第25話 星の海の下で
あの時は一瞬で島に戻れた。
でも今はなぜか十分くらい時間が経ってもPMの動作が完了しない。
「――っぷ!」
そして意識とは裏腹に突然意識が戻る。
「……学校、か?」
「『みそ、ら?』」
腕に力を入れる。不意に名前を呼ばれて腕の中にステラがいたことを思い出す。
「あっ、ごめん!」
「『だ、大丈夫!』」
思わず腕を解く。が、彼女がむしろ離れず抱きついてくる。ちょっと照れくさいけど、静まり返った学校の異様さにあてられ、すぐ気にならなくなった。時間的に普通の授業があるはずなんだが、ほかの生徒の仮想体が表示されないのだ。
「……誰もいない昼間の学校って、こんなに不気味なんだ」
『個別区画に到達しました。母船から切り離しますか?』
「え、この島エリアってそうだったの?」
ミストルから通知を受け取る。よく考えたらどこが個別区画でどうすれば切り離せるか分からなかっただけに、その報告は助かる。
「うん、やって!」
『了解。隔壁による分離を実行。……完了。船体分離を開始。メインサーバとの連携を切断。予備サーバを起動。安全圏まで自由移動します』
ARMからの映像が一瞬ブレる。表示ステータスの内容が更新されて簡易的な情報だけが網膜に書き込まれ、最新の状態が表示された。登録住人は現在、二人。
「『……どうなったの?』」
「詳しくは分からないけど、この島には俺とステラだけがいる状態なのは多分間違いない」
ステラの抱擁が強くなる。よくよく見ると彼女の服装は大きな一枚布に穴をあけて頭を通しただけの貫頭衣に近いもので、かつ素材が薄いため見た目も感触もダイレクトに訴えかけてくる。
何に、とはあえて言わないが。
「とりあえず外に出てみよう」
「『……うん』」
抱きつかれたままでは歩きにくいので引き剥がそうとしたが、なかなか離れてくれない。仕方なく腕をつかんだ状態のまま俺たちは学校の中を歩き回っているうちに普段は行かない屋上に出た。
「まだ明るい。……って、ここは宇宙なんだったっけ」
テレビや漫画で見てきた地球はここではなく、遙か遠くの惑星の話。
この島はどこか知らない宇宙に浮かぶ人工の環境なのだと分かっていても、物心つくころから過ごした感覚は、既に故郷のそれに近くなっており先ほどまでいた宇宙船の方が異世界のような感覚すらある。
「『空がモニタになってて、時間によって変わるみたい』」
「え、そうなんだ。……って、どっちにしろ本当の星空じゃないんだな」
「『見れるよ?』」
ステラは屋上の床に座り込んで手を空に掲げる。俺もその隣に座り込んで空を見上げると、明るかった青空はスンと輝きを失い、代わりに満天の星空を映し出す。
大小さまざまな星は、今まで頭上のモニタが映していたよりも激しく輝き、その光を作り物の地面に届ける。
「これ、どうやって?」
「『天井のモニタ自体がもともとクリアガラスディスプレイで、投射をオフにしただけ。だから、光も本物だよ』」
「本当の、星空?」
この島の移動速度が速いのか、星の動きが早いのか、流れ星のように光の筋が後ろの方へと流れていく。
今まで見てきた作り物の空より、知識として身に着けた空の形のどれとも違う目の前の「事実」は、何に置いても美しく見えた。
「『綺麗、だね。』」
ステラが空を見上げて呟く。
その横顔は何故か儚く映り、青白く星の光を反射する様が消え入りそうで。
「うん…… 綺麗だ」
空を見ずに答えた俺を、ステラは不思議そうに視線を返す。
「『空だよ? 綺麗なのは』」
「あ、ああ。そうだね。まるで海みたいに綺麗だ」
心臓が強く鼓動する。さっき本土からこっちに逃げてきたときよりも動悸が激しい。
彼女から、目が離せない。
「『みそら?』」
「……ステラはさ、自分の星に帰ったらどうしたいの?」
今度は彼女が視線を逸らす。
「『……わかんない。私は、自我が生まれてから本土のメインサーバで過ごすことが多かったし、体をもらってからはいろんなことが多すぎて』」
「そういえば、歳はいくつ?」
「『えーと…… だいたい16歳くらいかな? 地球換算で』」
「あ、じゃあ少しお姉さんだ」
「『みそらは?』」
「14歳」
そういえば、こういう話をしたことが無いなと改めて思った。
「『みそらこそ、大人になったら何がしたいの?』」
「うーん、俺はやっぱプログラマかな?」
「『BATTLE-ARMの?』」
「純粋にARMの方。ハードウェアとソフトウェア両方いじれるエンジニアになりたいなって」
それは両親の影響でもある。
幼い頃はただぼんやりと思っていたことだけど、最近はより強く、より具体的に思うようになってきた。
きっとその理由はここ数日身の回りで起こった事件がきっかけだと感じている。
「『みそらならできるよ』」
にこっとステラが笑う。
その笑顔がまぶしすぎて、俺はつい顔を逸らした。
「そ、そうかな?」
照れ隠しに空を見上げていると、肩に何かがぶつかった。驚いてそちらを見るとすぐ横にステラの寝顔が乗っかっていた。
「……」
俺は何となく、この時間がずっと続けばいいのに、と思った。
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