第48話 剣より重いもの
兵舎の武器庫には、古い鉄と乾いた木の匂いがこもっていた。
レイグは棚からスチールロングソードを取り、持ってきたロングソードと交換する。隣ではダルクがバトルアックスを棚へ置き、ウォーハンマーを両手で持ち上げていた。
「やっぱりいいな、これ」
「まだ振ってもないじゃん」
フィエラが矢を選びながら言う。
「持てば分かる」
「何が?」
「いい武器かどうかだよ」
「朝になったら戻るけどね」
ダルクの手が止まった。
「……言うな」
フィエラが笑う。
レイグは使えるヒールポーション二本を確かめ、荷袋の取り出しやすい位置へ入れた。
そのまま口を閉じようとして、二人を見る。
前の一日の帰り道が蘇った。
ダルクもフィエラも、ほとんど口を利かなかった。
自分がそうさせた。
「なあ」
二人がこちらを見る。
「前の一日……悪かった」
「何が」
「助けを求めてる奴らより祭壇を選んだ。お前らが戻ろうとしたのに、俺だけ先へ行った。それで最後には、戻りたかったなら二人で戻ればよかったって言った」
ダルクは頭を掻いた。
「覚えてねえことで謝られても、どう返しゃいいんだ」
「私も覚えてない。でも」
フィエラは最後の矢を矢筒へ収め、紐を締めた。
「レイグが覚えてるなら、今日は同じことしないで」
「……分かった」
「あと、一人で決めんな」
ダルクが大盾の革帯を締め直す。
「ああ。だから今日は先に言う」
「何をだ」
「《白狼のミスリルソード》を取りに行きたい」
ダルクの目つきが変わった。
「ミスリル?」
「貴族街の旧武具庫にある」
「何で今まで行かなかった!」
「祭壇を調べてたからだよ!」
「馬鹿か! ミスリルだぞ!」
フィエラが吹き出した。
「そこまで怒る?」
「あるって分かってたんだぞ!」
「お前のじゃないからな」
「一回くらい振らせろ」
「まだ取ってもないだろ」
レイグは自分の剣帯へ触れた。
「今日は祭壇を光らせるためじゃない。俺が欲しいから取りに行く」
口にすると、胸の奥に張りついていたものが少しだけ剥がれた。
「そういう欲なら分かりやすいね」
フィエラが言う。
「だろ?」
「でもレイグよりダルクの方が欲しそう」
「ミスリルだぞ」
「それしか言わないね」
「いいから行くぞ!」
今度はレイグも笑った。
*
晴れた貴族街では、崩れた白い石壁が強い日差しを返していた。
まだ正午には間がある。レイグは日向を避け、壁の影を選んで歩いた。
少し前方を、別の探索者が三人歩いている。槍、片手剣、短弓。向こうも貴族街の奥へ進んでいた。
「あいつらも同じ方じゃねえか」
ダルクが顎で示す。
「先を越されるぞ」
「走らない。敵がいるかもしれない」
「正論なのが腹立つな」
「前の一日でも、ダルクは同じこと言ってそう」
「知らねえ日の俺まで勝手に使うな」
「便利だね、それ」
「俺のせいじゃねえだろ!」
フィエラが小さく笑った直後、表情を変えた。
「上!」
レイグも頭上を見る。
屋根の端にいた石像が翼を広げた。
ガーゴイル。
最初に矢をつがえたフィエラへ向け、一気に降下する。
「何で私!?」
フィエラは通りの正面へ逃げず、張り出した石造りの庇へ滑り込んだ。
ガーゴイルは翼を畳みきれない。
左の翼端が庇へぶつかり、石片が散った。巨体が横へ振れる。
フィエラの矢が肩へ入った。
「今!」
レイグは真下へ踏み込み、翼の付け根へスチールロングソードを打ち込む。
硬い石に刃を止められたものの、表面へ浅い亀裂が走った。
「ダルク!」
「見えてる!」
ダルクは大盾を背へ回し、ウォーハンマーを両手で握った。
鉄の頭が亀裂へ叩き込まれる。
片翼が根元から欠け、飛び直そうとしたガーゴイルが石畳へ片肩から落ちた。
二本目の矢が顔へ突き刺さる。
レイグは落ちた翼を踏み越え、露出した首へ剣を振り下ろした。
刃が入り、石の身体に大きなひびが走る。
ガーゴイルは細かな破片を撒き散らしながら崩れた。
