第3話 見えない、映らない
ガシャン! とシャッターの落ちる音があちこちに響いた。
暗かった部屋は一気に照明が灯り、続いていくつもの足音がけたたましく近づいてくる。
「ミストル、『カモフラ』起動!」
『了解。プリセットを交換します』
ゲームのノリで反射的にBATTLE-ARM公式PM「カモフラ」を起動する。位置情報と視覚情報をずらし、相手に姿をみられないようにする機能だ。
「……なんだ、あの人たちは?」
ドカドカとやってきたのは白い迷彩服を着た軍人らしき人たちで、ゲームでも見たことのある三人一組のセットであちこちに散らばっていく。
こんな狭い島の中に、どこからあんな人数が??
「多分ゲームのとおりなら見つからないと思うけど……」
俺は例の少女を抱きかかえたまま立ち上がると、ゆっくりと出口を目指す。足音も静かに部屋を出ると、サイレンのような低い音が鳴り響いているのに気がついた。
「いたか?」
「いや、そっちは」
「B棟、異常なし!」
すぐ横を通り抜ける彼らに、俺は映っていない。
「とはいえ…… 歩きにくいぞ、これは」
一人を抱えながら歩く俺は、銃を構えて走る軍人らしき人たちよりも機動力が低い。それに、このままだと俺の持つEPが切れて「カモフラ」が解除されてしまう。
「いったんどこかの安全地帯で カモフラを解除して、EPが回復するのを待たないと……」
近場の小さな用具倉庫に体をねじ込ませて、カモフラを切る。プログラムの実行に必要なEPがこ徐々に回復していくにつれ、外の騒音も強まる。
「モデル:ステラがなくなってるぞ!」
「まさか、もう奴らが!?」
「いや…… 上の話ではまだこちらに来ることはありえない、と。とにかく探せ! 範囲を広げろ!」
ステラ?
この子の名前かな。
「君は…… ステラ?」
思わず俺は少女に問いかける。
すると、まるでそう言われるのを待っていたかのように、満面の笑みで俺の首を抱きしめる。
「ちょ、嬉し…… いや、苦しいから」
「??」
俺はEPが全回復したのを確認すると、再び地図を網膜内に映した。目的のジャンプ場所まではあと僅かだが、廊下を挟んでいるためにカモフラをかけても抜けきらない可能性がある。
「ゲームなら『壁ジャンプ』一回で行けるんだけどな」
俺がよく使う『壁ジャンプ』は俺が作ったPMなので、挙動は俺が一番よく知っている。ただそれはゲームの中での話。
「いや…… 起動までなら危険はないし、見てみる価値はあるな」
カモフラのPMをスロットから外し、改めて『壁ジャンプ』をセットする。
「……お、二重写しになってる。ミストル、この先の壁をPMで飛んだとして、すり抜け先はどこになる?」
『「壁ジャンプ」使用後の転送場所予測は、当たり判定の最も近い切れ目なので奥の角にある壁面になります』
そこは校舎へ戻る転送ポイントだ。理想で最短のルートでもある。
「……よし、『壁ジャンプ』起動!」
俺は用具倉庫の壁をすり抜け、一気に校舎へと身を滑らせた。
「!?」
「ごめん、もうしばらくだから!」
突然の浮遊感に少女は驚いたが、それでも俺を信用してかぐっと首をつかむ腕に力がこもった。
当たり判定に自己座標をねじ込み、ブロックの切れ目まですり抜けるのを「ジャンプ」とすることで区画無視する移動用PMは、どうやら接触中のキャラも移動対象に巻き込めるらしい。
彼女ごとするりと校舎まで戻ると、急に静かになった反動かツンと耳奥に衝撃が走った。
「連れてきてよかった…… のかな?」
今更ながら、自分の迂闊さに後悔し始めた。
◇
家に着く。
突然のことで頭の整理ができず、どことなく落ち着かない。
そもそも、親にはなんて言おう。犬や猫を拾ってきたのとはわけが違う。
「……いや、むしろ親に相談してみるか?」
俺は恐る恐る玄関のドアを開ける。
「た、ただいま!」
ARMが自宅リンクをオンにする。
「か、母さん!」
『あら、おかえり。学校早かったのね』
――あれ?
「ね、ねえ母さん?」
『どうしたの変なポーズとって。早く宿題終わらせなさい』
……どういうことだ?
母さんにこの子が見えてない?
違う。
データじゃない、生きた犬猫でもARMを通じて遠くの両親に見せることができる。
つまり、母さんにはこの子が見えてないんだ。
『……深宙?』
「ご、ごめん! 宿題してくる!」
俺は階段を一気に駆け上がり、自分の部屋に来るとステラをベッドに座らせる。
「はぁ…… はぁ…… 君は一体、なんなんだ?」
上がった息を整えていると、自室の扉をノックする音がARMを通じて鳴る。
「はい?」
『父さんだ。ちょっと話があってな』
心臓が跳ね上がる。やはりステラのことに違いない。
俺は恐怖と見当違いな安堵が入り混じった気持ちで扉を開ける。ARMが網膜に映し出す父親の映像は、どこか暗い雰囲気を漂わせた。
『実はな、来月に仕事が一段落して母さんと家に帰れるはずだったんだが、問題が起こってな。当分帰れそうにない』
「えっ…… じゃあまだこっちに帰れない?」
『ああ。少しさみしい思いをさせるが、こうしてARM越しに話もできる。もうしばらく家を空けるが、我慢してくれ』
父の姿をした仮想体は、そう言うとゆっくりと姿を消した。
しばらくして、オートクッカーが作った夕食が完成したアラームが、キッチンで鳴り響いた。
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