第十二話「じゃあ、またね」
僕は今、高校の卒業式を迎えている。卒業証書は無事に受け取り、今は卒業生代表として早田さんが読んでいる答辞を聞いているところだ。
彼女とは二年生の時に仲良くなったグループが一緒で、夏休みにはみんなで小洗海岸まで遊びに行った。あの時は、まさか三年生になってもああやって、みんなで一緒に遊びに行くとは思っていなかった気もする。
僕にとって高校生活は、最初から特別に楽しかったわけではない。普通に授業を受けて、たまに図書室で勉強して、家に帰る。そんな毎日のよくいる普通の高校生だった。
でも、あのメンバーと絡むようになってから、学校にいる時間がずっと楽しくなった。
早田さん、やよいさん、東田、こころさん、種村さん、石田。
みんなと仲良くなれたことで、僕にとっても楽しい高校生活を送ることができたんだと思う。
そして育美。二年生の体育祭の後に告白されて付き合い始め、今では家族公認の交際を続けている。
そして、僕は四月からは大学生だ。何とか第一志望の大学の教育学部に合格することができた。そして育美も、無事に同じ大学の同じ学部へ進むことになった。
彼女と出会って、交際を続けられたことは、多分、僕にとって大きな転換点だったんだと思う。
育美にはとても感謝しているし、好きだという気持ちは、付き合い始めた頃よりもずっと大きくなっている気がする。
育美の両親からは「これからも仲良く」と言われているし、僕の両親に至っては、「あんないい子はめったにいないんだから、絶対につかまえておきなさい」とまで言われてる。
まあ、言われなくてもそのつもりだけど。
今日も学校が終わったら、育美の家に行って卒業の報告をすることになっている。
壇上では、早田さんが最後の言葉を読み上げていた。その声は、いつもの彼女のように落ち着いていた。
答辞を無事に終えて早田さんが席に戻ると、校歌を卒業生が歌い、吹奏楽部の演奏に合わせて退出。卒業式が終わった。
教室へ戻って最後のホームルームが始まる。
担任の杉田先生はいつもの少しだらしない姿とは違って、スーツにネクタイ姿。最後の挨拶では何度も言葉を詰まらせていた。
先生が涙を拭いながら話しているのを見ていると、本当にこれで高校生活が終わるのだと実感していた。
卒業式で答辞を無事終え、校長先生にも挨拶をして教室に戻ってきた。
私は国立□□大学に合格して春からは大学生になる。
□□大学は自宅から通えるので、生活そのものはそれほど大きく変わらないと思うけど、大学生になるということを考えると、やっぱり心が躍る。
どんな講義があるんだろう。どんな人たちと出会うんだろう。今までとは違う毎日が始まる。
二年生、三年生、そして進学塾でも一緒に学んできたやよいさんは、ここから離れた国立■■大学に進むことになったそうだ。一人暮らしを始めるらしい。
離れてしまうのは、とても寂しい。でも、お互いに目指していた事がかなったことは、とても嬉しい。
大学が離れても、休みになったらきっとまた会える。みんなで集まれば、今までと同じように楽しく過ごせるはずだと思う。
私は高校に入った頃、自分がこんなふうに離れることを寂しいと思うなんて、考えたこともなかった。
それだけ、大切な友達ができたということなのだろう。
そう言えば、塾で一緒の授業を受けていた山崎君も□□大学に受かったと連絡が来ていた。
同じ大学に知っている人がいるのは、少し心強い。大学でも、また彼とお話しできたらうれしいな。
最後のホームルームが終わり、いよいよ下校の時間になった。
俺が教室で荷物をまとめていると、東田が声をかけてきた。
「ねえ、みんなで最後に校門のところで集まって帰ろうよ。グループにメッセージしたからさ」
「了解。俺、バスケ部に挨拶してから行く」
バスケ部の部室へ向かう途中で、卓球部の部室に行くのだろう種村に会った。
「お、種村」
「石田じゃん」
「部室隣だし、一緒に行くか」
