第十話「最後の文化祭」前編
夏休みが終わり、二学期が始まった。
三年生ということもあって、学校が始まると昼間は授業、夕方からは受験勉強という毎日が続く。そんな中でも、十月に入れば文化祭がある。三年生にとっては、高校生活最後の文化祭だ。
僕のクラスでは、文化祭で何をするかという話をホームルームでやっている。
そして、クラスで参加しようとはなったものの……
「またメイド喫茶なの?去年もやったじゃん」種村さんが、思い切り不満そうに言った。
「去年他のクラスのやつらはやってないからさ」
僕がそう答えると、種村さんは呆れたように息を吐いた。
「内田っち、なんで反対してくれなかったんだよ。アタシ、またメイド服着るのかよ」
「いや、僕に言われても……」
「じゃあさ、内田っちには執事服を着てもらうね。」
「なんでそうなるの?」
「ふん、もう決定!」
そんなやり取りをしていると、去年の文化祭のことを思い出した。結局、今年も同じように騒がしい文化祭になりそうだった。
文化祭の準備が本格的に始まる頃、僕は育美と石田に、それぞれのクラスが何をするのか聞いてみた。
「うちのクラス、何もしないんだよね」育美のクラスは、特にクラスで何かをする予定はないらしい。
「そうなんだ」
「その分、一緒に見て回ろうね」
「実は、こっちはメイド喫茶をやるんだけど、僕も執事服で接客やるらしい」
「なにそれ面白そう。じゃあそっちのクラスにいようかな」
「出来るだけ時間を作るから、一緒に見て回ろうね」
石田のクラスではファッションショーをやることになったそうだ。
「うちのクラスは女子が多いから、そういうのになった」石田はそう言っていた。
そして、そのファッションショーの演出を東田が担当するらしい。
「東田が?」
「うん。なんか、そういうの得意そうだからって」
東田なら、確かに向いている気がした。
早田さんと悠木の文理進学クラスは、文化祭では特に出し物をしないらしい。
なんとなく文化祭の様子が分かった気がした。
文化祭の準備が始まってから、図書室も少し忙しくなった。
図書委員会では、文芸部と一緒に文化祭向けの企画をすることになった。
普段の図書室とは少し雰囲気を変えて、おすすめの新刊本を紹介するコーナーを作ることになったのだ。
「ここのPOP、もう少し目立つように色を派手にした方がいいっすね」
江川君が、展示用の台を見ながら言った。図書委員の中では、江川君がこういう展示のデザインを担当することになっていた。私は三年生だから手伝いとして参加。本の並べ方を考えていた。
「この本達は、ここに並べて置いてみる?」
「いいと思います。こんな風に並べたらタイトルも見やすいし」置き方にもこだわる江川君。
作業を続けていると、江川君が一冊の本を手に取った。
「俺、これ好きなんすよ」
「そうなんだ」
「俺も本好きっすから。大学行ったら文学とかちゃんと勉強してみたいんっすよ」
「文学部?」
「まあ、そんな感じっすね」
江川君は普段、あまり自分のことを話さない。こうして進路の話を聞くのは少しだけ意外で新鮮だった。
「二年なのにもうそんなに考えているんだね」
私はそう答えるけど、江川君はそれ以上何も言わず、また展示の作業に戻った。
その日の夜、スマホにメッセージが届く。珍しく江川君からだった。
(江川)こんばんは、今話せます?
(こころ)少しならいいよ
(江川)小森先輩は文学部目指してましたよね? 大学は絞ったんっすか?
少し考えてから、私は返事をした。
(こころ)いくつか考えてるよ。第一志望は〇〇大学
(江川)そうっすか、じゃあこれで
ん?これだけ?まぁいいか。
私はスマホを置いて勉強に戻った。江川君がどういうつもりで聞いてきたのかは、よく分からなかった。
進学塾の授業が始まる少し前、私はいつものようにやよいさんと山崎君と一緒に、授業前の時間を過ごしていた。
二学期から通常のクラスに戻って、授業の前後に三人で話をすることも珍しくなくなった。最初の頃は勉強の話が中心だったけれど、最近では学校であったことや、興味のあることについて話すことも増えている。
山崎君は、話していて気を遣うことが少なかった。考え方が似ているからなのか、話題が途切れても無理に何かを話そうとは思わないし、逆に話し始めると、思っていたより長く話していることもある。
その日も、授業が始まるまでの時間、三人で文化祭の話をしていた。
「そういえば、二人の高校って文化祭はいつなの?」
山崎君が聞いてきた。
「十月の最初の週末だよ」
「そうなんだ」
「山崎君のところは?」
「うちはもう終わったよ。九月だったから」
そういえば、山崎君の学校の文化祭は、私たちの学校より早い時期に行われると前に聞いたことがあった。
「どんな感じだったの?」
「うちの高校はクラスで何かやるっていうより、研究発表とか展示が中心だったから。規模もそんなに大きくないよ」
「そうなんだ」
私がそう答えると、やよいさんが口を挟んだ。
「うちの学校は、クラスで何かやるところもあるけど、私たちのクラスは出し物とかはしないよ」
「別々に、何かに参加するとか、お手伝いとかという感じだと思います」
山崎君が私を見る。
「早田さんは何かやるの?」
「私は特に。希望者が研究発表をすることになってるから、それを手伝うくらいね」
「あ、ワタシはその研究発表でプレゼンやるよ~日本現代文学史」
「へえ」
山崎君が少し考えるような顔をした。
「それ、見てみたいかな」
「お、来るの?」やよいさんがすぐに反応した。
「うん。なんか悠木さんのプレゼンって見てみたいかも」
「でも、他校の文化祭って、ちょっとハードル高いかな」
山崎君はそう言った。
「学校内の配置とか、どこで何をやっているかとか、まごついちゃいそうだね」
「だったら沙織に案内してもらえば?」
「え?」私は思わずやよいさんを見る。
「だって当日暇なんでしょ?沙織」
「暇って……」
「研究発表の手伝いだけなら、ずっと拘束されるわけじゃないでしょ」
「まあ、そうだけど」
「でも、早田さんに悪いんじゃない?」
「私は……」
山崎君となら、文化祭を見て回るのも楽しいかもしれないと思うけど、それを自分から言うのは、少し恥ずかしかった。
「沙織だって、一人で暇してるよりいいでしょ?」
「早田さんが嫌じゃなければ、案内してもらえると助かるけど」
山崎君が、こちらを見ながら言った。私は一瞬だけ迷ってから、答えた。
「じゃあ……私でよければ、案内します」
「本当? ありがとう」
山崎君が笑った。その笑顔を見て、また少しだけ胸がざわついた。
私はそれが何なのか、よく分からなかった。
山崎君と話していると、勉強のことでも、学校のことでも、多分どんな話でも楽しいと思う。
今まで、男子とこんなふうに話す機会はあまりなかった。だから、少し変な感じがするだけなのだと思った。
「じゃあ、決まりね」やよいさんはそう言って、どこか満足そうに笑っている。
その後、文化祭の日に、どこで待ち合わせるかを決めるために山崎君と連絡先を交換した。
「じゃあ、当日、着く時間が見えたら連絡するね」
「はい、わかりました」
山崎君が席に戻ると、やよいさんが私の顔を覗き込んできた。
「楽しみ?」
「え?」
「文化祭」
「……うん。普通に楽しみだけど」
やよいさんはそれ以上何も言わなかった。
それぞれの想いを乗せて、高校生活最後の文化祭が、いよいよ始まろうとしていた。




