第十一話「最後の文化祭」後編
今朝の校内は、いつもとは少し違う空気に包まれていた。廊下には各クラスの案内や飾り付けが並び、あちこちから生徒たちの声が聞こえてくる。三年生にとっては、これが高校生活最後の文化祭になる。
あ、久しぶりの語りでちょっと緊張している石田です。
俺のクラスでは、ファッションショーをやるんだが、正直、男子の出番はないので、舞台の準備が終われば後は暇だ。バスケ部もなんかシュートチャレンジみたいのをやるっていうから、手伝いにでも行こうと思ってる。
「そこ、もうちょっと右! ステージの端がずれてる!」客席から東田が声を飛ばす。
男子が中心になって組み立てた簡易ステージは、どうにか形になっていた。あとは照明と音響の確認を済ませれば、本番を迎えられる。
「東田、これでいい?」
「うん。そこなら大丈夫。ありがと~」
男子の一人が確認すると、東田は頷いた。
「じゃあ次、照明のチェックお願い。音響も一回通しておいて」
「了解」
担当の男子たちがそれぞれ持ち場へ散っていく。
俺は、東田に声をかけた。
「俺、もうやることないみたいだから、バスケ部のところ手伝ってくるわ」
「え? もう?」
「ステージできたし、照明と音響は他のやつがやるだろ」
「まあ、そうだけど……じゃあ、手伝い終わったら戻ってきてね」
「はいよ、わかった」そう言って教室から出る。
「まったく、自由なんだから」
という東田の呆れたような声は、とりあえず聞き流した。
「さて、私はどうしましょう」と独り言を言いながら考えている私、長谷部育美です。
私のクラスは特に出し物をする予定はなくて、教室も閑散としてる。小森さんも図書室に行くと言って出て行ってしまったし、雄太は四組のメイド喫茶の準備で忙しくしているはずだった。
「もう始まった時間だから……ちょっと見に行ってみようかな」
一人で教室にいても仕方がない。私は四組へ向かった。
教室の前まで来ると、中から大きな声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませー!二年四組メイド喫茶です!執事もいますよ~」
女子がメイド服姿で客を案内していたので、さっそく入ることにした。
「こちらの席へどうぞー!」
席に着くと、敦美ちゃんがトレイをもって歩いているのが見える。
「……敦美ちゃん、メイド服カワイイ~」
「育美~!」敦美ちゃんがこちらに気づいて手を上げた。
「こんにちは。忙しそうね」
「そうなのよ。今年はもう勘弁って思ったんだけど、始まったらやっぱ楽しくて」
「へえ」
「育美も来たなら、ちょうどいい。執事姿の内田っち呼んでこようか?」
その時、敦美ちゃんに別の客から声をかけられた。
「メイドさん、注文いいですか!」
「あ、はいはい! 今伺いますね!」
敦美ちゃんは私に手を振ると、そのまま客のところへ走っていった。
「……本当に楽しそう」
教室の中を見渡すと奥に雄太の姿が見えた。
白いシャツに黒いベストで蝶ネクタイ。本人は似合わないと言ってた執事服は、思ったより似合っている。
「いらっしゃいませ」
「こちらでよろしいでしょうか」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
注文を受けて、テーブルを離れるたびに女子たちが小さな声で何か話している。
なんだか、男子の席には呼ばれなくて、女子の席からばかり呼ばれてる。
私は、その様子を眺め、近づいてきた雄太に声をかける。
「……人気者ですね、執事さん」
「あ、育美」
「忙しそうだね~」
「うん。思ったより大変」
「女子からのご指名が多いようで、楽しそうで何より」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「へえ~そうかな~?ずいぶん人気が高いご様子で」
「仕事だからだよ」
「ふ~ん、そういうことにしておきます」
「育美……勘弁してよ」
「まあ、雄太はカッコいいから仕方ないね」
「え?」
「何でもない」
雄太は、私の笑顔になんか引いてた。
