球根
『ニュース速報です。今国会で同性婚を認める法案が可決されました。来年にも施行される見通しです』
「へえ、ついに法案通ったんだな」
食器を洗いながら見ていたテレビからニュースが流れる。
「遅すぎるくらいだよ」
そう答えるのは渡来夏見、俺の恋人だ。
昨夜から俺の部屋に泊まっている。
「まあ、俺たちにとってはそうかもしれないけど、少子化対策に関して言われると弱いところはあるしな」
「それな」
男同士、少子化対策に貢献できないのは仕方ない。
微力ながら経済で日本を支援しよう、ということでもないけど、これから二人で映画を観に行く。
「で?」
「ん?」
「俺たちはいつするの?」
「なにが?」
「結婚!」
夏見が声を上げる。
「あーまあ……そのうちな……」
「そのうちって……認められたじゃん」
「あ! ほら、映画の時間に遅れる、出るぞ」
「なんでのんちゃんはいつも話をはぐらかすんだよ!」
のんちゃんこと俺、宣本高水は、夏見から逃げるように身支度をする。
「のんちゃん、俺のこと嫌いなの?」
背中に抱きつく夏見。
「嫌いなわけないじゃないか」
「だったらどうしてはぐらかすの?」
「はぐらかしてないよ」
夏見の手がギュッと俺を抱きしめる。
少し声が震えてる。
向き合うと不安そうな顔で俺を見る。
「嫌いなんかじゃない、ちゃんと好きだよ」
「本当?」
「本当。だからそんな顔すんな、な?」
「うん……」
夏見にキスする。
「のんちゃんがキスで誤魔化した……」
ふっ
「映画楽しみにしてたんだろ?
一緒に観に行こう」
「うん」
夏見に少し笑顔が戻る。
「続きは帰ってからな」
「のんちゃん、えっちだ」
「夏見もだろ」
不安にさせてるのはわかってるんだ。
わかってるけど……
映画を観て、ランチして、春物の服をウィンドウショッピングする。
まだ寒いけど春になるんだな。
ピコン!
「樹里さんだ」
「お義姉さん?」
「うん、あ、写真だ。あはは!」
「なに?」
兄貴の奥さんの樹里さんから写真が送られてきた。
姪の名奈ちゃんが笑ってる写真を見せる。
「名奈ちゃんか」
「うん、でも見せたいのはここ」
と名奈ちゃんの隣のプランターを指差す。
「もう咲きそうだな。蕾が大きい」
「うちのまだここまで蕾が大きくないんだよなあ」
「名奈ちゃんにもらった球根だっけ?」
「そう」
姪の名奈ちゃんは5歳。
年に数回、お迎えのピンチヒッターを兄貴に頼まれることがある。
樹里さんは二人目を妊娠中だ。
俺にできることなら協力は惜しまない。
ひと月前、その日も名奈ちゃんを迎えに行って家まで送り届けると、樹里さんが辛そうに出迎えた。
「高水くん、ごめんね、お迎え行けなくて……」
と謝る。
「つわりはどう? なにか食べられる?
