第43話 欲望の果て
目標が目の前にいる状況では、いくらラスボスと言えど脇役はスルーするようだ。
相手の目を盗みつつあっさりと施設入り口の扉をくぐると、最初の時よりも周囲が重い空気に包まれていた。
「なんだ? こないだと変わってないはずなのに」
『多分…… ウォーロックの起動で処理に負荷がかかってるんだと思う』
「え、サーバメモリ食ってるってこと?」
『元々アレはエアル・ヴェノス全土の空調管理をさせるためのもので、どちらかというと環境保全装置の役割が強いの。あんな使い方するとは思わなかったけど』
ああ、だからサーバが直接管理してるのか。
「って、それはつまりゼラレイドが環境装置を自由に操れるほどサーバの権限を奪ってるってことじゃんか!」
俺は前回の侵入経路を呼び出し、網膜に表示させる。目に映り込んだマップの末端に俺の居場所を示すアイコンが表示される。
「よし、一気に行くぞ!」
『うん!』
真っ白だった壁はどこか重暗く光を返し、奥に進むたびに空気が生暖かなものへと変わっていく。人の口の中、とでも言えばいいだろうか。生々しいじっとりとした雰囲気のなか、俺たちは奥へと進む。
「……HDC、一体も出てこないな」
『流石に戦闘が起こるとまずいからじゃないかな?』
「じゃあ、ウォーロックが最後の砦だったわけだ」
『あるいは―― 必要がないから、とも』
足音は「エアキープ」の効果で反響を限りなく抑えつつ息の上がらない程度の速さで走りぬける。この先、ゼラレイドとどういう状況で出会うかが分からない以上、無駄な体力消耗は避けたい。
「……来たぞ」
最終フロア前に到着した。
空気はどんどん熱を持ち、じわじわとよどんだものへと変質している。焦げた匂いにも近く、一気に肺へ吸い込むとせき込みそうなほど不快な気すらした。
「……中はどうなってる?」
『「暗視」つけるよ』
ぼんやりとだけ見えていたホールの中はそれほど変化はない。
ただ、本来いるはずの二人分の人影が一人に変わっている。
「ステラは…… どこだ!?」
中央の巨大な人影は、ゆっくりと俺の方へ向き直る。
「「やあ待っていたよ。」」
がこん、と重い音が響く。
ホールの中がまばゆいばかりの光であふれ、以前とは違う姿を俺にさらす。
「え、なに…… これ」
「「新たなるエアル・ヴェノス誕生の瞬間だよ」」
そこは、まるで大きな球状の部屋。
全面に小さなプリズムが設置され、どこからか降り注ぐ光があちこちに反射・拡散し、最初の頃とはうって変わって光の中にいるような雰囲気で満たされていた。
だが、部屋の中央にいる存在に俺は愕然とした。
「「どうかな? なるべくお互いを残す形にしてみたよ。気に入ってもらえれば何よりだ」」
それは《《ステラの姿をした何か》》。
上半身が裸であったこともドキッとしたが、下半身はゼラレイドだった紫色のイカの触手にすり替わり、肩や後頭部にかけて黒い組織がへばりついている。
周囲には取り囲むように中空に映し出されたヴァーチャルスクリーンがいくつも並び、それぞれがとてつもない速さでスクロールしている。
「「君たちが使うARMというデバイスを真似てみたんだ。おかげで今、私はマザーブレインと繋がり、このエアル・ヴェノスを見通すことができるようになった」」
「ふざけんな!!!」
バチン! と音を立てて周囲の空気が凍る。
「「まあ聞きたまえ」」
俺の立っている位置からでもわかる速度で、壁面が回転を始める。
「「私はいわば救世主だ。多次元の存在へと進化した民を見捨て、身内だけを救おうとした愚かな管理者を廃し、新たな世界の創造を行うのだ」」
寒気が走る。
ゲームやアニメで悪役が言うセリフを実際に聞くと、こんなにも陳腐で幼稚な発言に聞こえるとは。
それをステラの声で言うのがまた、残念な子供じみて聞こえる。
「……そんなの、一人でやれよ。誰も巻き込むなよ! ステラを返せ!」
「「不可能だ。プリンセスの中に埋まった解除キーは取り出せぬと判断した。だから、脳ごと融合して直接コマンドを送っているんでな。引き剥がせば両方とも死ぬぞ?」」
ステラの顔をした、ステラではない笑顔がそこに張り付く。老齢の女性のような、無邪気な少年のような、得体のしれない喜びを浮かべた《《それ》》は、自分の体を弄りながら続ける。
「「この体は素晴らしい。さすがは地球の技術とエアル・ヴェノスの知識が生んだ傑作品よ。どれだけ脳を酷使しても疲れることもなく、度重なる外部からの攻撃もものともしない。……すばらしい住処だ」」
「ステラの体で遊んでんじゃねぇ!」
怒りがふつふつと湧く。だが、ゼラレイドの言ってることが事実なら、ステラの体はもう手遅れ…… なのかもしれない。
「「ふん、所詮出来損ないの女王に言われたままやってきたお前たちに、エアル・ヴェノスを救おうなどサブメモリバグも甚だしいわ。とっとと一次元の…… ぐふ!?」」
言葉の途中で声が途切れる。
「み、そ、ら……」
「ステラ!?」
唐突に、網膜へ無数の文字列が刻まれる。半透明の猛烈な文字列の波に押され、視界が一時的にそれらで埋まるほどに。
『バージョン1.4、1.9、2.7……』
「ミステラ?? 何が起こってるんだ!!?」
『本体よりデータ送信が行われいます。完了までお待ちください』
ARMのOSが驚く速さで更新を始める。彼女は膨大なデータを流し込みながら、ある数字でピタリと止まった。
『バージョン137。アップデート完了』
「ほう…… そちらに意識を委ねたか。いいのか? 解除キーは肉体に依存している。それを放棄しても」
脳内のステラは俺に告げる。
『みそら…… 信じてるから』
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