ワタシは、出し物もなく普段と変わらない文理進学クラスの教室で、前の席に座る沙織の様子を眺めていた。
「沙織、さっきから落ち着かない感じ」
「そうかしら?」
「そうだよ。時計見たり、スマホ見たり」
「……そう……よね。なんか山崎君を案内するのかって思うと緊張しちゃって」
「私も、どんな出し物があるかなんて、あんまりわかってないし……」
「いやいや、研究発表の場所と時間がわかってたら、後は一緒に見て回ればいいってことよ」
「それでいいのよね」
なんて話していたらブルっと音がして沙織がさっとスマホを見る。画面にメッセージが表示されてる。
「……来たわ」
「山崎君から?」
「そう。もう学校の近くまで来たみたい」
沙織はそう言うと、少し慌てたように立ち上がった。
「じゃあ、行ってくるね」
「はいはい。いってらっしゃい」
ワタシは教室を出ていく沙織の後ろ姿を見送る。
「……やっぱり、これはちょっと気になるな」つぶやきながら、ワタシも教室を出た。
昇降口の角からそっと様子を見る。
沙織は玄関口の近くで、山崎君と合流していた。二人は何か話したあと、並んで歩き始める。
ワタシは少し距離を取って、その後を追った。
「別に怪しいことしてるわけじゃないからね」
誰に言うでもなく呟きながら、柱の陰を利用して二人を覗き見たそのときだった。
「やよいさん?」
「!」
振り返ると、こころが立っていた。
「何してるんですか?」
「ちょっとね……沙織と、あの男子を尾行してる」
「……あの男子って?」
「ああ、塾で一緒の山崎君っていう××高校の男子。別の高校だけど、最近塾でよく話してるんだよね」
「え、それって……ああ、じゃあもしかして、あの男子のことだったのかも」
「ん? なにそれ?」
「実は……前に沙織さんから、塾で一緒の男子と話すようになったって聞いてて」
「ああ、そういうことか、ワタシも塾で一緒でしょ。その男子、山崎君と沙織と三人で最近よく話しているのよ」
「そうなんですか」
「うん。だからちょっと気になって」
私たちは少し離れたところから、沙織と山崎君の様子を眺める。
山崎君が何かを話すと、沙織が笑う。沙織も何か言葉を返し、今度は山崎君が笑った。
「沙織さん……楽しそうですね」こころがぽつりと言う。
「でしょ?」
「ついに沙織に春か? 塾でちょこちょこいじってやろ」
「……春?」
「いや、こっちの話」
その時、ブーブーとスマホの振動音がし始めた。
「あ、発表準備の時間だ。そろそろ行かなきゃ」
「やよいさん、発表って、何をやるんですか?」
「研究発表コーナーっていうのを会議室でやってるのよ。ワタシは日本現代文学史をプレゼンするの。明治から現代までの文学の流れを、系図みたいにまとめて発表するんだ」
「日本現代文学史……」
「よかったら見に来てよ」
「うん。行きます」
こころは「ちょっと図書室に寄ってから行きます」と言うので、そこで別れて私も会議室に向かった。
図書室では、文化祭のために設けた新刊紹介コーナーの横で、江川君が暇そうにしていた。
「江川君」
「うっす、小森先輩」
「今、少し時間ある?」
「まあ、こんな感じで暇してるんで」
「友達がね会議室で、日本現代文学史のプレゼンをするんだって」
「日本現代文学史?」
「明治から現代までの文学の流れを発表するみたい。本が好きなら、きっとためになると思う」
江川君は少し考えている様子だった。
「……じゃあ、行ってみます」
「うん、これからだから一緒に行こう」
江川君がカウンターの一年の女子に「こっちも見ておいて」と声をかけてから二人で図書室を出る。
会議室に着くと、すでに研究発表を見に来た生徒が何人か集まっていた。
私は入口から中を見回す。すると、さっき見た二人の姿が目に入った。沙織さんと、さっきの男子、山崎君が並んで座っている。
二人を見て少しだけ迷った。すぐ近くに座るのも、なんとなく気が引けるし、見知らぬ男子がいるのは気まずい。さっき二人で歩いていたところを見てしまったこともあり、二人の邪魔をするような気がした。
「こっちにしよう」
江川君に声をかけ、少し離れた席に座った。
