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第33話 すぐ隣には真空の世界

 ステラを背中に背負い、手持ちのスロットを確認する。スロット数は変わらず二つで一つはいつもの壁ジャンプ(すりぬけ)が埋まっている。とりあえずは収めるPMがないので、いつでもセットできるよう空けてある。

 起動する前に、背中に柔らかいものを感じながら俺は目の前の壁に手を当てる。


『準備はいいですか?』

「……うん」

「『お願いね』」


 PMスロットの「壁ジャンプ(すりぬけ)」を起動する。

 視界に当たり判定のボクセルが壁に重なって表示され、その先へ飛べることが確認できる。

 しかし、その先は真空の世界。

 数秒で血液は沸騰し、内側から爆発する。脳は焼け、神経はただれて使い物にならなくなり、だけど苦しみを感じるのは一瞬らしい。


 気道を躊躇していると、背後から抱き着くステラの手に力がこもる。


「『大丈夫、うまくいく』」


 俺はそれに返事をせず、そっと隙間に指を入れた。


 ぐい、と体が引き込まれる感覚。存在座標を無理やりねじ込むと、そのまま体が壁の中へと滑り込む。

 奈落に落ちるような長く引っ張られる感覚が、普段の何倍も長く感じた。体重の制御がうまくいかない。体制が少し前傾姿勢になっているのか、少しお腹に違和感を覚えた。緩いボディーブローを食らっているような、こみ上がる嘔吐感で気持ち悪い。


「『目を瞑って、口を塞いで!』」

「!?」


 耳がキン、とガラスを叩いたようなカン高い音でいっぱいになる。

 胃が膨らむ。肺が弾けそうになるのをステラが強く抱きしめることで何とか耐えた。

 唐突におしっこに行きたくなったが、漏れそうになる直前にその感覚ごと体が楽になる。……大きいほうは無事だろうか。


「『もう大丈夫』」

「……ぷはぁ! はぁ、はぁ。って、息ができる?」

「『PMエアキープの流用よ。周囲に空気の膜を作るから、少しの間は呼吸もできるわ』」


 そういえば、ジョーさんが舟継島に来たときそんなPMを使ってたな、などと思い出す。


「……うおお、あっぶねぇ」


 目を開けると、巨大な戦艦が真横を通り過ぎる所だった。真っ黒で、いや周りの光が弱いせいか黒以外の色が見えない船体の戦艦が、遠くの小惑星群に向かって進んでいる。


「あれが、エアル・ヴェノス?」

「『うん。ひとつひとつに情報処理格納施設があって、そこに百万単位の人格データが保存されてる』」


 今だに言われてることが理解できないが、ステラのお母さんはそれらが限界に来ていて、ゼラレイドは問題がないと言っている。

 今も、どちらが正しいのか俺には分からない。


「これ、どうやって動いてるの?」

「『進行方向へ向かって空気膜に穴をあけてる』」

「それ大丈夫なのか?」

「『到着までの時間から逆算して、十分もつ距離だから大丈夫!』」


 風を感じないから進んでいるかどうかも分からない。

 だが、そんな心配は杞憂に終わった。戦艦が弾いたデブリ(宇宙ゴミ)の欠片が俺たちめがけて飛んできたからだ。


「うわぁ!」

「『きゃっ! 危ないわね!』」

「っとっとっとぉ!」


 体の姿勢を無理に変えることで進行方向そのものを逸らし、なんとか直撃を耐える。ふらふらと海の中を泳ぐ小さな魚になった気分だ。


「ほっ、よっ!」

「『はい、っと! んっ!』」


 ある程度進むと、恐らく建造物であろう巨大な傘の骨に似た物体の端っこに到着した。強く輝く太陽のような天体の光を受けて、骨は光を受け取ったり逆に背を向けて遮ったりしている。


「『あの太陽みたいな恒星の光を受けて、エアル・ヴェノスはメモリアライズエネルギーを取り込んでるの』」


 ステラは周囲に張った空気の膜を取り払う。そこには十分な空気があり、呼吸を損なうことはなかった。


「ここには空気あるんだ」

「『私たちも、最初から三次元の肉体がなかったわけじゃないからね。先に世界の崩壊があって、そこで生き残るためにさらなる上の次元へ行く体を作った結果、今があるの』」

「それも、ディープ・アドバンスで?」


 ステラはこくんと頷く。

 ゆっくりと彼女は視線を動かし、骨組みの根っこの方を見るとそこへ向かって指をさした。


「『あそこ。エアル・ヴェノスの中枢にもなってる場所。あそこでお母さんが世界全体の演算を行ってる…… はず』」


 銀色か黒か、俺の目では正しく見えない何かで小惑星らは接続されているようで、規則正しい速度をもって動いている。あの演算中枢が軸になって、世界全体に満遍なく恒星の光を届けているようだ。


「あれが崩壊すれば、恒星の光が届かない場所ができたり、散り散りになって二度と戻ってこれなくなる、か」


 しかし、今居る場所からあの軸までは相当な距離があるように見える。


「……行くしかないか」


 ステラが俺に向き直る。俺はその手を掴んで、遥か彼方の目的地を睨み付けた。


「ここまで来たんだ、やってやる」


 俺は、改めて異星の大地を踏みしめた。

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