「……いいな」
ダルクは敵ではなく、自分のウォーハンマーを見ていた。
「戦った後の感想がそれ?」
「武器がよけりゃ戦いやすいだろ」
「白狼の剣を取ったら、レイグもっと強くなるかな」
「なる」
ダルクが即答した。
「何でお前が決めるんだよ」
「ミスリルだぞ」
「知らねえよ。まだ触ってもないんだから」
「だから触りに行くんだろ!」
レイグは笑いながら先頭へ戻った。
ダルクも大盾を背から下ろし、左腕を革帯へ通し直す。
旧武具庫は、貴族街の奥に残る半壊した石造りの建物だった。
すぐそばには、何度か使った王城地下への近道もある。レイグはそちらへ分かれる角を通り過ぎ、白い石板の方へ向かった。
入口脇には白い獣を彫った石板が倒れ、二階部分の壁には大きな亀裂が走っている。
レイグは頭上を見た。
「かなり傷んでる。中じゃファイアボールは使わない」
「言われなくても嫌だよ」
「ダルクも壁殴るなよ」
「何で俺だけなんだ!」
「ハンマー持ってるから」
「敵だけ殴る!」
入口から中を覗く。
薄暗い広間に二体のスケルトン兵。
その奥には、人ほどの大きさの石像が一体立っていた。
フィエラが目を細める。
「奥のも動きそう」
「先に骨だけ外へ出す」
レイグは足元の小石を蹴った。
乾いた音が建物の中へ響く。
スケルトンの頭蓋がこちらを向き、一体、続いてもう一体が武器を構えて入口へ走ってきた。
槍が突き出される寸前、レイグは戸口の左へ身を外した。
穂先が石へ当たり、長い柄が横へ弾かれる。
ダルクは大盾で受けず、ウォーハンマーを槍の柄へ叩き下ろした。古びた木が折れる。
レイグはその槍を踏んで戻りを止め、開いた首へ剣を通した。
後ろの一体は倒れた骨を踏み越えようとして足を取られる。
フィエラの矢が膝の隙間を抜き、関節を砕いた。
「こっちは俺がやる」
「ハンマー使いたいだけでしょ」
「うるせえ!」
片膝をついたスケルトンの頭蓋へウォーハンマーが落ちた。
「奥!」
フィエラの声が飛ぶ。
石像だったガーゴイルが翼を開いていた。
「飛ばせるな!」
だが低い天井が邪魔をしている。翼端が棚へ噛み、ガーゴイルが身体を捻った。
右の踵がわずかに浮く。
フィエラの矢が床へついた手首へ食い込み、石の関節を欠いた。
レイグは剣を鞘へ戻し、折れた槍の長い方を拾う。
「これ使う!」
槍の端をガーゴイルの踵の下へ差し込み、近くの石片を支点にする。
柄の反対側へ肩を入れた。
木が軋み、ガーゴイルの右足が持ち上がる。
「ダルク!」
「離れろ!」
レイグが槍から飛び退く。
ウォーハンマーが浮いた膝へ横から入り、関節が砕けた。
片脚を失った石像が胸から床へ倒れる。
その衝撃で胸から首へ亀裂が走った。
ダルクがもう一撃を入れる。
石の身体が割れた。
同時に、古い武具庫そのものが低く軋んだ。
天井の亀裂から砂が落ちてくる。
「外!」
三人は何も拾わず入口へ走った。
*
外へ出た後もしばらく戻らなかった。
武具庫の中から、小石が転がる音が何度か聞こえた。
やがて静かになる。
「もういいだろ」
ダルクが立ち上がろうとする。
「待て」
「まだかよ」
「完全に安全になったわけじゃない」
「じゃあ、いつまで待つんだよ」
フィエラも壁の亀裂を見上げた。
「入るなら長居しない。剣の場所を見て、危なそうならすぐ出る」
「それでいい!」
「ダルクだけ返事早すぎ」
レイグも立った。
「中でまた砂が落ちたら、剣の前でも戻るぞ」
「……分かったよ」
三人は再び旧武具庫へ入った。
*
「あった」
崩れた棚の向こうで、白銀の刃が光を返していた。
天井の崩れた部分から差し込む日差しが、細身の刀身を滑っている。
柄頭には白狼の意匠。
《白狼のミスリルソード》。
長く放置されていたとは思えないほど、刃も柄も状態がいい。
「……きれい」
フィエラが漏らした。
「早く取れ」
ダルクの方が興奮していた。
剣まで五歩ほど。
実際に握れば、どんな重さなのか。
