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第35話 ホワイトナイト

 ゼラレイドは一歩、また一歩ステラに近づく。


「しかし、肉の身体は不便だ。我らもこの次元がベースである以上、存在軸を異にしてなお生きるためこの空間に支配されている」


 歩きにくそうにしながらも、その速度は緩まない。


「本来なら地球と変わらない重力を生み出していたはずなのに、今はその力すら失われている。まともな世界を構築するだけの演算ができていない」


 俺はステラにダッシュで近づく。幸いにも重力操作に慣れた体はあっという間に追いついてゼラレイドの接近を止めることに成功する。

 しかし、彼の動きは止まらない。それどころか、肩をゆすって笑い始めた。


「な、何がおかしい? ――ぐっ!?」


 背後から衝撃。

 振り返ると、背中から細い刃物が突き刺さっていた。刺したのは―― ステラだ。


「す、てら…… どうし、て」


 力が抜ける。膝が笑い、思わず手をつく。それでもゼラレイドに視線を向けるべく顔を上げる。


「意志の力、か? 子供ながらその精神力はなかなかだ。だがもうあらゆる準備は整った。もう私を止めることは誰にもできんよ」


 あと数歩という所でゼラレイドは止まる。ゆっくりと上を向いてため息をつきながら、先ほどよりも高い声で語り始めた。


「美しいだろう? エアル・ヴェノスを構成する代々のマザーブレインだ。それぞれがバックアップと現行の演算を行うことで世界を保っている。既に自分たちが住んでいた惑星が滅んだ後も、こうして高次元の存在となることで命と魂を繋いできた。だというのに」

「あぐっ!?」


 ゼラレイドは俺の髪を掴んで無理やり顔を向かせる。


「新たなマザーブレインの起動認証キーを娘のデータに混ぜ込んで他の惑星に逃がし、この世界を終わらせようとした。あまつさえそれを他の知的生命体に暴露し、同情を買おうとする始末。まったく、これが母親のすることか」

「は、離せっ!」


 振りほどく力も湧かず、ただ歪な顔を向けられて吐きそうになる。だが、ゼラレイドはその異形な姿を見せつけるように続けた。


「もう数代前のブレインは脳細胞のほとんどが死んでいる。それを無理やり生体メモリに繋いで仮死状態のまま使っている。……正直、そんな生体組織は今や意味を成さない。捨てればいいのだよ。まったく、女王のやることは理解ができん」


 ヴン、と大気が嘶く。中空に生み出された巨大な漆黒の槍は、浮かぶ脳みそめがけて超高速で投げ飛ばされる。しかしそれは命中するより早く粉々になり、霧散した。


「このまま女王は自死もできず、ただ滅ぶのを待つだけときている。何百億と存在するエアル・ヴェノスの住人を自らと共に滅ぼすことを願っている。……わずかに選ばれたものを他の惑星に逃がし、受肉させてまで」


 話が見えない。

 確かに、受肉させて住人を救済するという話は聞いている。けれど、ゼラレイドはそれ自体を問題にしているわけではない。


「なにが、いいたいんだ」

「娘を犠牲にすればいいんだよ。そうすれば、すべての住人を余すことなく救えるんだ。たった一人、新しいブレイン(演算装置)を用意するだけで事足りるのにこいつはそうしなかった!」

「っぐ!」


 ゼラレイドは俺の背中を踏みつける。傷口が広がり、胸のあたりに温かいものが広がる。

 同時に、下半身が徐々に冷たくなっていくのを感じる。血液が体の中を十分に循環しなくなっているようだ。


「だから、あえて私がなろうというのだ。この中の一つにな」

「ひと、つに?」

【あなたには ふかのうです】

「ふん、それはお前の娘にだけアクセス権である解除キーさえあれば、私がマザーブレインと統合できることはすでに調査済みだ」


 今度はステラの髪を掴む。そして限りなく顔を近づけて小さく呟いた。


「さあステラ。君のせいで愛しの巡里くんが瀕死だ。どうすればいいかな?」

「『みそら…… たすける…… わたしの すべてを だしてでも』」





「その通りです、ステラさん!!」





 大きなホール上のこの部屋で、どこか聞き覚えのある声が響いた。


「HDC-096、【メモリアライズ】!」


 強烈な光が部屋を照らす。同時にそれらは一瞬で大人三人分ほどの巨体を持った大型犬が二体出現する。それらはひとっとびで俺の近くまで来ると、一体はゼラレイドをけん制し、もう一体が俺を咥えて一気に入り口付近へと引っ張っていく。


「うわ、すっご。やるやん天間っち!」

「巡里氏! 無事か!?」


 さらに懐かしい声が聞こえてくる。かなり前にすっかり聞くことがなくなった声を聞いて、思わず涙があふれてきた。


「八雲ねーちゃん……? それにジョーさん?」

「ひどい傷だ! PM起動、【応急処置】!」


 深く刺さった刃物を抜き、傷口を塞ぐ。しかし失った血液までは再生されない。


「ありがと、ございます」

「よう頑張った。あとは任しとき!」

「とは言いますが、我々もこれ以上は深入りできそうにありませんわ」

「え、天間さん、なの?? どうして??」

「恩人を助けたいと思うのは、おかしいことでしょうか?」

「いやむしろ、どうして生きてるのか……」


 だがその続きは、ゼラレイドが天間さんの作りだしたHDC-096を屠った音でかき消された。


「詳しくは本土(ディープ・アドバンス)でしましょう、いったんここは『逃げ』ですわ!」


 天間さんの合図で周囲に不可視性のガスがふりまかれた。

 そして俺たちは、その施設から離脱した。

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