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(りょう)! 古典の課題やってある? 同じ課題出てるよな?」


石崎 瑛太(いしざきえいた)が泣きついて来た。

「またかよ」

「寝落ちしちゃってさ」

「お前が寝落ちしてる間に俺は必死にやってたんですけど」

「頼むよお~横セン、提出物すげえうるさいじゃん、落とすとまずいんだよ」


「メンチカツサンド」

「え?」

「購買幻のメンチカツサンドで手を打ってやる」

「……御意」

「ほら」

石崎にノートを渡す。

「マジ神! 速攻で写すから!」


先に行く! と廊下を駆け出していく。

うるさい男だな、まったく。


いつもの朝、いつもの石崎。



いや、違う。

今、名前で呼んだよな?

凌って呼んだよな?

いつも中神(なかがみ)って苗字で呼ぶのに、今朝は凌って呼んだ。


なんで?






凌って呼んじゃった!


名前で呼んでみたら気づかなかったのか、普通に会話が成立した。


ヤバかった、めっちゃ心臓ドキドキしたし緊張で吐きそうだった。

我ながら自然にできたと思う。

声が裏返らなくてよかった。

凌も突っ込んで来なかったから多分気づいてない。


あわよくば、こんなふうに自然に名前で呼んで定着させたい。

だって脳内ではいつも凌って呼んでたから。


でも気づかれたらどうしよう。

「なに気安く名前で呼んでんだよ」

とか言われたらどうしよう。

なんて返せばいい?

ふざけてみたとか言えばいい?


ふざけてなんかない。

名前で呼びたくて、ずっと呼びたくて、

何ヶ月も機会を伺って不自然にならないよう、何度も何度もシミュレーションしたんだ。

脳内だけで呼んでた名前を初めて口にしてみた。


凌。


俺の口が言い慣れるくらい呼びたい。






2限目が終わり、凌にノートを返す。


「マジで助かった、間に合ったよ」

「写すだけだもんな」

「それ言うなよ」

「俺には言う権利があるからな」

「4限終わったら購買走るから待ってろ」

「買えなかったら無効な」

「無効?」

「横センに石崎が俺のノート写したってチクる」

「非道すぎねえか……」

「だったら死ぬ気で買ってこい」

「どんだけメンチカツサンド食いてえんだよ」

「幻だぞ。俺まだ一回しか食ったことないもん」

「食ったことあんの? 俺ねえぞ」

「めっちゃ美味い。また食いたい」

「よく買えたな」

「うん、まあ」

「何その言い方」

「別に」

「なんかあるな、言え」

「そんな大したことじゃない。

俺が買ったんじゃなくて貰ったってだけ」

「貰った? あの幻を? 誰がくれるんだよ、超激戦なんだぞ。そんなやついるか?」


凌がちょっと目を逸らす。

なんか胸がザワザワする……


「一年の子がくれた」

「え……」

「昼休みに突然来て『これ食べてみたいって言ってるのを耳にしたので……良かったらどうぞ』ってくれた」

「マジか……女?」

「うん、一年の藤井(ふじい)さん」

「一年の藤井って……あのめちゃくちゃかわいい子か!」


新入生が入ってくる4月、先輩になる俺たちにかわいい子チェックは欠かせない。

好みはそれぞれだが、群を抜いて誰もがかわいいと口にしたのが、その藤井さんだった。



「多分、その子。めちゃくちゃかわいい子」

「なんで藤井さんがお前に幻くれるんだよ」

「いや、知らね。でもくれた。

『お礼した方がいいよ。絶対買うの大変だったと思う』ってクラスの女子たちに言われて、次の日にコーヒーとか紅茶とか何種類か飲み物買って藤井さんの教室に持って行ったら、『なかなか買えなくて……一回だけですみません』って謝られた。

めちゃくちゃ美味かった、ありがとう、食べたことなかったから嬉しかったって言ったら涙ぐんでた」


「それって……藤井さん、お前のこと好きなんじゃね?」

「うーん、クラスの女子にも『好きじゃない人のために女は労力を割かない』とは言われたけど、藤井さんからは何も言われてないからわかんない」

「いやいや……そこは察してやれよ」

「まあ、悪い気はしてないよ。藤井さん、かわいいし、俺なんかのために必死になってくれたのは嬉しいし」


「……」

「石崎?」

「男だって同じだよ……」

「え? なに?」

「絶対買うから絶対チクるなよ」

「頑張れー」

「棒読みやめろ」






3限の授業は上の空。

凌の話は初耳だった、そんな話知らねえぞ。

幻のメンチカツサンド、凌のためにあの藤井さんが必死になって買ったんだよな?