振った時、今の鋼の剣と何が違うのか。
細かい性能など知らない。
それでも欲しかった。
自分の手で振ってみたい。
レイグが一歩進んだ。
その時だった。
天井の奥で、石が擦れる音がした。
「上!」
三人が動く。
レイグとフィエラは左右へ逃れた。
ダルクの頭上へ、大きな石材が落ちる。
「ダルク!」
ダルクは反射的に大盾を斜めへ差し込み、頭と胸へ落ちる軌道を外した。
「ぐっ……!」
石材は盾の表面を滑った。
だが完全には外れない。
左脚の膝下が瓦礫と石床の間へ挟まれ、盾の外縁まで石材に噛み込んだ。
「動くな!」
「動きたくても動けねえよ!」
声は出ている。
胸も上下している。
フィエラがすぐダルクの横へ走った。
「頭は?」
「平気だ! 脚が痛え!」
レイグも駆け寄ろうとした。
視界の端で、白銀の刃が光った。
五歩。
本当に、それだけだった。
「取れ!」
ダルクも剣を見ていた。
「フィエラがいる! 先に取れ!」
「ダルク!」
「取って戻るだけだろ!」
理屈は通っている。
崩落はいったん収まり、ダルクは話せている。
剣を拾って戻るだけなら、ほんの数秒。
レイグの右足が、半歩だけ剣の方へ動いた。
あと五歩。
柄を掴む。
戻る。
それだけだ。
瓦礫の下で石が擦れた。
「――っ!」
ダルクの息が詰まった。
その声に、別の地下遺跡が重なった。
『少しだけ見ないか』
すぐ戻る。
入口を見るだけ。
あの時も、そのつもりだった。
レイグは白狼の剣へ背を向けた。
「後だ!」
「馬鹿、先に――」
「今度はお前が先だ!」
*
折れた梁を拾い、石材の下へ差し込む。
フィエラは平たい石を拾って支点へ押し込んだ。
「そこ!」
「入った!」
レイグは梁の端へ肩を入れ、全身で押し下げる。
石材がわずかに浮いた。
「今!」
フィエラがダルクの上体を引いた。
「ぐっ……!」
抜けない。
「止めろ!」
レイグは梁を急に離さず、少しずつ力を抜いて石材を戻した。
手のひらが梁へ擦れ、皮が裂ける。
血が滲んだ。
「もう一回だ」
フィエラが支点をずらす。
「ここなら、さっきより上がる」
レイグは梁を差し込み直した。
「ダルク。右脚は動くか?」
「動く!」
「盾は?」
ダルクが左腕を捻った。
「縁が噛んでる!」
「浮いたら盾も抜け!」
「ああ!」
二度目。
レイグが梁を押し下げる。
木が大きく軋み、石材が先ほどより高く持ち上がった。
「今!」
ダルクが左腕を強く捻った。
噛み込んでいた盾の縁が石材の下から外れる。
同時に右脚で床を押した。
フィエラが上体を引く。
左脚が抜けた。
「出た!」
「離れろ!」
レイグも梁から身体を離す。
直後に木が折れ、石材が重い音を立てて落ちた。
レイグとフィエラはダルクを両側から支え、そのまま旧武具庫の外まで退いた。
*
追ってくる魔物がいないことを確かめてから、レイグはダルクの傷を見た。
石材に噛み込まれた大盾の外縁もわずかに歪んでいた。革帯は切れておらず、構え直せばまだ使える。
左膝下は大きく腫れ、脛の外側が裂けている。
「水」
「はい」
フィエラから受け取った水で血と砂を落とす。
ダルクが歯を食いしばった。
「痛え……」
「我慢しろ」
「分かってる!」
レイグはヒールポーションの栓を抜いた。
「一本使うぞ」
「使え」
ダルクが飲み切る。
出血は少しずつ弱まったが、裂傷が消えるわけでも、腫れが引くわけでもなかった。
板を当て、包帯で固定する。
「足首動かせるか?」
ダルクがゆっくり動かす。
「動く」
「指は?」
「これで見えるか」
靴の先がわずかに動いた。
「無理に立つなよ」
「分かってる」
その時だった。
武具庫の別の入口から声が上がった。
「おい! ミスリルじゃねえか!」
三人が同時に顔を上げる。
先ほど貴族街で前を歩いていた探索者たちだった。
一人の手に、白銀の剣がある。
「本物だぞ!」
「持って帰ろうぜ!」
「待て!」
ダルクが立とうとした。
