嫁入り
我が呉服店『雪本』には、代々伝承されてきた家の守り神、白猫人形の『雪』が店頭に飾られている。
ちょっと古い猫の人形なので小さい子には不評で、怖いと言われてしまうこともあるが、近所に住んでる純太くんは、店の前を通ると、
「雪ちゃん!」
と声をかけてくれていた。
「雪ちゃん、おはよう」
「雪ちゃん、元気?」
「雪ちゃん、ただいま」
純太くんの日課になっているようだ。
そんな純太くんのことは店の誰もが知っていて、雪の代わりに、
「純太くん、おはよう」
「純太くん、元気?」
「純太くん、おかえり」
と返事をしている。
3歳、5歳、7歳、10歳、15歳……
無邪気だった純太くんは、いつの間にか18歳の立派な成人、純太になっていた。
純太のお母さんがこの前店に来て、
「二十歳の成人式用に羽織袴をあつらえたい」
と注文していた。
純太たっての希望だそうだ。
そういえば純太のお姉ちゃんの望実ちゃんの時もうちで振袖あつらえてくれたっけな。
店主である父は、雪をかわいがってくれる純太を我が子のように思っているようで、
「誠心誠意、作らせていただきます」
と大層喜んでいた。
背も高くなったし似合うだろうな。
「雪ちゃん」
声変わりした低い声で今日も純太は優しく雪に声をかける。
「そんなに雪好きか?」
笑いながら話しかけると、
「よしくん、こんにちは」
とおっとりとした口調で答える。
「よしくんは大学卒業したら会社員?」
「そうだよ」
「一人暮らし?」
「ううん、ここから通勤するよ」
「そっか……良かった」
良かった?
「よしくん、俺着物作るんだ。
よしくんも一緒に選んで」
とキラキラした目で笑う。
「俺も選んでいいのか?」
「うん!」
もう18歳、高校卒業するというのに、こういうところはまだまだ子ども。
それから数回、生地や柄などを決めるための打ち合わせにご両親と一緒に来た純太。
羽織りの色は白がいいという純太にお母さんは反対している。
汚れが目立つからというのが理由だ。
「だって純太、そそっかしいでしょ?
絶対汚すわよ」
お母さん目線だ。
「いくつだと思ってるの? 大丈夫だよ!」
そう反論する純太だが、危なっかしいんだよなあ。
店主の父は、
「純太くんはどうして白がいいの?」
と理由を聞いた。
「雪ちゃんの色だから」
と純太は即答。
それを聞いて父は泣き出さんばかりに喜んだ。
店の守り神である白猫人形『雪』をこれほどまでに愛でてくれているとは…と本当に涙ぐんでいた。
「今は着物のクリーニングも向上してますし、うちでも承ってますのでご安心ください」
とお母さんを説得し始めた。
純太のお父さんも、
「好きな色でいいと思うよ」
と後押ししてくれて羽織りは白の織り柄に決まった。
袴は黒かなと決まりかけたが、そばで聞いていた俺はちょっと口を挟みたくなった。
「いいかな?」
「良樹なんだ?」
「純太には紺の方が似合うと思うんだけど…」
「紺?」
「純太は雰囲気が柔らかいから紺とか藍の方が似合うかなと…」
純太を引き立てるのはそっちだと思うんだ。
「確かにな」
父さんが濃藍などの色の生地を純太に当てがってみる。
「そうだな、こっちだな」
「上品でいいじゃないか」
「素敵ねえ」
ご両親も気に入ってくれたようだ。
純太は?