それって好きってことじゃん。


好きじゃない人に労力は割かない。


その通りだよ。

俺だってそうだ。


4限はそわそわしっぱなし。

早く終われ、ダッシュする準備はできている。


チャイムが鳴る。

数学の岡センが、

「今日はここまで……」

と言い終えないうちに走り出す。

岡センの、

「おい! 石崎フライングだぞっ!」

と言う声を背中で聞きながら。


走るしかない。

待ってろ、凌!


購買に着いた。

もう人だかりができている。

いや、まだ希望はある、と思いたい。



「メンチカツサンドください!」

「おばちゃん! メンチカツサンド!」


声が被った。


え?


その声の主も俺を見ている。


藤井さんだった。

凌に買うのかな……


負けるかよ。


二人で必死に手を伸ばす。

おばちゃんの手からメンチカツサンドが渡される。

「ラストね」


やった! 勝った!

やっと手に入れた幻を握り潰してしまいそうなくらい嬉しくて喜びを噛み締める。


ふと横を見ると、人波に揉まれ伸ばした手が届かなかった藤井さんが泣きそうな顔で立ち尽くしていた。

ほんの少しの差だった。

俺の方が体格的に有利だっただけだ。


ごめんな。

心でそう呟き、凌の元へ向かう。


階段を昇りかけ立ち止まる。

くるりと踵を返し、購買へ戻る。


「ん」

「え……」

今にも涙が溢れそうな顔をして立ち尽くしている藤井さんにメンチカツサンドが入った袋を差し出す。


「あげる」

「え……でも……」

「凌……中神に渡したいんだろ?」

「え……どうしてそれを…」

「前に渡したことあるんだろ?」

「……これ食べてみたいって言ってて……やっと買えて渡したら喜んでくれて……

だからもう一度、中神先輩に喜んでもらいたくて……」


藤井さんは必死に話してるうちに涙をこぼした。


かわいくていい子だなって思う。

それに一途だ。

わかるよ、俺も同じだから。


「腹空かせて待ってるから持って行きなよ」

「でも……」

藤井さんは躊躇する。

「ほら、行きな」

「……すみません、ありがとうございます」

俺に代金を渡して走り出した。


これでよかったと思う。





凌のクラスへ行く。


すうと息を吸う。


「ごめん! 間に合わなかったわ。チクるのは勘弁してくれ、頼む!」

と2番人気のミックスサンドを渡す。


「かっこつけやがって」

「え?」

凌が幻とほろ苦コーヒー牛乳を見せる。

藤井さん、渡せたんだな。


「お前が譲ったんだって?」

「え……」

「藤井さんが話してくれた。

『私が買えたのは本当はこれだけなんです』って俺の好きなほろ苦コーヒー牛乳くれた」


藤井さん、どうして話しちゃうんだよ……


「お前必死だったって藤井さん言ってたぞ」


めっちゃ恥ずい。


幻を半分にして俺に差し出す。

「ん、これ瑛太の分な」


え?

瑛太?

え、名前……


「気づいてないと思ってんの?」

「あ……」

やっぱりバレてたんだ……


「瑛太……言い慣れなくてソワソワする」

「……凌でいいのか?」

「名前くらい普通に呼べばいいだろ」

幻を食べながらちょっと赤くなる凌。


「凌」

「なんか恥ずい……こっち見んな」

「名前呼べて嬉しい……」

「……」


二人で赤くなりながら幻を食う。

なんだこれ、めちゃくちゃ美味い。

それ以上に想いが溢れて泣きそうだ。


凌、凌……

何度だって呼びたい、声に出したい。

好きって言葉もいつか言わせてくれ、凌。

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