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明日のないカレグノス  作者: Aramaki_mai
第五部 生命の雫
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48/68

第48話 剣より重いもの

挿絵(By みてみん)

兵舎の武器庫には、古い鉄と乾いた木の匂いがこもっていた。


レイグは棚からスチールロングソードを取り、持ってきたロングソードと交換する。隣ではダルクがバトルアックスを棚へ置き、ウォーハンマーを両手で持ち上げていた。


「やっぱりいいな、これ」


「まだ振ってもないじゃん」


フィエラが矢を選びながら言う。


「持てば分かる」


「何が?」


「いい武器かどうかだよ」


「朝になったら戻るけどね」


ダルクの手が止まった。


「……言うな」


フィエラが笑う。


レイグは使えるヒールポーション二本を確かめ、荷袋の取り出しやすい位置へ入れた。


そのまま口を閉じようとして、二人を見る。


前の一日の帰り道が蘇った。


ダルクもフィエラも、ほとんど口を利かなかった。


自分がそうさせた。


「なあ」


二人がこちらを見る。


「前の一日……悪かった」


「何が」


「助けを求めてる奴らより祭壇を選んだ。お前らが戻ろうとしたのに、俺だけ先へ行った。それで最後には、戻りたかったなら二人で戻ればよかったって言った」


ダルクは頭を掻いた。


「覚えてねえことで謝られても、どう返しゃいいんだ」


「私も覚えてない。でも」


フィエラは最後の矢を矢筒へ収め、紐を締めた。


「レイグが覚えてるなら、今日は同じことしないで」


「……分かった」


「あと、一人で決めんな」


ダルクが大盾の革帯を締め直す。


「ああ。だから今日は先に言う」


「何をだ」


「《白狼のミスリルソード》を取りに行きたい」


ダルクの目つきが変わった。


「ミスリル?」


「貴族街の旧武具庫にある」


「何で今まで行かなかった!」


「祭壇を調べてたからだよ!」


「馬鹿か! ミスリルだぞ!」


フィエラが吹き出した。


「そこまで怒る?」


「あるって分かってたんだぞ!」


「お前のじゃないからな」


「一回くらい振らせろ」


「まだ取ってもないだろ」


レイグは自分の剣帯へ触れた。


「今日は祭壇を光らせるためじゃない。俺が欲しいから取りに行く」


口にすると、胸の奥に張りついていたものが少しだけ剥がれた。


「そういう欲なら分かりやすいね」


フィエラが言う。


「だろ?」


「でもレイグよりダルクの方が欲しそう」


「ミスリルだぞ」


「それしか言わないね」


「いいから行くぞ!」


今度はレイグも笑った。


*


晴れた貴族街では、崩れた白い石壁が強い日差しを返していた。


まだ正午には間がある。レイグは日向を避け、壁の影を選んで歩いた。


少し前方を、別の探索者が三人歩いている。槍、片手剣、短弓。向こうも貴族街の奥へ進んでいた。


「あいつらも同じ方じゃねえか」


ダルクが顎で示す。


「先を越されるぞ」


「走らない。敵がいるかもしれない」


「正論なのが腹立つな」


「前の一日でも、ダルクは同じこと言ってそう」


「知らねえ日の俺まで勝手に使うな」


「便利だね、それ」


「俺のせいじゃねえだろ!」


フィエラが小さく笑った直後、表情を変えた。


「上!」


レイグも頭上を見る。


屋根の端にいた石像が翼を広げた。


ガーゴイル。


最初に矢をつがえたフィエラへ向け、一気に降下する。


「何で私!?」


フィエラは通りの正面へ逃げず、張り出した石造りの庇へ滑り込んだ。


ガーゴイルは翼を畳みきれない。


