第17話 再会
これほど巨大な建造物にもなると、軽自動車並みの車が走っても余裕のある通路が通せるのか、すぐ隣を似た軍服の人たちが歩いてても全然距離が取れている。
窓の外から見える天井もかなり高く、点在する照明の高さがわからないほど遥か上だ。
「本土は初めてかな、少年」
「えっあ、ハイ!」
ピア副艦長さんはニコリと笑う。女性らしい柔らか声だがはっきりとした発音に少しビビる。
「ディープ・アドバンスは他の航行船と比べてもかなり大きいからな。日本で言う琵琶湖がすっぽり収まるほどだ」
「他の? 他にも宇宙船があるんですか?」
思わず出た質問に、ピア副艦長は顔をしかめた。
「歴史の授業で聞いたことはないか?」
「ああ、あは、歴史は苦手で……」
そう言うとピア副艦長はハンドアクションで俺のARMへデータを送る。それは巨大な図面データで、七種類の宇宙船の設計図だとARMが分析した。
「我々が地球を離れる前、その星は生まれた知的生命体によって汚染が進み、十全に住める地域はごくわずかとなった」
ARMのポップアップモニタに地球の映像が表示され、各種汚染物質と汚染具合が浮かび上がる。パーセンテージはくるくる上昇し、87%で停止した。
「そのタイミングに遙か遠くの星よりメッセージが届いた。地球を汚染から救う代わりに我らの救援要請を受け入れてほしいと。それが彼らがエアル・ヴェノスと呼ぶ惑星群だ」
「救援要請…… 確か滅びかけてるとか」
「彼らの生活環境では、もう新たな肉体を生み出すことができないらしい。幸いにも、地球には履いて捨てるほどの人体が存在する。もちろん生体を提供するわけにはいかないから汎用肉体を提供するつもりだがな」
うーん、改めて聞いてもよく分からない。
「それを受けて今からおよそ12年前、我らはいくつかの宇宙船を伴って地球を出発した。彼らの技術を取り入れて作られた最新の宇宙船団は歴史上類を見ない速度と完成度で建設され、エアル・ヴェノス目指して飛び立った」
一拍置いてぎゅるるっとそれらは小さくなり、複数の線が地球を飛び出る。うち一つに注釈で『ディープ・アドバンス』と書かれたプレートが追従しており、別の数字がくるくる回る。それは、見おぼえるのある日付…… 十日ほど前を示して止まった。
「現在に至るまでに主だった事故も事件もなく、エアル・ヴェノス到着まであと60年ほどとなったある日…… 情報管理生体端末STELLAに彼らの次期女王が逃げ込み、さらに培養カプセルから消えてしまった」
急に聞いたことのある話に変わり、背中がムズかゆくなる。
それに気が付いたのか、ピア副艦長さんも表情が少し意地悪くなったように見えた。
「どうもその前後からクーデター組織『リブレーン』の代表であるゼラレイドが何度かハッキングを試みていたらしい。対応が遅れていたら次期女王は彼らの手に落ちていたところだ」
初めて会った時といい『たすけて』と言われた時といい、俺のタイミングがずれていたら大変なことになっていたということだけは分かった。
そしてそれを見透かしたかのようにピア副艦長は俺を見てニヤリと笑う。
「手引きしたこと自体は重い犯罪だが、結果的に君は二つの惑星を救ったわけだ」
「は、あははは」
会話が弾む中、車はとある大扉の前で止まる。警備員らしき人が運転手とやり取りをすると、後部座席の扉が開いた。
「ここからは歩き。降りなさい」
言われるがまま降りると、運転手以外の人が全員降りる。車は大扉の向こうへと走っていき、俺たちは少し戻りながら歩き始めた。
「……あの、どこへ向かってるんですか?」
「そのまえに、君のARMを」
俺は耳につけたままのARMを外し、ピア副艦長さんに渡す。それを手にして何か操作すると、別の人と俺のARMを交換する。
「これを。まだ試作品だけど体温程度の温度で充電できる半永久型の新型ARMでね。ハッキングに耐性があるから汎用品よりいくらか安心よ」
押し付けられた箱の中身は、眼鏡の蔓のような白くてつるんとした外耳に引っ掛けるフックが一セット。恐る恐る耳につけると、確かに前のARMより解像度が高い画面が網膜に表示された。
『ユーザ情報の転送および環境設定の最適化が完了しました』
「うお!? AIもミストルのまま?」
『はい。引き続きよろしくお願いします』
部材の重さも従来のより軽く、耳への負担もほぼない。完全な上位互換と言えるので嬉しい。
「さて、君の準備も終わったことだし」
ピア副艦長は到着した扉の前で小さな窓を覗き込む。低い電子音が何度か鳴ると、それに合わせて手のひらを扉に押し当てる。触れた場所が緑色の光でスキャンされるとバチン! という重たい音がして扉がゆっくりと開き始めた。
「この先は一時的にネットワークが切れるから。注意して」
真っ暗だった部屋に灯る青白いライトが床を照らし、部屋の奥へと案内される。何度か長い通路を曲がった先にある巨大なガラス窓の向こうに、見知った顔がこちらを見て手を振った。
「『みそら!』」
数日ぶりの彼女の目は、泣きはらしたのか赤くはれぼっていて胸が苦しくなった。
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