第34話 滅びゆく母
「あれ?」
「『どうしたの?』」
「なんか、体が軽い」
普段通り歩こうと足に力を入れる。だが、何故か体はふわりと飛び上がる。うまく地面を蹴れない体は、その反動で上空に投げ出されるのだ。
「『舟継島と比べたら、半分以下の重力だね』」
「やっぱり! 歩きにくいぞこれは……」
「『そういう時は』」
ステラは俺の腰に手を回し、近くの大きな建物の壁を思いっきり蹴った。
横向きのベクトルが加わったジャンプは想像を超えて大きく弧を描き、着地もスムーズで衝撃を感じなかった。そのまま勢いを殺すことなく追加の跳躍を続けると、数日かかるかと思った目的地へ数時間もかからなかった。
「……着いたな」
近くで見ると巨大な灯台にも見える。
船継島にも灯台はあるが、GPSの原点程度でしかないので高い必要も光を灯す必要もない。
こちらの灯台はそもそも小惑星群の軸として運用されている部分もあってか、果てしなく巨大だ。
「『ディープ・アドバンスくらいの大きさ?』」
「規模としては近いかもな」
しかしステラはそれ以上喋ることも、動こうともしない。
「ステラ?」
「『……』」
ぼーっと空を見上げるだけで反応もしない。
目の前で手を降ってみても、肩を叩いてみても、お尻を突いても反応がない。
「『そうか…… だから重力も』」
「え? ステラ?」
彼女はおぼろげな表情のまま施設に入っていく。俺も一歩遅れて早足で追いかけた。
「ステラ! どうしたんだよ!?」
施設の真ん中を巨大な柱が通っている。文字通りこのエアル・ヴェノスを支える軸になっているのだろう。時折ギギギ、と駆動音をさせては回転をしているようだ。
「『……こっち』」
すいすいと奥へ進むステラに違和感を覚えつつも俺はその後を追う。
壁という壁には幾何学模様に似た文字がびっしりと書かれており、それらは時々光っては波打つように通り過ぎていく。通信網の一種なんだろうか。
「『うん、うん…… やっぱり』」
時折独り言をつぶやきながらどんどんと奥へ向かう。ただ追いかけるのも怖くなってきたが、ここで待っていても変わらないので、なんとかついていく。
「これ、何だろ。……えっ??」
不意に壁に手を当てると、思ってた感覚と全く異なった感触に驚いた。
「あ、ったかい?」
それは仄かに熱を帯び、触り心地もどこか懐かしさを覚えるものだった。
まるで―― 人の皮膚のように。
俺は嫌な予感がしてさらに奥へ行くステラに追いつくべく走り出す。
施設の雰囲気が徐々に重いものになり、日が届かないはずの場所だというのに明るい屋内に軽く恐怖を抱き始めた。
「ステラ! ステラ!?」
思わず彼女の名前を呼ぶ。しかし声は帰ってこない。
「くそ、はぐれてたりしないか? 道を間違えたか? ここであってるのか!?」
来た道を振り返るが、分かれ道らしきものはない。向かう先にも分岐点は見えないので、どこかで見失うことはないはずだ。
「ミストル、ステラの位置情報は分かるか?」
『信号が出ていることくらいしかわかりません』
「だよな…… くそっ」
足元に気を付けながら先を急ぐ。坂道になってるところ、階段を下るところ、曲がりくねった通路、それらを走り抜けると、突然広い場所に出た。
「あ、ステラ!」
その中央のあたりに、座り込んだステラを見つけた。
「まったく、自分だけ先に行くんだから…… ステラ?」
「『……』」
彼女は全く喋らない。ぼんやりと上を見たまま動かないのだ。
「うえ、何かあるのか?」
俺もそれに倣って上を見上げた。
「うっ!? ……の、脳みそ??」
それは、一つ一つが人間の身体と同じくらいの巨大な脳みそが、なぞの触手によっていくつも繋がった状態で不規則に上下運動をしながら浮かんでおり、それぞれがほのかな光を放っていた。
「な、なんだあれは」
『ようこそ、と言ってます』
「は?? あれ、何か伝えてるのか?」
『ライブラリのデータに照合するパターンがありました。ステラ様のパターンと酷似しています』
ミストルが気を利かせて、脳みそが伝えたい内容を網膜に字幕として浮かび上がらせる。
【ちきゅうのともよ ようこそ えある・べのす へ】
「……は、はあ。どうも」
【わがむすめを ぶじにつれてきてくれたこと かんしゃします】
「え、じゃあ、あなたがステラの…… お母さん?」
【はい そうです そしてこのせかいにおいて かんりしゃ でもあります】
淡々と話す母親に異質な愛情を感じながらも、俺は字幕を読み進める。
【しかし いますてらは よくないじょうたい の ようです】
「やっぱり!? でも、何がどうなってるのか俺にはさっぱり」
「彼女は新しい『器』になってもらう必要があるから、それでいいんだよ」
唐突に響いた、聞き慣れた声。
視線を巡らせると、俺とは反対側にその主は立っていた。
【ぜられいど…… あなたが はんにんですか】
「あなたが下らないことを言ったりしなければ、こんなことにはならなかった」
ゼラレイドはゆっくりとステラに近づく。
「ステラ、こっちに!」
しかし彼女はその場に座り込んだままで、動こうとしない。
「ステラ、早く!」
「無駄だよ。彼女の意志はこのエアル・ヴェノスに到着したことをトリガーに、我々のコントロール下に入った」
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