「っ……!」
痛みに脚から力が抜ける。
レイグが肩を押さえ、そのまま座らせた。
「動くな!」
「取れたじゃねえか!」
白銀の鞘が遠ざかっていく。
「五歩だったぞ!」
「知ってるよ!」
「俺は待てた!」
「分かってる!」
「だったら取れよ!」
「欲しかったから腹立ってんだよ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
ダルクが黙る。
「俺だって欲しかった! お前に取れって言われて、本当に一歩行ったんだぞ!」
「……見えてた」
「あと五歩くらい待たせても平気だって考えた。それで剣を取って戻ればいいって、本当に考えたんだよ!」
レイグの手のひらには、梁で擦れた痛みが残っている。
「そう考えた自分にも腹立ってる!」
「俺は本当に待てたぞ」
「分かってるって言ってるだろ!」
「じゃあ何でだよ!」
答えようとして、言葉が詰まった。
瓦礫の下で息を詰めたダルクと、生前の自分の声がまだ頭の中で重なっている。
少しだけ。
すぐ戻る。
「……嫌だったんだよ」
「何が」
「お前をあそこに置いたまま、剣を先に取りに行くのが」
ダルクはしばらく何も言わなかった。
やがて顔をしかめる。
「馬鹿じゃねえのか」
「うるせえ」
「私も馬鹿だと思う」
フィエラが食料袋を開いた。
「何でお前まで」
「褒めてないよ。ほら、食べる」
「何で飯になる」
「お腹空いてると二人ともうるさいから」
「俺、怪我してんだけど」
「だから食べなよ」
フィエラがパンを差し出す。
ダルクは文句を言いながら受け取った。
レイグも水を飲んだ。
笑えるほどではなかった。
白狼の剣が惜しいことも、ダルクの脚が痛んでいることも変わらない。
それでも、三人でまた言い合えていることに、胸の奥から息が抜けた。
*
休んでから、ダルクを立たせた。
レイグとフィエラが左右につく。
一歩。
もう一歩。
「どうだ?」
「痛え」
「それは見れば分かる」
「じゃあ聞くな」
「歩けるかって聞いてるんだよ」
「支えありなら」
さらに数歩。
包帯に新しい血は滲んでいない。
足首にも指にも力は入るが、左脚へ体重を移すたび顔が歪む。
走るのは無理だった。
「一回座ろう」
フィエラが言う。
「まだ歩ける」
「歩けるかどうかを見るのと、無理して歩くのは別」
「……はい」
「素直だね」
「怪我人だからな」
三人はもう一度休んだ。
その後、通りへ出る。
まだ正午前だった。屋根の切れ間から見える外周にも、黒い霧の気配はない。
レイグは来た方の角を見た。王城地下への近道はすぐそこにある。そこから礼拝堂へ行き、橋へ戻る道も知っていた。
だが、朝と同じ歩幅では帰れない。
隣ではダルクが左脚を浮かせ、二人の肩へ体重を預けていた。
レイグは先に言った。
「今日はこのまま帰るか?」
ダルクが意外そうな顔をする。
「祭壇、見なくていいのか」
「お前の脚の方が大事だ」
「歩ける」
フィエラが割って入った。
「近道まで、今の歩き方で行ってみよう。そこでもう一度、帰りにかかる時間を考えて」
レイグが彼女を見る。
「ただし」
フィエラは指を立てた。
「この脚で敵を倒して道を開けるのはなし。近道が使えなかったら、別の道を探さず帰る。祭壇で何か起きても長居しない」
ダルクも頷いた。
「それでいい」
レイグはダルクの肩を支え直した。
「……まず角までだ。歩くだけでもきつくなったら言えよ」
「もう痛えって言ってるだろ」
「今より無理させるつもりはないってことだよ」
フィエラが二人を見た。
「今度は三人で決めたからね」
「ああ」
ダルクの歩幅に合わせて、三人は進んだ。
近道へ入る角で、もう一度止まる。
ダルクを壁際へ座らせ、フィエラが先の通路を覗いた。敵の姿はなく、二人で支えて通れる幅もある。
レイグは包帯を確かめた。新しい血は滲んでいない。だがダルクは脚を下ろすのも慎重で、痛みが消えたわけではなかった。
