第29話 偽造られた全の意志
「お、俺たちの肉体?」
『もともと君たちの肉体…… さしずめ脳をはじめとした生体ハードウェアは我らも過去に獲得し、そして自ら放棄した。それは、肉体ごとに存在する差異や劣化、あるいは損失によって、個体の持つ能力を大きく変質させてしまうからだ』
空の映像が、俺たちの良く知る体から何かが飛び出し、小さな光の玉に変わる。それを見たステラは、その場からゆっくり離れる。向かった先は分からないが、何か強い意志のようなもの宿らせていたのを見て、俺は追うのをやめた。
『君たちで言えば「魂」のようなものだ。我らはこれをより大きな本体に放り込み、それぞれが「個」であり「全」であるシステムを構築したのだ』
「まるで、漫画みたい…… ですね」
『くっくっく。確かに未開の惑星レベルの知能ではそう感じても仕方がないがね』
悪役のようなセリフだが、ゼラレイドはこの言葉を落胆を込めて言い放っている。心の底から地球人を見下げ、蛮族と話すような口調で話しているのだ。
『だがある日、プリンセスの母君…… マザー・フィレインは自己領域の崩壊が始まっていることを告げた。修復は不可能。新たな星が必要だと我々に嘘をついたのだ。己の中で増えつつある「不要人格」を排除したいがためであったことは明確だ』
「それが、事実だったとしたら? 本当に崩壊が始まっていて、被害を最小限に抑えるために地球へ打診してきたという可能性はないんですか?」
なるべく穏やかに、時間をかけて疑問を口にした。
『マザー・フィレインも。たった一つの権限のみで思考と権限の行使を行ってるわけではない。彼女の中には三つの人格がある。その中の二つは「新たな星は不必要である」と結論付けているのだ』
「……え?」
その話は初耳だ。それまでの情報は本土にいた時にも軽く聞いている。だからこそ突然出てきたこの話にものすごい違和感を覚えた。
「やはり、君もあの連中の情報操作に踊らされているようだな」
『な、なにを』
「彼らは、君ら地球人の肉体を獲得するための方便としてマザー・フィレインの崩壊を騙ったに過ぎない」
ひどく憐れみを含んだ声。そして、微かに入る熱意。
音声のみとはいえ、まるで血の通った会話をしている錯覚を覚える。
『第一、君たちの星と我らの星がどれだけ離れていると思っているんだね?』
「それは……」
『地球人が軽く世代交代するほどの距離を、自分たちとの技術提供の為だけに何千単位の命を散らそうというんだ。私からすれば、体のいい乗っ取りさ』
「……」
何も言い返せない。
事実、『そうかもしれない』と脳がゼラレイドの言葉を信用し始めているのだ。
今の俺はこの男の言葉を全て否定し、自分がとるべき行動を決めあぐねている。脳の片隅では「何も聞く必要はない。通信をなるべく早々に切り上げてステラに情報防御を高くしてもらい、可能な限り早くエアル・ヴェノスに向かって移動すること」それが今の俺たちにできる、最良で最高の行動なのだ。
『だが、実権のほとんどは我らの制御下においた。マザー・フィレインらにはもう勝手はできない。あとは、君たちだけだ』
「そ、その……」
頭をひねろ、ひきのばせ。
彼らの言ってることは嘘だ。虚勢だ。なぜなら、本当にエアル・ヴェノスを手に入れたのなら俺たちなんか殺してしまえばいいはずなんだ。
「――解除キー」
『ん?』
「なんでステラの解除キーが必要なんですか?」
『マスターキーみたいなものだ。それをもってエアル・ヴェノスの主人格を私へと変換する』
「ハッキングで調べればいいんじゃないですか」
『……我々に無限の時間があればそれでもいいかもしれないがね』
そういえば、彼らの寿命に関して知らないけど、もしかして俺たちよりも寿命が短いのかもしれない。
「ということは、あなた達の寿命は俺たちより短いんですか?」
『一個人の人格に寿命という概念はない』
俺の頭の中で何かが閃いた。
「じゃあ、エアル・ヴェノスの人たちはずっと増え続けてるって事じゃないですか」
俺の頭の中でとある理論が生まれ始めた。
それはAI人格の自己膨張だ。
俺たちの世界でも、AI…… 俺が使っているARMに用いられている人格プログラムは、基本的に自律思考を滅多にしない。これは人類に対して余計な気遣いを学習させないようにするためだ。何故なら、AIは自己と他者をより分ける際、それがAIかどうかを判断できないからなのだ。
つまり…… どういうこと?
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