さっき名奈ちゃんとスーパー寄ってきて見繕ってきたんだけど」
「全然食べられないんだけど、トマトだけ平気なの」
「なながママはトマトならたべられるって、のんちゃんにおしえたんだよ」
名奈ちゃんが得意げに言う。
「名奈~ありがとう」
樹里さんが名奈ちゃんを抱きしめる。
「夕食は兄貴が作るから寝ててって言ってた。お迎えはいつでも頼んでよ」
「うん、いつも助けてくれてありがとう」
名奈ちゃんが俺をのんちゃんと呼ぶのは、夏見が俺のことをのんちゃんと呼んでいるのを聞いてそう呼ぶようになった。
宣本だからのんちゃん、ということは宣本家は全員のんちゃんだ。
名奈ちゃんものんちゃん。
兄貴は、
「のんちゃん呼びが気に入って定着しちゃったからそう呼ばせてやってくれ」
と親バカ丸出しだ。
「あ! のんちゃん、まってて!」
名奈ちゃんが部屋からなにか持ってきた。
「はい、あげる」
「これなに?」
「きゅうとん」
「ん?」
「球根ねw昨日保育園でもらったの」
樹里さんが教えてくれる。
「のんちゃんにひとつあげる」
「いいの? ありがとう」
「チューリップなんだって」
「なにいろがさいたかおしえてね。
ななはぴんくがいいの、のんちゃんはなにいろがいい?」
「チューリップか、赤かな」
「ぴんくがあたりだよ」
ふっ
「ぴんくがさいたら、ねがいがかなうんだよ」
「そうなの?」
樹里さんが小声で、
「そう思い込んでるのよ」
と笑う。
「さいたらおしえてね!」
名奈ちゃんと樹里さんに見送られて帰る。
チューリップか、鉢植えで大丈夫かな。
植えてみようかな。
その時のチューリップの球根がだいぶ大きくなって蕾をつけた。
何色だろう。
白や黄色ではなさそう。
うっすら赤みがあるように見える。
赤かな?
名奈ちゃんは二つ植えて、樹里さん情報だとどうやら一つは白が確定で、もう一つは赤かピンクらしい。
名奈ちゃんはピンクを望んでるけどどうだろう。
ちょっとワクワクしてる。
と、同時に俺はドキドキもしてる。
それから一週間後、兄貴からLINEが来た。
「咲いたよ」
写真もある。
赤と白のチューリップの後ろで名奈ちゃんが笑ってる。
兄貴から電話だ。
「見た?」
「うん、ピンクじゃなかったんだね」
「名奈ががっかりしちゃって慰めるの大変だったんだよ」
「ピンクがいいって言ってたもんな」
「あんまり凹んでるから、『白が名奈で、赤が産まれてくる赤ちゃんなんだよ。赤と白を混ぜるとピンクになるんだよ』って言ったらご機嫌になってあの笑顔、かわいいよなあ」
要するに親バカってことか。
でも兄貴にしては気が利いたことを言う。
「高水のは咲いた?」
「もう少しかな」
「咲いたら写真送ってくれ、名奈に見せるから」
「わかった」
更に一週間後、だいぶ蕾が開いてきた気がする。
これ、ピンクじゃないか?
「のんちゃん、チューリップ、ピンクだね」
夏見もずっと楽しみにしていたようだ。
「そうだな、確定だな」
写真を撮る。
「名奈ちゃんに送るの?」
「うん」
でもその前に。
「夏見」
「なに?」
「名奈ちゃんが言ってたんだ、ピンクが咲いたら当たりで願いが叶うって」
「へえ、かわいいな。のんちゃん、なにか願い事してたの?」
「うん」
「なに? 教えてよ、叶った?」
「夏見、俺と結婚してくれる?」
「え……」
「ピンクが咲いたら言おうって決めてた。
名奈ちゃんに願いが叶ったよって報告したいんだ。だから俺と結婚してください」
「……本気?」
「本気だよ」
夏見が涙ぐむ。
「指輪は一緒に選びたいんだ。
今無くてごめんな」
ふるふると首を振る。
「夏見、待たせてごめんね」
「のんちゃん……」
夏見を抱きしめる。
夏見は涙でぐちゃぐちゃになってる。
「ねえ、夏見、どっちの苗字にする?
宣本だと二人とものんちゃんになっちゃうな」
ふふっ
「それでもいいよ」
「あははは」
「ねえ、のんちゃん」
「ん?」
「ピンクが咲かなかったらプロポーズしてくれなかった?」
言われると思ったよ。
「赤でも黄色でも白でも紫でも何色でも言うつもりだった」
「なんだよそれw」
「だって夏見と結婚したいから何色でもいい」
「ピンクで良かった」
「うん、名奈ちゃんのおかげ」
指輪を買いに行こう。
一緒に住む家を探そう。
ベランダにはプランターを置いてチューリップの球根を植えよう
何色でもいい、夏見と一緒なら何色でも綺麗に見えるはずだから。




