日顔を合わせているのに、何故かそう感じることが増えた気がする。
また話したい。また笑い合いたい。
ふと過去の選択が間違っていたのかと思うこともある。自分のエゴで助けられた命を不意にしたかも、と思うこともある。
天間さんあたりにその話を振ると「じゃあ私は死んでよかったんでしょうか?」って言われそうだから言わないけど。
だから、俺は君が目覚めてくれると嬉しい。
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