第20話 多次元人の苦悩
「『私、エアル・ヴェノスにいた時の記憶ってあまりないんだ』」
「……そうなの?」
俺がステラの隣に寝泊まりするようになって一週間が過ぎた。
ウェド艦長さん曰く、他者との交流が彼女の精神的成長にとって一番いいらしい。会話のネタも尽きることはないが、時々「それは俺が聞いていいのかな?」という内容がたまにあってビビる。
「『私という[個]が産まれると、すぐに基礎言語知識と世界常識が刷り込まれるの。常識レベルが同じだと戦争が起きにくいし、意思疎通がしやすくなるからなんだって』」
パソコンのOSに置き換えるとわかりやすいかな? けれどそれは道具として使うからであって、意志を持つ生命体が生まれたときから常識を植え付けられるのはどんな気持ちなんだろう。
「そう言えば、最初に出会った時は発声が変だったもんな」
「『話す事そのものは、意志がはっきりするだけで通じてたからこそね。今もやろうと思えばみそらのARMに直接声を送れるけど、声を出せることが嬉しいからちゃんと聞いてほしいって思うもん』」
「そっちの人同士だと、言語がいらないもんな」
そもそも意見というか、不満や考えの違い、感覚の齟齬が限りなく分解されて共有された情報の塊にとって、感情の揺らぎ自体強い意味を持たなくなるらしい。難しい言い方をしてた気がするが、覚えてない。
「『だからSTELLAをもらったときは感動したの。視覚次元を落とさなくても立体が見えて、触覚器官は暑さ寒さをダイレクトに情報を随時送ってくるし、並列処理しなくても呼吸や心臓は動くし、みそらを見ると……』」
ふと目が合う。楽しそうに話す彼女は、時々視線をわざとずらす。
「『なんだか、ドキドキするし』」
「……そうなんだ」
「『うん』」
静かに過ぎる時間が照れくさいような嬉しいような。
そう言えばステラの表情やボディランゲージが増えた気がする。食事も徐々に味や好き嫌いが増えたり、小さい発見を大げさに俺へ伝えてくることが多くなった。
そんな折、八雲ねーちゃんやジョーさんも顔を出すようになった。艦内の汚染調査が進むにつれてARMの進化が早まり、それに並行してステラと接触した人を優先して洗い出した結果、安全だと判断されていったかららしい。
「お、ステラ元気そうやん」
「『お久しぶりです!』」
「えらい流暢に話すようになったんやねぇ? 急に歳取った気がするわ」
「『大丈夫です。そんなに時間は経ってないですよ』」
八雲ねーちゃんは本土に来てから勤め先に直接出社するようになったのをきっかけに、BATTLE-ARMにも顔を出す頻度が減ってしまった。ちなみに本土に来てから直接話をするのはこれで二回目だ。
「ホンマはもっと話とかしたかってんけど、この状況でBATTLE-AEMの大型アップデートするっちゅう運営の判断で、ウチら協力企業まで駆り出される思わなんだわ」
「『面白くなるんですか?』」
「そらそうよ。……ゆうて親会社が自分ンとこの人やと思てへんかったで、ちょいビビったけどな」
そもそも、BATTLE-ARMに登場する地形はエアル・ヴェノスにかつてあった場所をそのままモデリングしているらしい。登場する敵キャラも地球で言う恐竜のような存在で、ゲーム中では兵器と生物を合体させた存在として作られている。
つまり過去の戦闘演習を「実戦形式」でゲーム体験しているわけだ。
「テロリストの皆さんがBATTLE-ARMをベースに現実化したんは、あっち側のリソースが使いやすかったっちゅうんが理由やろうね」
「ってことは、自作PM自体がこっちの切り札になることも?」
「アリアリや。なんせ自作PMはメインサーバにデータがあらへんからな。対策を講じるにしても一歩遅れることは間違いないで」
ちなみにジョーさんはその開発チームのメインチーフに入れられたらしく、本土に来てからオンオフ関係なく全く会えてない。
そして、ゲームの話をすると外せない人が一人。
「……ちなみに、天間のことなんやけどな」
「うん」
「まだ眠っとる。医療サーバの連中が言うに『脳の一部がブラックアウトしてる』らしいわ」
テロリストの手に落ちたクラスメイトの女の子は、今もテロリストと戦っている。
連れてこられるときもかなり厳重に運ばれたらしい。彼女が今後の侵入口として運用される危険もあるからだ。
しかし実際はあれ以来目を覚ますこともないし、かといって…… 死ぬことなく、生きてることが奇跡だとも言われている。
数少ない実在する友人だ。できれば助かってほしいのだが。
そんな願いが届きそうになるのに、そう時間はかからなかった。
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