「うん、いいよ。石田は後輩から花束貰うかもね、似合わないけど」
高校生活最後の日だというのに、種村はいつもと変わらない。
「うっせ、あいつらがそんな気の利いたことをするかよ」
「それもそっか」
俺と種村はお互いを見ながら笑った。
種村とは学部こそ違うが、同じ大学に進む。
二年生の時、こいつと付き合い始めていなかったら、俺はもっとランクが低い大学に進むのがやっとだったんじゃないかと思う。
あいつは小柄で、結構がさつで、俺にも容赦ないところがある。でも、何より頑張り屋さんで、いつも元気をいっぱいもらった。勉強だって、こいつに引っ張ってもらったようなものだ。
これからも、ずっと一緒にいたい。そう思っている。
「……何?」
「いや、別に」
「なんか今、変な顔してたけど」
「してねえよ」
俺がそう言うと、種村はいつもの明るい笑顔を見せた。
……まあ、こういうところも好きなんだけどな。
なんか石田がカッコつけてる。まあ、なんとなく考えていることは分かるけど。
でもさ、もちろん本人の頑張りがあったからなんだけど、勉強はアタシが引っ張り上げて、同じ大学に行けるんだから感謝しなさいよ。そんなことを考えながら、隣を歩く石田を見る。
高校生活も今日で終わり。大学に行けば、今までとは違う毎日になる。
それでも、石田とは今までみたいに一緒にいられる。そう思うと、なんだか少しだけ安心する。
奈央からのグループメッセージを見て石田に声をかけ、部室で後輩たちと話した後は、校門に一緒に行くことにした。
早めに校門に着いたワタシは、グループメッセージを確認。どうやらみんな来てくれそうでよかった。
卒業式が終わってしまうと、みんなそれぞれのところへ行ってしまう。だから最後くらい、みんなで帰りたい。
ワタシは春から、幼稚園の先生になるための資格が取れる短期大学へ進む。
高校の三年間。私は本当に友達に恵まれたって思う。
一年の時の片思いは結局失恋しちゃったし、あの時は結構へこんだけど、自分のことを考えるきっかけにもなった。
だから、災い転じて福となす……ってことだよね。たぶん……。
短大の二年間は勉強も大変になると思うけど、子どもたちと関わる仕事ができるようになると思うと楽しみだ。
ワタシは、みんなとは進路が違う。就職も早いだろうし、それで住む場所だって変わるかもしれない。
でも、きっとまたみんなに連絡する。そして、またみんなで遊びに行く。みんなとの関係はこれからも続けていきたいって思うんだ。
校門に向かうと、奈央ちゃんが立っているのが見えた。私が二番目みたい。
「奈央ちゃん!」
「お~ココロン、おめでと~」
「うん、お互いにおめでとうだよね」
そして、少しずつみんなが集まり始めた。
「お待たせ」沙織さんがやってきた。
「私も来たよ」やよいさんも続く。
「お、全員そろってきたじゃん」奈央ちゃんが周りを見渡す。
石田君と敦美ちゃんもやってきた。
少し遅れて、内田君と育美さんも一緒に歩いてくる。
「ごめん、待った?」
いつものメンバーが、久しぶりに全員そろったような気がした。
「じゃあ、みんなで帰ろうか」
「うん、帰ろう」
高校を出れば、それぞれが別々の道へ向かうことになる。駅まで歩く途中で別れる人もいる。
ホームで別れる人もいる。
高校生活最後の日くらい、少しゆっくり歩いていたかった。
私は第一志望の大学の文学部に合格して、春から大学生になる。
最初は、なんとなく決めようとしていた進路だった。でも、三年生になってから色々と考えた。
やよいさんの話を聞いたり、沙織さんやみんなと過ごしたり、江川君と図書室で話したり。
そういうことが少しずつ積み重なって、自分が何を勉強したいのか、はっきりと思えるようになった。
そして、忘れられない言葉がある。
「自分がやりたいからやる。一人でやるか誰かとやるかじゃなくて、やりたいことかどうかが大事」江川君が言った言葉だ。