左の翼端が庇へぶつかり、石片が散った。巨体が横へ振れる。


フィエラの矢が肩へ入った。


「今!」


レイグは真下へ踏み込み、翼の付け根へスチールロングソードを打ち込む。


硬い石に刃を止められたものの、表面へ浅い亀裂が走った。


「ダルク!」


「見えてる!」


ダルクは大盾を背へ回し、ウォーハンマーを両手で握った。


鉄の頭が亀裂へ叩き込まれる。


片翼が根元から欠け、飛び直そうとしたガーゴイルが石畳へ片肩から落ちた。


二本目の矢が顔へ突き刺さる。


レイグは落ちた翼を踏み越え、露出した首へ剣を振り下ろした。


刃が入り、石の身体に大きなひびが走る。


ガーゴイルは細かな破片を撒き散らしながら崩れた。


「……いいな」


ダルクは敵ではなく、自分のウォーハンマーを見ていた。


「戦った後の感想がそれ?」


「武器がよけりゃ戦いやすいだろ」


「白狼の剣を取ったら、レイグもっと強くなるかな」


「なる」


ダルクが即答した。


「何でお前が決めるんだよ」


「ミスリルだぞ」


「知らねえよ。まだ触ってもないんだから」


「だから触りに行くんだろ!」


レイグは笑いながら先頭へ戻った。


ダルクも大盾を背から下ろし、左腕を革帯へ通し直す。


旧武具庫は、貴族街の奥に残る半壊した石造りの建物だった。


すぐそばには、何度か使った王城地下への近道もある。レイグはそちらへ分かれる角を通り過ぎ、白い石板の方へ向かった。


入口脇には白い獣を彫った石板が倒れ、二階部分の壁には大きな亀裂が走っている。


レイグは頭上を見た。


「かなり傷んでる。中じゃファイアボールは使わない」


「言われなくても嫌だよ」


「ダルクも壁殴るなよ」


「何で俺だけなんだ!」


「ハンマー持ってるから」


「敵だけ殴る!」


入口から中を覗く。


薄暗い広間に二体のスケルトン兵。


その奥には、人ほどの大きさの石像が一体立っていた。


フィエラが目を細める。


「奥のも動きそう」


「先に骨だけ外へ出す」


レイグは足元の小石を蹴った。


乾いた音が建物の中へ響く。


スケルトンの頭蓋がこちらを向き、一体、続いてもう一体が武器を構えて入口へ走ってきた。


槍が突き出される寸前、レイグは戸口の左へ身を外した。


穂先が石へ当たり、長い柄が横へ弾かれる。


ダルクは大盾で受けず、ウォーハンマーを槍の柄へ叩き下ろした。古びた木が折れる。


レイグはその槍を踏んで戻りを止め、開いた首へ剣を通した。


後ろの一体は倒れた骨を踏み越えようとして足を取られる。


フィエラの矢が膝の隙間を抜き、関節を砕いた。


「こっちは俺がやる」


「ハンマー使いたいだけでしょ」


「うるせえ!」


片膝をついたスケルトンの頭蓋へウォーハンマーが落ちた。


「奥!」


フィエラの声が飛ぶ。


石像だったガーゴイルが翼を開いていた。


「飛ばせるな!」


だが低い天井が邪魔をしている。翼端が棚へ噛み、ガーゴイルが身体を捻った。


右の踵がわずかに浮く。


フィエラの矢が床へついた手首へ食い込み、石の関節を欠いた。


レイグは剣を鞘へ戻し、折れた槍の長い方を拾う。


「これ使う!」


槍の端をガーゴイルの踵の下へ差し込み、近くの石片を支点にする。


柄の反対側へ肩を入れた。


木が軋み、ガーゴイルの右足が持ち上がる。


「ダルク!」


「離れろ!」


レイグが槍から飛び退く。


ウォーハンマーが浮いた膝へ横から入り、関節が砕けた。


片脚を失った石像が胸から床へ倒れる。


その衝撃で胸から首へ亀裂が走った。


ダルクがもう一撃を入れる。


石の身体が割れた。


同時に、古い武具庫そのものが低く軋んだ。


天井の亀裂から砂が落ちてくる。


「外!」


