第28話 ハッキング
付き合う、という表現はあまり正確ではない。
もとより夫婦のように生活していた俺たちに恋愛感情がどう作用するかというと、これが単に俺が悶々とした日々を過ごすだけだと言うことに数日経過してから気が付いた。
当のステラはやはりいつも通りの生活を続けているし、かといって俺だけが変に気を使って関係をこじらせるのも変だなと思って、今に至る。
「『どう思う?』」
「どう、って聞かれても俺にはわからないよ」
例の制御管理室に呼ばれた俺は、ステラから提示されたモニタの表示にただ首をかしげていた。
正体不明の飛行物体が、数日前から一定の距離を保ったまま追いかけてきているという状況を俺に聞かれても、偶然か意図的か聞かれても判断がつかない。
「こっちからはどんな相手かはわからない?」
「『うん。向こうも船体情報を悟られないよう保護されてるみたいで、カメラにも映らない』」
「よくそれで追いかけてきてるってわかったな」
「『こっちのエンジン熱を拾ってる形跡があったの』」
「えぇ? 真空でも起きるのかそれ」
「『というか、この島の生活環境エネルギー消費が大きいから多少なりとも漏れてたんだけどね』」
そんな会話をしていると、一瞬太陽が暗くなった。自然現象(という設定)としてたまにあることだが、このタイミングで起こるとさすがに怖い。
「『……え?』」
「な、どうした?」
「『エンジンが、止まっ、た』」
ステラはそう言うと、がくっと膝から崩れ落ちる。
俺は慌てて彼女を抱き上げるが、その際触れた体からものすごい熱を腕に感じた。
「ステラ!?」
『急な抵抗をされても困るのでね。少し力を抜いていただいたよ』
島内に響く声。
たった二度しか聞いてないが、そのどれもが印象に残る場面だったからよく覚えている。
声色は完全に男だが、そのイントネーションは忘れたくても忘れられない。
「……ゼラレイド」
『姫君に就く従順なる騎士殿に覚えて頂いていたとは光栄だ』
嘲笑するような口調。イライラさせる雰囲気は変わらないようだ。
島の照明が部分的にちらつくと、空にうっすらと仮面の男性が映し出された。
『セキュリティがまだ強いな。映像を送るのがやっとだよ。ともあれ、本物はお初にお目にかかる。私がエアル・ヴェノスの新たなる指導者、ゼラレイドだ』
「新たなる……?」
男の言葉に妙な自信と引っかかりを覚えた。
『あとはプリンセス・ステラの持つ解除キーさえあれば、名実ともにエアル・ヴェノスの掌握は終わる。君は丁重に彼女をこちらに引き渡してくれればいい』
「『どういうこと? エアル・ヴェノスのみんなは?』」
『君はもう、解除キーを持つ以上の存在価値はないのだよ、プリンセス』
相手をバカにするような、嘲笑する声。
虚勢なのか事実なのか、今の俺たちには判断材料が欠如していて状況が分からない。
「ゼラレイド…… さん?」
『なにかね、プリンセスのナイト君』
「あ、あなたはどこまでエアル・ヴェノスを手中に収めたんですか」
『ほぼすべてだ。小惑星群に至るハードはもちろん、サブ人格からあらゆる情報の権限を獲得あるいは停止した。エアル・ヴェノスに存在する人格は、私の思いひとつで消すこともできるだろう』
ステラと目を見合わせる。
背中が凍ったように冷たい。生きているのに、死んでいるような気すらした。
「『……お母様は?』」
『マザーは現在お休みいただいている。君の解除キーが無ければこのまま凍結することもやむなしだよ』
「『う、そ――』」
「あ、あのぉ~ ……俺は普通の地球人なので、エアル・ヴェノスに何が起こってるかを説明していただけませんか」
キッと強い視線をステラから感じ、俺はそっと彼女の口に指を当てる。『情報を引き出すためだよ。ごめん。後でいっぱい謝る』とARMを通してメッセージを投げる。
『ふむ。君はまだ三次元に縛られた存在だ。様々な人格が同時に存在するハードウェアの混沌を理解するには想像力が必要だが?』
「このまま、はいどうぞとステラを渡すことはできないです」
『はっはっは…… まあいい。冥土への土産という言葉がそちらにあったな』
ゼラレイドは空いっぱいに大きな画像を表示させる。
以前のようにHDCを送り込まないのは何故だろうと思っていると、ARMから『セキュリティレベルを上げてるの。HDCのような大容量のデータ転送はこちらから一方的に遮断してるから』とメッセージが放り込まれた。いつ思考を読んだんだろう?
『我らが欲しているのは、今までのエアル・ヴェノスの体制だ。母星が劣化しているなどという不確かな言い訳を元に民衆を選別して移し替えるなど言語道断。我らは独自の進化によって、新たな肉体を獲得する。……そう、君たちの肉体だ』
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