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エンデヴァー・プロジェクト  作者: 国見 紀行
第四章 真空の大海原
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第19話 肉体と精神

 その日を境に、ちょっと生活環境が変わった。


 翌日には両親が会いに来た。生身で会うのは久しぶりだけどそれ以前にARMを通じて会ってたこともあって、極端に嬉しさを感じる頃はなかった。

 二人は少し瘦せていたかもしれない。けれど、数日前にもARMを通して話もできていたので、俺の中で強い違和感を覚えるほどではなかったけど。


 住む場所が家からステラのいる部屋の向かい個室になった。これも、無駄に広かった一戸建てより手回りが良くなったのでむしろ助かっている。

 大きく変わったのは、ほぼ同居状態の家族ができたことだ。


「『地球の人たちって、すごいよね』」

「普通だよ、普通」

「『だって服って邪魔だよ? ずっと着てるのすごくない?』」

「……脱いじゃダメだよ。風邪引くし」

「『多次元的には理解してるよ。私だってウイルスに侵されたくないしね』」


 ステラを助け出したときは、正直大きな赤ちゃんくらいの感じだった。けどそれは肉体的経験と膨大な先知識とすり合わせがされていなかったからだ。


「『ちょっと前までは話し方だって下手だったけど、今はいくらでもお話したいもん』」

「同じ星生まれの艦長さんとかじゃなくて、異星人の俺でいいのか?」

「『私の知識にない、みそらのことが知りたいの』」


 笑いながらサラッとそういう事を言う。知識以外の色んなものが持っていかれる気がする。まずい。まずくないがまずい。


「時間だよ、深宙(ミソラ)

「あっ、ウェド艦長さん」

「『ウェドお姉さまと呼びなさいと教えたはずよ?』」

「そ、それはちょっと……」


 ステラとの会話は午前の二時間までで、そこからはウェド艦長さんと運動がてら艦内の見学に向かう。避難経路や施設の場所を把握するためと言われてるが、どうも俺を見せびらかされてるようでちょっと恥ずかしい。


「『みそら!』」

「じゃあ、また明日」

「『……うん、また明日』」


 上半身をふっ飛ばされるような視線で送り出されながら、彼女の部屋をあとにする。


「ははは。すっかり姫は君にご執心だ」

「そう、ですかね」

「我々は三次元の肉檻を持たなかったが故に、生殖の必要なく個を増やすことができる。彼女の中に芽生える感情という制御できない情報の暴走は、今後の成長に必要なものなのだよ」


 芽生える感情――

 それはきっと、俺にも芽生え始めてる。気がする。


「特に性別という仕組みは素晴らしい! より良い種を残そうとする仕組みは、我々も残すべきではなかったかと思うほどだ」

「残す? 性別を、ですか?」

「そもそも、遠い昔は我々も三次元の肉体を持っていたという記録がある」


 硬い金属の床を歩きながらウェド艦長さんは続ける。ギザギザの装飾が施された壁は音を吸収するらしく足音が耳に入ってこないが、隣の人の声はよく届く。


「しかし肉体は生きる上で不都合が多く、また生存するために必要なエネルギーもまた膨大だ。私も最初こそ否定していた。が、今となっては体がないと困ることが多い」

「まあ、お腹もすきますしね」

「特に、(いと)しい妻を深く愛するには体というデバイスが無ければつまらん」

「は、はあ……」

「心の中を言葉で表現することは簡単だ。真偽は必要ない。相手に届いたとて所詮情報だ。だが肉体は違う。相応の行動は、言葉を越えて相手に伝わるのだ」


 深い、のかな? 俺にはまだ早いことかもしれない。

 その後も、体が存在することで得られる有意義な事がいかに多いかを語り続けること一時間余りを歩きながら聞き続けた。俺にとって生まれた時からある体の事でこれだけ話せる内容があるのかと感心していると、とある扉の前でウェド艦長さんは足を止めた。


「深宙よ、こちらがARMのセントラルサーバだ」

「へえ、ここが…… って、寒っ!!!」


 話に夢中になっていたのか、足元から吹き上がる冷気に思わず肩を抱く。よく見ると二人とも吐く息が白い。


「ここは艦内の暖房をあらかじめ切ってある。我ら多次元異世界情報集合体の同志が身を置く場所でもあるのでな」

『お疲れ様です、艦長』


 唐突に網膜へハッキングされたかと思うと、「8095-4417」とナンバリングされた人型のマネキンがぼんやりと視界に浮かび上がった。


「『相手の情報は?』」

『今のところ、尻尾は掴めておりません。他の艦とも連携を取ってますが、反応は芳しくありません』

「『外の艦の主導権を握られた可能性は?』」

『考えたくはないですが…… もしそうなら当ディープ・アドバンスは孤立したと言っても過言ではないでしょう』


 真剣な二人をただ見守るしかできない俺を見たウェド艦長さんは、しかめっ面を笑顔に戻しながら俺に視線を向ける。


「ここのサーバルームには、母星から通信圧縮で地球に来た同志が活動しているんだ。先日のハッキングもここの一部が乗っ取られてね。それの調査を急がせているんだ」

「え、じゃあウェド艦長さんみたいに地球に来た|多次元異世界情報集合体《エアル・ヴェノスの皆さん》は、だいたいここに?」

「そうだね、私のように肉体をもらったメンバーもいるし、とはいえ九割はここで仕事をしてるよ。例えば」


 ウェド艦長さんは俺の耳に顔を近づける。鼻先にとても柔らかいものが当たるが、避けるのも悪いと思ってそのまま埋まる。


「この艦内で使用されているARMの中央処理も、このサーバで行ってるんだよ。君がネット上で見たあらゆるものも、ここを経由してるんだ」


 別の意味の冷たい汗が、背中にどろっとあふれた気がした。


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