ここまでの歩調をもとに、礼拝堂から橋まで戻るのにかかる時間を考え直す。まだ霧は出ていない。剣を探したり、通れない箇所を越えたりしなければ、途中でダルクを休ませて帰れる時間は残っている。
「進むなら、この速さだ」
レイグが言った。
「帰りに走れば間に合う、とは考えない」
「走れって言われても走れねえよ」
「だからだよ」
フィエラが通路から顔を戻した。
「ここは通れる。次の角も私が見る」
「頼む。敵がいたら戻ろう」
ダルクへ肩を貸し、もう一度立ち上がる。レイグは急がせず、彼が右脚で身体を支えるのを待ってから進んだ。
*
古い礼拝堂へ着いた時にも、ダルクの包帯に新しい血は浮いていなかった。
「少し座る」
「そうしろ」
「命令すんな」
「じゃあお願いだから座ってくれ」
「最初からそう言え」
ダルクは壁際へ腰を下ろした。
フィエラは入口側に残り、来た道を警戒する。
レイグは一人で祭壇へ近づいた。
今日は、ほとんど期待していなかった。
前の一日には、もっと多くの人を助けた。
薬も使った。
時間も使った。
それでも祭壇は何も答えなかった。
「……見るだけだ」
祭壇には触れない。
表面の古い紋様へ目を落とす。
礼拝堂のどこかで、水滴が一つ落ちた。
その音が消えた直後だった。
銀色の線が走った。
「え……?」
一筋ではない。
祭壇の外縁に刻まれた紋様が淡く光り、その隣へ、さらにその先へと銀色が続いていく。
以前は途中で途切れていた線までつながった。
淡い光が、ゆっくり中央へ向かって伸びていく。
「レイグ?」
フィエラが振り返った。
ダルクも壁から身体を起こす。
「おい、それか?」
「立つな」
「見えねえだろ」
「じゃあゆっくり来い!」
「どっちだよ!」
フィエラが肩を貸し、二人も祭壇の近くまで来た。
「前より大きい?」
フィエラが聞く。
「ああ。今までで一番だ」
銀色は中央へ届く少し手前で止まった。
何かが実体を持って現れることはない。
扉も、裂け目もない。
銀色の紋様だけが残っている。
ダルクは祭壇を見たあと、自分の左脚へ目を落とした。
「前の一日は、何人助けたんだ」
「何人も」
「今日は俺以外、誰か助けたか?」
「いや」
「……じゃあ少なくとも、人数だけじゃ説明つかねえな」
「たぶん」
「一回だけで決めない」
フィエラがすぐに言った。
レイグも頷く。
「ああ」
それ以上は考えなかった。
今ここで答えを作れば、また同じことをする気がした。
「帰ろう」
レイグは祭壇へ背を向けた。
地下を抜け、城門へ戻る通りへ出たところで、後ろから探索者の声が追ってきた。
「外周で霧が出た! 戻るなら遅くなるなよ!」
レイグはダルクを支える肩に力を入れた。
走れないことは分かっている。歩幅は変えず、空いている道をフィエラに確かめてもらいながら、橋へ向かった。
*
三人が古い石橋を渡り切った時、レイグはようやく大きく息を吐いた。
背後には、午後の日差しを受けたカレグノスの城壁がある。
外周側では黒い霧が広がり始めていたが、もう三人を追いつめる位置にはない。
ダルクは左脚を庇いながら歩き、フィエラがその隣についている。
レイグの右手には、スチールロングソード。
白狼の剣はない。
「……剣、欲しかったな」
「俺もだ」
ダルクが即答した。
「取ってもお前のじゃないだろ」
「一回くらい振らせろよ」
「まだ取ってもないのに注文すんな」
「だから惜しいんだよ。ミスリルだぞ」
「知ってるよ!」
「まだ言ってる」
フィエラが呆れた声を出した。
「もう橋渡ったんだから諦めなよ」
「朝になったら戻るだろ」
ダルクが言う。
「……次、取りに行く?」
レイグは一瞬だけ考えた。
それから、二人を見る。
「その時に決める」
「今決めろよ」
「一人で決めんなって言ったのお前だろ!」
「こういうのはいいんだよ!」
「何が違うんだ!」
フィエラが笑った。
三人の声が、前線拠点へ続く道に重なった。




