第31話 壁の向こう側へ
「センサーの類はありそう?」
『この壁面に使われてる素材が、情報操作を受け付けにくいものでできています。各種センサーの性能も下げることになるので問題ありません』
薄ら闇の中で壁や床を這いずり回る。
ほのかに暖かなそれらはじっとしているには落ち着かない程度に傾き、時折気持ち悪い音が周囲に鳴り響く。
「じゃあ、まずは『カモフラ』起動」
『了解』
周囲に不可視のカーテンが現れ、すっぽりと俺を包む。それらは光を遮断し、周りからは空間の乱れとしてあつかわれる。それがゲーム内での設定。
「現実でも使った感じ行けそうだけど、現実に作られたHDC相手にも効果あるのかな」
『エアル・ヴェノスの住人がたんぱく質の肉体を持った場合、地球人の五感に劣る程度の認識力しか持ちません』
「え? マジで? じゃあ余裕じゃん」
『鈍いだけで感覚は存在します。またHDCクリーチャーはゲーム以上の知覚能力を持ちません。同等程度は持つので危険度はこちらが上です』
確かに。そもそもこの「カモフラ」だって対HDCとして使えるものだし、機能性で言えば使えないと困る。
「とりあえずはステラの場所を確認しないと」
『生体認証から逆探知します』
「……よろしく」
ふと、ミストルがこんなに優秀だったか記憶にないな、と思い至る。情報の大本にアクセスできない状態なのに、やたら機能が充実している気がする。
まあいいか。
『検索完了。ルート表示します』
網膜の一部に艦内のマップが表示される。驚くことにそれはディープ・アドバンスと酷似しており、目標となった地点も以前に天間さんの手術を行った場所に近い。
そんで、この場所はかつてのステラの部屋だった場所だ。そう考えれば、部屋の広さもどことなく覚えがある。
「……よし。じゃあ行くか。空きスロットに『壁ジャンプ』セットして」
『了解。なお、すり抜け距離に応じたバッテリーを消耗します。乱用は厳禁です』
「お、おう。わかった」
さっそく薄ら闇の壁に向かって手を伸ばす。作られた当たり判定のすき間に指をねじ込み、自分の表示座標を無理やりねじ込む。
「どう、だ?」
『成功です』
ぐにゅ、と位置座標が上書きされて壁の反対側に出る。連れてこられた時に通った通路だ。幸いなことに誰も通っていない。そっと耳をそばだてるが、足音も聞こえてこない。チャンスだ。
「よし、一気にステラのところまで……」
なるべく声を抑え、足音にも気を配りながら歩く。要所要所でHDCが徘徊しているが、「カモフラ」がしっかりと気配を消してくれているおかげですんなりと横を通り過ぎる。
その間も心臓の音が漏れないか心配になるほどだ。
『目的まであと10メートルです』
骨伝導で響く声も心配なほど静まり返った通路に、ようやく目的地の扉が視界に入る。まるで一時間近く歩いてきたような疲労で足が重い。
恐る恐るノブに手をかける。以外にもするりと周り、あっけなく扉が開いた。
「あれ? 意外とあっさり」
『何かが近づいてきます』
「えっ?」
「『みそら!? 早く入って!』」
ステラが中から急かす。声のする方を見ると、ベッドの上でシーツにくるまって丸くなっていた。安心より先に「何故?」という疑問が浮かんだが、それでも彼女の無事に安堵した。
「ステラ!」
「『ごめん、ここに入って!』」
俺は首根っこを掴まれて、彼女が今も入っているベッドの中にねじ込まれた。
「ぐふっ!?」
「『もうすぐ戻ってくるから! 我慢して!』」
そう言うや否や、再び扉の開く音が聞こえてきた。
「プリンセス。いい加減身なりを整えてください」
「『お断りです!』」
ぐい、と俺の首を絞める。同時に「ふにゅん」と柔らかい感触が頬に当たった。
……あの、布団の中なのでは?
「『なんで着替えなきゃいけないの!』」
「もうじきエアル・ヴェノスに到着するのに、プリンセスがあんな格好では示しがつかないのだよ」
「『私は私の格好でいいの!』」
ステラ、あの、動かないで。色々、当たって、俺が、やばっ!
……って、もうすぐエアル・ヴェノスに到着するって!?
「あなたはこれからのエアル・ヴェノスの象徴となってもらわねばならん。わがままはこの船にいる間に全部置いていってもらえるかな」
「『ふん!』」
しばらく空気が凍った。
しびれをきらしたのはゼラレイドのようで、静かに扉が閉まる音とカチャリと鍵のかかる音が耳に届いた。
「『……みそら? みそら!?』」
ただ、俺はそのあと少し記憶がない。
直前にとても幸せな記憶が刻まれたことだけは、未来永劫忘れないと思うけど。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
↓にある☆☆☆☆☆で評価、感想、いいねなどで応援いただけると励みになります。
ぜひよろしくお願いします。