あの時から、自分で動く、自分が動く、それが大切なんだって思えて、夏休みに一日だけだけどみんなで集まって出かけた楽しい一日、思い出を作ることが出来た。
文学について、もっと勉強してみたい。そう思えるようになったことも、きっとその言葉があったからだって思う。
だから、大学生活は楽しみだ。高校とは違う場所で、また新しいことを知ることができる。
そんな、前向きな気持ちになれる自分に、少しは近づいたとは思ってる。
だけど、一つだけ気がかりなことはある。
高校の最寄り駅で、徒歩で帰る人や別方向の電車に乗る人と別れた。
「元気でね」
「じゃあ、またね」
「うん。また連絡するね」
私とは逆方向の電車に乗った、内田君と長谷部さん、やよいさんに手を振る。
最後に残った私は、一人でホームのベンチに座る。
電車を待ちながら、ぼんやりと考える。
大学は、みんなとは別で一人になる。もちろん、大学に行けば新しい友達もできると思う。
でも、今までみたいな、気の置けない友達が最初からいるわけじゃない。
そう考えると、少しだけ寂しい。
「これから大学は、一人か……」私は小さくつぶやいた。
「小森先輩」
声をかけられて、顔を上げると、江川君が立っていた。
「……江川君?」
「えっと、卒業おめでとうございます。一人で何してるんっすか」
「電車を待ってる」
「それは、見れば分かります」
相変わらず江川君はぶっきらぼうで、少し言い方が冷たい。
でも、それがいつもの江川君で、なんだか少し安心した気がする。
「江川君は?」
「俺も電車です。〇×方面」
「そっか、逆方向だね」
少しだけ沈黙する。
「学校でも先輩を探したんっすけど、見つからなくて……帰ってからメッセージしようと思ってたんです」
「メッセージ?」
「卒業、おめでとうございますって言っておきたくて」
「そっか、ありがとう。江川君には色々助けられたから、ホントにありがとね」
「助けたつもりはないっすけど、なんかの役に立ったのならよかったです」
「三年でも図書委員をやるつもりなの?」
「そのつもりっす」
「そっか、じゃあ、さようなら。後は頼んだよ。」
「さよならではないっすよ」
「なに言っているの?私、大学に行くし。江川君は今度は三年生だよ」
「いや、俺も来年、先輩と同じ大学を目指すので」
「え?」
「だから、さよならじゃなくて……」
江川君は少しだけ視線をそらして、「じゃあ、またです」と言った。
私は、なんと答えたらいいかわからなかったけど、なんだか嬉しい気持ちがしてきた。
「……そっか」
私は鞄につけていたお守りに目を向ける。みんなで小洗磯前神社に行ったときに買った合格祈願のお守り。
私はそれを外して、両手で挟んでから右手に持って江川君に差し出す。
「なら、これ、あげるね」
「お守り?」
「合格祈願」
「……俺に?」
「うん。これ、私はご利益あったから、江川君にもきっとあるよ」
「ご利益、もう期限切れじゃないっすかね」
「大丈夫、今、私がまた祈りを込めたから」
「……まあ、そういうことなら」
少し戸惑ったような顔をして、差し出してきた右手にお守りを渡した。
「ありがとうございます」
「うん、頑張ってね」
駅のアナウンスが流れ、私が乗る電車がホームに入ってきた。
「じゃあ、行くね」
「はい」
私は電車に乗り込む。一歩進んでから振り返った。江川君はこちらを見ていた。
ドアが閉まり始める。私は小さく手を振った。江川君も手を上げた。
「じゃあ、またね」
「じゃあ、またです」
電車が動き出す。私は空いている席を見つけて座った。
窓の外を眺めながら、さっきの言葉を思い出す。
「じゃあ、またね」
大学に行ったら、新しい生活も始まるし、慣れてくれば新しい友達もできるだろう。
でも、もしかしたら。
「じゃあ、またね……か」
そう小さくつぶやいて、私は思った。
そうなったら、楽しいかも。
電車は、春へ向かう街の中を走っていった。




