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第32話 記憶の残り香

「……なるほど、服は取り上げられたのか」

「『プリンセスらしい服装に着替えろ、って』」


 ビリビリとシーツを破き、そこから自分の服をメモリアライズするステラ。確かにゼラレイドの言った通り、彼女が服をメモリアライズする際、周囲の照明が完全に落ちた。


「へえ、光エネルギーでメモリアライズするんだ」

「『そうなの?』」

「いや、実際にやってるのはステラじゃん」

「『自分ではよく分からない、かな?』」


 白いビキニに近い服装に、軽くチュニックっぽく上から一枚羽織る。動きやすさを重視した雰囲気だ。


「『どう?』」

「うん、似合うよ」

「『……ありがと』」


 ゼラレイドがもってきた服は、とても女の子が着る服には見えない布の切れ端のようなものばかりで、どうやって着るのかもわからない。


「なにこれ? ハギレ?」

「『あいつのデータベースにあった、式典用の服装なんだって。私のライブラリには載ってなかったけど、どっちにしろ着たくない』」


 そう言うとステラはそっと俺の頭を抱きしめる。柔らかいものが再び俺の顔に当たるが、彼女はそれに厭わず力を込める。


「ちょ、ちょっとステラ」

「『じっとして』」


 恐る恐る両腕を彼女の後ろに回す。あと少し、あと少し……


「『どう?』」

「へぁ、ご、ごめん!」

「『何が?』」

「いや、その……」

「『で、バッテリーどう?』」

「バッテリー?」


 俺は網膜に表示されたARMの情報を確認する。バッテリーの残量は50%を切ってた数値がもう7割近く戻っている。


「あ、確かに回復してる」

「『よかった! PM使ってここまで来てくれたんでしょ?』」

「うん。何とか合流できたね、って言いたいけど」

「『ここから逃げ出さないと』」


 俺はそっとARMに手を伸ばす。


「ミストル、逃走経路は検索できそう?」

『宇宙空間でいいのなら外に向けて「壁ジャンプ(すりぬけ)」ですぐ出られます』

「流石に死ぬよ」

『であれば、脱出ボートをハックするのが最適と進言します』


 しかし、今度は先ほどのように経路が出てこない。


「難しい?」

『いえ、この艦内に脱出ボートが搭載されている形跡が見当たりません』

「はぁ!? そんな馬鹿な!」


 叫ぶ俺の頭をステラが両手でグッと抑える。その手は触らずとも分かるほど熱く、およそ人肌ではない異常さに俺は動きを止めた。


「す、てら?」

「『静かにして。ちょっとARM(ミストル)を借りてるの』」


 流れ込む情報量がARMを通して網膜に焼きつく。ランダムノイズが視界を行き来する中で、脳内に妙な映像が浮かび上がった。




   ◇




 白とも黒とも判断がつかない、無限に広がる空間にぽつんと小さな球体があった。

 球体は、まるで水のように決まった形を持たず、しかしいつの間にか球体に戻る。ふわふわとしているのか自由落下をしているのか、比べるものがない空間でただ球体はたゆたっている。


 その球体から一本の線が伸びる。それはあっという間に周囲を埋め尽くし、空間という空間を三次元的に埋め尽くしていく。


 そして、その線が唐突に振動を始める。いや、振動しているのではない。重なっているのだ。

 ……過去の線と、未来の線と、現在の線が。


 その絶妙な重なりが完全に一致すると、不意に中央の球体が崩壊し始める。


 鉄球に施した塗装が経年劣化で剥がれ落ちるように、ぽろり、ぽろりとめくれ上がり、中空に投げ出されていく。


 そうしてすべての外皮がめくれ落ちると、中から……


 何も、出てこなかった。




   ◇




「『そういう、ことね』」


 ステラの声で我に返った俺は、まるで夢を見ていたかのような錯覚に陥った。


「すてら?」

「『脱出ボートは最初から乗せてないみたい。そもそも、この艦には「生き物が乗っていない」から』」

「……え? ゼラレイド、乗ってるじゃん」

「『あれはただのたんぱく質。天間さんと同じで、エアル・ヴェノスから操作してる形跡が見られたわ。最初からほぼ無人なのよ、この艦』」

「じゃあ、もしかして脱出ボートが必要ないから乗せてない、ってこと?」


 ステラは小さく、だけど深く頷いた。


「『でも、別の方法があるわ。ちょうどもうすぐエアル・ヴェノスには到着しそうなの』」

「……え? もっとかかるっていってたじゃん」

「『たぶん、この艦の航行速度が尋常じゃないんだと思うの。だって、私たちの乗ってた舟継島って結構速度出てたでしょ? なのに追いついたってことは』」

「だとしても……」


 カン、カンと何かが艦に当たる音が部屋に響く。


「『デブリ(宇宙ゴミ)の衝突よ。エアル・ヴェノスの周囲にある小惑星群が近いのかも』」

「マジで近くまで来てるのかよ……」

「『それでね、さっきミストルが言った方法とかいいんじゃないかなって思うの』」


 ステラは、ぐいっと俺に抱き着いて来る。


「ステラ?」

「『ほら、前にも私と一緒に「壁ジャンプ(すりぬけ)」できたじゃない』」

「ステラ!?」

「『少しの間なら、宇宙線とか無重力とか、いろいろなんとかできると思うの』」

「ステラさん!??」

「『幸い、この部屋の向こう側は宇宙空間みたいだから』」


 進むも地獄、戻るも地獄。


「……信じてるからな!!!!」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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