第47話 深く高い場所で
ミステラが作り出したステラの顔は、悲痛で今にも泣きだしそうだった。
「ステラ、じゃないのか?」
「本体が取り込まれた時のために、OSに組み込んだメッセージ、それが私」
それは日本語で、ARMが翻訳を介さない初めての言葉だった。八雲ねーちゃんたちもARMの連携システムを通して、俺と同じ声と映像を見ているようだ。みんなが一瞬安堵して、そして落胆した。
「ゼラレイドが私を取り込んだ時、解除キーの誤動作でマザーブレインに取り込まれる可能性があると分かってた」
「そんな……」
「お母さんのいう方法は、危険。だって、みそらを私たち多次元人と同じ構造に変換して、異物のままマザーブレインに侵入させる方法だから」
一瞬意味が分からなかった。
みんなが顔を見合わせて悩んでる中、それに反応できたのはジョーさんが最初だった。
「それは、ウイルスになるってことか?」
「でも、ウイルスならセキュリティで弾かれるのではありませんか?」
ステラはゆっくり首を振る。
「多次元人でも、マザーブレインの中なら全部ウイルス扱い。――だけど」
映像のステラは俺のARMを指さす。
「みそらはそのセキュリティを無効化できるPMを扱えるから、可能性の話では不可能じゃないって事」
「え、俺そんなPM持ってないけど」
突然プリセットが入れ替えられ、ベースセットがスロットに装着される。
カモフラ、フィジカルブースト、壁ジャンプ……
「え、自作PMが??」
「今のみそらだったらARMの補助なしで起動できる。だけどあくまで三次元空間での話。ブレインの中は二次元から五次元の間を行き来する。最悪、潜ったまま私を見つけることなく……」
死ぬ、か。
「……ねえ、ジョーさん」
「なんだ?」
「STELLAって、予備あったりする?」
「うーん…… ディープ・アドバンスにはもうないだろうが、他の艦にバックアップがあるんじゃないか? 地球人サイドの共通研究だったはずだからな」
「用意してほしい」
不思議と怖くない。
むしろうまくいく気すらする。
「……みそら?」
「ステラ、俺は行く」
彼女の顔から表情が消える。
「だめ。私は…… 死んだわけじゃないから」
「俺はステラに会いたい」
「……」
「可能性がある、俺ならできる、それなのにやめろって言うのは…… いや、そうじゃなくて」
うまく言葉にならない。
もっと言いたいことがある。伝えたい気持ちがある。
だから、本人がいないといけないんだ。
不器用で、まっすぐで、誰よりも他人のために戦える彼女に。
【みそら】
「はい」
【むすめを じゆうにしてください】
「おかあさん!」
【あなたひとりが ぎせいになるひつようは ないのです】
ああ、そういえばそうだ。
マザーブレインは…… 彼女の母親は、彼女が人として生きるために、外の世界へ助けを求めたんだ。
この人だってこんな結末を望んでいるわけじゃあないんだ。
「マザーブレイン、俺をステラのいるところへ!」
「みそら!!」
【わかりました】
ステラは俺に駆け寄り、実体のない腕で抱きしめる。
それは強く、温かで、けど、どこか寂しくて。
【むすめを―― よろしくおねがいします】
◇
知的生命体が知能を得た瞬間というのは、どんな感じなんだろう。
色を認識しただろうか。
明るさを認識しただろうか。
自分の体をどう思っただろうか。
「なにも…… わからない?」
色のない、白と黒の混ざった世界。
光があるのかどうかも分からない。
目が開いてるのだろうか。
手はあるのか、足はあるのか、体の機能に問題はないか。
「ステラ……」
胸が苦しくなる。
会いたい。
抱きしめたい。
キスがしたい。
生物の根源欲求を成したい。
体面的な雑念が取り払われた今、ただ自分の欲望だけが脳に残っている。
どくん。
「……心臓?」
データに変換されたはずの胸の中に、熱く滾るものが溢れる。
それに倣って目の前へ手を伸ばす。すると、そこに小さな小さな『隙間』が見つかった。
セキュリティの境目なのか、設定のミスなのか。
いずれにせよ、俺はこの壁の越え方を知っている。
「自分の存在座標をデータ変換して、そこへ滑り込ませる。ベースプログラムはあってはならない存在座標の置き換えを行う際、移動ベクトルに応じた再配置を実行する」
八雲ねーちゃんと一緒に作ったときに見つけた『仕様』だ。
「学校でこの隙間が見つかった時を思い出すな」
好奇心で伸ばした手。
出会った、かけがえのない存在。
「だから、俺は手を伸ばしたんだ」
俺はまた伸ばす。どこに行くかもわからないその場所へ行くために。
自然ともう心に恐怖はない。
自分が欲しいと願うもののためにただ手を伸ばす。
だって、自分が手を伸ばさないと手に入らないって、教えてもらったから。
自分がやらないと誰もやらないって、教えてもらったから。
まだ、伝えたいことがあるから。
「……PM、起動」
ぬるり、と壁の向こうへ進む。
反対側に抜けるまで、水の中のように手足が重くなる。
いつもならコンマ1秒もかからない処理が、無限の時間をかけるように重くのしかかる。
「まだか? もしかして、セキュリティにひっかかったか?」
あるいは仕様そのものが間違っていたか。目論見が見当違いだった可能性もある。
でも、進むしかない。
「……ステラ」
視界に、小さな光が灯る。
唐突に光が網膜を焼き、自分が見えなくなるほどの光に包まれた。
「うぁっ!?」
光を遮ろうと脳が命令する。
目の前に、手が現れた。
俺には手があった。腕があった。
光を感じる目があった。
「ステラ!」
その目に飛び込んできたのは、水晶のようなケースの中に愛する人が浮かんでいる姿だった。
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