やがて、やよいさんの発表が始まった。
明治時代の文学から始まり、自然主義、白樺派、新感覚派、戦後文学へと続いていく。
作家同士の関係や、時代背景による文学の変化が整理されていて、ただ作家の名前を並べるだけではなく、それぞれの流れをスライドで示しながら、わかりやすく説明してくれる。
隣を見ると、江川君は真剣な顔で発表を聞いていた。
やがて発表が終わり、会場から拍手が起こる。やよいさんはお辞儀をしていったん袖に引っ込んだけど、すぐに客席に出てきた。
「どうだった?」と沙織さんと山崎君に声をかけている。
「すごく分かりやすかったし、知らなかったことがいくつもあって、とても参考になりました」
「そう? よかった」
「日本文学史って、こういう流れになってるのね。今まで作家ごとにしか見てなかったので、面白かったわ」沙織さんも山崎君も感想を話している様子で、三人が少し話していると、やよいさんの視線がこちらに向いた。
「こころ!」
手を振りながら近づいてくる。
「やよいさん」
「こころも来てくれたの……あれ?」
「こころ、隣の男子は、誰?」
いきなりの「誰?」に戸惑ったけど、紹介することにした。
「えっと……同じ図書委員の後輩」
「後輩?」
「うん。文化祭で文芸部と一緒に新刊紹介のコーナーを作ってるの。本が好きな子だから……こういう発表も、きっと勉強になると思って」
「うっす」
「江川君、一応先輩だし、私の友達だよ」
「あ~、初めまして。二年の江川っす」
「へえ、二年生か。よろしく悠木だよ」やよいさんは江川君を見る。
「で後輩君、発表はどうだった? 少しは役に立った?」
「はい。かなり勉強になりました」
「そ~か。よかった」やよいさんはうんうんと頷いた。
「俺、本は好きなんですけど、文学の時代の流れとかは全然知らなかったんで。こういうの、ちゃんと勉強してみるのも面白そうっすね」
「お~、ちゃんと聞いてくれてたみたいだね」
「私も大学で、こういうことをもっと勉強してみたいなって思ってるんだ」私もやよいに伝える。
それを聞いた江川君は「じゃあそれで文学部志望なんっすか?」と私に聞いてきた。
「うんそう。歴史だけじゃなくて、作品が生まれた時の時代背景とか社会とかが、作品にどんな影響を与えたかなんて言うのにも興味があるし」
「あ、それ俺も興味があるっす。三島由紀夫とか」
「背景がわかると、もっと深く理解できそうな気がするの」
「小森先輩、大学で勉強することをちゃんと考えてるんっすね」
「これでも私も先輩ですからね」
「そうっすね」江川君はそう言って、笑った。
ワタシは二人の様子を眺めていた。
こころが男子と話している。しかも、自分からここに連れてきて、こうして普通にと言うか、かなり濃い会話をしている。こころがこんな風に男子と話すなんて、いままで想像できなかった。
沙織の方を見ると沙織もまた、山崎君と自然に話している。
「へえ~、こころも沙織もか」
「え?」
「いや、なんでもない」
ワタシは発表の片づけを始めることにして、舞台袖に戻ることにした。
文化祭は、夕方まで多くの人で賑わっていた。僕は結局、丸一日執事姿でいる羽目になったけど。
育美はメイド姿のままの種村に連れられて校内を回ると言って出て行った。
石田の話だと東田監督のファッションショーも大盛況だったらしい。
やがて日が傾いたころ、校内放送と共に閉会。三年生にとって高校生活最後の文化祭が終わった。
数日後、すっかり普段の学校となった中で、三年生の雰囲気ははっきりと変わった。
僕と育美は、放課後に図書室で勉強することが増えた。
早田さんと悠木は、これまで通り進学塾に通い続けている。
東田は、短大の推薦入試の申込書を子安先生に提出したそうだ。
種村と石田も、夏休みに通っていた予備校にまた通うことになった。
そして小森さんも、図書委員を引退し、種村たちと同じ予備校に通い始めた。
高校生活の大きな行事は終わり、それぞれが自分の希望する未来へ向かって進んでいくだけだ。
高校生活最後の冬に向けて、僕たちの最後の追い込みが始まった。