「よしくん、選んでくれてありがとう」
なんで赤くなってんだよ、純太。
時間をかけて準備した純太の羽織袴は成人式の2ヶ月前に完成した。
見事な出来映えだった。
完成したものを見に、お母さんと純太が店に来るという。
喜ぶだろうな。
俺はというと会社員をしつつ、時々休みの日に店を手伝っている。
今日は大切な用事があるから店にいなくてはいけない。
その大切な用事のため、奥で支度をしていると、
「いらっしゃい、待ってたよ」
という父の声がした。
「こんにちは、雪ちゃん見ていいですか?」
おっとりとした純太の声が聞こえる。
ふっ
相変わらずなんだな。
完成した羽織袴を見た純太のお母さんの嬉しそうな声が聞こえる。
うんうん、わかる。
いい出来だよ、本当に。
「お支度できましたらお願いします」
襖の向こうから声をかけられ部屋を出る。
「こちらへお願いします」
「はい」
店の外に出ると、わあっ! とその場に居合わせた人たちから歓声が上がった。
「それではこちらへ目線をください。
はい、いいですね」
歓声を聞いた純太とお母さんも出てきた。
父が、
「おっ始まったな」
と言っている。
俺は紋付袴を着て結婚式の写真を撮っていた。
隣には白無垢を着た花嫁がいる。
「素敵ねえ」
「和装もいいわねえ」
「袴ってかっこいいんだな」
見ている人たちからの感想が聞こえる。
すると突然、
「わあああーーっ!」
という絶叫がした。
何事だ?
騒然とする中、その声の正体が見えた。
純太?
お前があの絶叫の主か?
絶叫したかと思うと俺を見て、
「なんで? どうして……」
と呟きながら今度は、
「うあああーーっ!」
と泣き始めた。
「よしくん、なんで結婚しちゃうの……
やだああ」
え?
「ダメえええ!」
泣き喚く純太に花嫁が近づく。
「こらっ! よく見ろ、純太っ!」
撮影用に手にした扇子でぺちぺちと純太の頭を叩く。
「え?」
純太が涙でべちょべちょな顔を上げる。
「よく見て! 私!」
「え? あれ? よしちゃん?」
俺には兄と姉がいる。
兄の嘉人、姉の吉乃、そして俺、良樹だ。
それぞれ『よし』の字が付くが漢字はバラバラ。
純太は小さい頃から、兄をよしさん、姉をよしちゃん、俺のことをよしくんと呼ぶ。
大変ややこしい。
ぺちぺちやってるのは姉の吉乃だ。
そう、大切な用事というのはうちが売り出している和装結婚式のカタログ作りのための撮影だ。
いつもはこの店を継ぐ予定の兄が新郎役をやっているのだが、京都に出張中で俺が代役でやる羽目になったのだ。
モデル代を浮かせるために、俺ら兄弟が毎回モデルとして駆り出されている。
「あのね、これはカタログの撮影!
こいつと結婚するわけないでしょ?」
と姉が呆れてる。
「よしくん結婚しない?」
「しないよ、相手もいないよ、あいつ」
余計なお世話だ。
「本当?」
見る見る笑顔になる純太。
「とうとう純太が爆発したな」
と姉はにやにやしている。
ん?
店の従業員さんたちも、
「純太くん、頑張れ~」
と声援を送っている。
んん?
父は、
「純太くん、完成した着物着て良樹と結婚写真撮るか?」
と唆す。
んんん?
純太のお母さんは、
「あらあ、いいわねえ!」
と手を叩いて喜んでる。
んんんん?
早速みんなに着付けをされた純太。
うわあ、マジか。
めちゃくちゃ似合ってる、かっこよ。
カメラマンさんも、
「いいですねえ! こっちメインにしたらどうですか?」
と悪ノリしてる。
「よしくん」
純太が手を差し出す。
手繋ぐの?
モジモジしてたら、ぐいっと掴まれ恋人繋ぎされた。
きゅん。
きゅん!?
「良樹! お前そのまま嫁に行け。紋は染め替えてやる」
父さん?
「良樹くん、うちに来てくれるの?
お父さんに報告しなきゃ!」
お母さん?
「誓いのキスしろ! 逃すな、純太!」
姉!?
純太が俺の頬にちゅっとキスする。
ええ!?
「よしくん……」
純太、その熱い目はなんだ!
手はしっかり繋いだままだ。
「俺、よしくんが好きだよ」
純太が耳元で囁く。
やめて……
さっきから顔が火照ってる。
繋いだ手からドキドキが伝わっちゃいそう。
雪を見るその優しい目で俺を見てよ……
ずっと言えないまま今日まで来た。
でも……
手を握り返す。
決めた。
俺が純太の雪になる。
俺が純太の嫁になる!




