第22話 ムレムレのドロドロ
視界はいつものBATTLE-ARM。
けれど自分はもちろん周りのみんなは見知った顔。ゲームのグラフィックじゃないだけで際立つ違和感は、肌が感じるダイレクトな感覚がむしろ違和感に仕事をさせない。
「耳から頭の中に入れるの?」
「『ちょっと入り口を作るから待ってて』」
所々に転がる耳垢を避けながら奥へと進む。仄かに周りが明るく見えるのは「暗視」がつけられないことの応急処置なのか?
「お、なんか入れるようになったで」
「あのさ、オレは行動強化系のPMがないだけで結構不安なんだが、みんなはその辺大丈夫なのか?」
「『ステラ様のナビもありますし、頭部の仕組みなら私が詳しいので』」
メスディーナさんがすました顔で言いきる。俺は目的地到達よりもこれが現実だと思えないほどゲームゲームしてることが怖いと思う。
「『はい、鼓膜右側に隙間を作ったから、そこから入って』」
「ちゅーか、鼻からはあかんかったん?」
「『鼻孔は粘液が強いです。侵入路としては悪手ですね。耳からの侵入を思いついたのはベスト判断だと思います』」
「さ、さよか……」
メスディーナさんはステラの判断だと迷いなく受け入れる。意外というか、やはりステラの判断だと立場からなのか、ちょっとスゴみを感じる時がある。
「何でもいい、とっとと終わらせよう。」
「ジョーさんさっきからやたら弱腰ですよね」
「俺はこのゲームの開発段階からいるけど、無敵時間の少ない現行の回避アクションが嫌いなんだよ」
「わかるわ〜、ウチも安定回避ができひん敵にはまず強化系付けてく――」
瞬間、沈黙。
真っ先に異変に気づいた八雲ねーちゃんは、自慢の「雲落とし」を短く持って防御の姿勢をとる。体内の狭い環境で下手に傷つけないようにとの配慮だ。
「来とるで!」
「『HDC-047が電子記録現実化されてます、注意を』」
「今の聞いとった??」
HDC-047は小型のイモムシ型クリーチャーで、酸性の糸を口から吐く。小さいながらも吐き出された糸の判定は長く続くので、走り回る大型クリーチャーが同時に出現すると面倒なことこの上ない。
「糸はオレが片付けとく! 他のみんなは天井と大型クリーチャーに注意してくれ!」
「わっ、めっちゃおるやん!」
HDC-047の多くは天井を住処にしていて、外敵が現れるとそこから落ちてきて鋭い体毛を突き立てる。当たらなくても足止めの糸を出し、新たに落ちる仲間のサポートをするのだ。
ちなみに、体毛には軽い麻痺毒が塗布されている。
「って、メスディーナさん何してるんです?」
「『HDC-047の解体ですが?』」
「いやいやいや! そんな場合じゃなくて!」
「『ええ、この先で必要なアイテムの収集です』」
メスのような小刀で切り裂くその動きはゲーム内の「剥ぎ取り」に近く、道具袋に「麻痺針」が収納されていくアナウンスが流れる。
「う、ウチも何本か取っとこか?」
「『ええ。歩きながら取れる程度でいいです』」
しかし、八雲ねーちゃんの大剣ではむしろイモムシを粉々に粉砕することのほうが多く、結果的に天井から降ってくるHDC-047の露払いにしかならない。
「『……これくらいでいいでしょう』」
「何やってんだ、早く奥に行けって!」
「ジョーさん、そっちも早く!」
鼓膜を越えて先に進むと、壁面に湿り気が帯び始めた。
「『気をつけてください、このあたりから鼻の穴に繋がってます。そこから脳の近い場所まで移動しますので』」
「……お、おう」
「ハァ、ハァ……」
足早に移動するメスディーナさんが俺達に声をかける。だが、俺達は息が上がって返事ができない。
加えて、この湿度のせいか体が妙に熱い。まるで自分の鼻が病気で詰まってるような感覚に陥る。
「『……患者の呼吸が浅くなってるのかもしれませんね。体内酸素濃度が標準より薄い気がします』」
「鼻が詰まって空気が巡ってないんちゃうか?」
「『ありえます』」
すると彼女は手持ちの麻酔針を足元に刺す。ブチュ、と嫌な音がしたが息苦しさは幾ばくか解消された。
「『鼻水があふれる可能性はありますが、鼻づまりを解消させました。空気はこれで大丈夫でしょう。このまま前頭葉の近くまで移動します』」
鼻の穴は目の裏側に大きな空洞があるらしい。そ付近に俺たちの目的のものがある。バックドアとか言われていたが正直よくわからない。
とりあえず、目の前の敵を倒す。
「『こっちです』」
迷路というより通路ですらないピンクの壁面内をドカドカと蹂躙して進む。奥から流れ込む重熱い空気が足元を揺らしつつも、メスディーナさんを見失わないよう走って追いかける。
「おわぁっ!?」
突然先頭のメスディーナさんが足を止める。足元のぬめりがなくなって走りやすくなったからか、勢いがつきすぎて当たりそうになる。
「うおっ!? 急に止まらんでくれ!」
「『……なんだあれは』」
「なんやなんや、どないし――」
そこは先ほどまでと違い、青黒い筋がいくつも壁を這いずり回っていた。それらは視界の奥にある真っ黒な『なにか』に繋がり、そこから新たな触手のようなモノがいくつも顔を出している。
「『寄生型のHDC…… [次元繋ぎ]ですね、気をつ』」
その瞬間、彼女の姿が忽然と消え去った。
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