三人は何も拾わず入口へ走った。


*


外へ出た後もしばらく戻らなかった。


武具庫の中から、小石が転がる音が何度か聞こえた。


やがて静かになる。


「もういいだろ」


ダルクが立ち上がろうとする。


「待て」


「まだかよ」


「完全に安全になったわけじゃない」


「じゃあ、いつまで待つんだよ」


フィエラも壁の亀裂を見上げた。


「入るなら長居しない。剣の場所を見て、危なそうならすぐ出る」


「それでいい!」


「ダルクだけ返事早すぎ」


レイグも立った。


「中でまた砂が落ちたら、剣の前でも戻るぞ」


「……分かったよ」


三人は再び旧武具庫へ入った。


*


「あった」


崩れた棚の向こうで、白銀の刃が光を返していた。


天井の崩れた部分から差し込む日差しが、細身の刀身を滑っている。


柄頭には白狼の意匠。


《白狼のミスリルソード》。


長く放置されていたとは思えないほど、刃も柄も状態がいい。


「……きれい」


フィエラが漏らした。


「早く取れ」


ダルクの方が興奮していた。


剣まで五歩ほど。


実際に握れば、どんな重さなのか。


振った時、今の鋼の剣と何が違うのか。


細かい性能など知らない。


それでも欲しかった。


自分の手で振ってみたい。


レイグが一歩進んだ。


その時だった。


天井の奥で、石が擦れる音がした。


「上!」


三人が動く。


レイグとフィエラは左右へ逃れた。


ダルクの頭上へ、大きな石材が落ちる。


「ダルク!」


ダルクは反射的に大盾を斜めへ差し込み、頭と胸へ落ちる軌道を外した。


「ぐっ……!」


石材は盾の表面を滑った。


だが完全には外れない。


左脚の膝下が瓦礫と石床の間へ挟まれ、盾の外縁まで石材に噛み込んだ。


「動くな!」


「動きたくても動けねえよ!」


声は出ている。


胸も上下している。


フィエラがすぐダルクの横へ走った。


「頭は?」


「平気だ! 脚が痛え!」


レイグも駆け寄ろうとした。


視界の端で、白銀の刃が光った。


五歩。


本当に、それだけだった。


「取れ!」


ダルクも剣を見ていた。


「フィエラがいる! 先に取れ!」


「ダルク!」


「取って戻るだけだろ!」


理屈は通っている。


崩落はいったん収まり、ダルクは話せている。


剣を拾って戻るだけなら、ほんの数秒。


レイグの右足が、半歩だけ剣の方へ動いた。


あと五歩。


柄を掴む。


戻る。


それだけだ。


瓦礫の下で石が擦れた。


「――っ!」


ダルクの息が詰まった。


その声に、別の地下遺跡が重なった。


『少しだけ見ないか』


すぐ戻る。


入口を見るだけ。


あの時も、そのつもりだった。


レイグは白狼の剣へ背を向けた。


「後だ!」


「馬鹿、先に――」


「今度はお前が先だ!」


*


折れた梁を拾い、石材の下へ差し込む。


フィエラは平たい石を拾って支点へ押し込んだ。


「そこ!」


「入った!」


レイグは梁の端へ肩を入れ、全身で押し下げる。


石材がわずかに浮いた。


「今!」


フィエラがダルクの上体を引いた。


「ぐっ……!」


抜けない。


「止めろ!」


レイグは梁を急に離さず、少しずつ力を抜いて石材を戻した。


手のひらが梁へ擦れ、皮が裂ける。


血が滲んだ。


「もう一回だ」


フィエラが支点をずらす。


「ここなら、さっきより上がる」


レイグは梁を差し込み直した。


「ダルク。右脚は動くか?」


「動く!」


「盾は?」


ダルクが左腕を捻った。


「縁が噛んでる!」


「浮いたら盾も抜け!」


「ああ!」


二度目。


レイグが梁を押し下げる。


木が大きく軋み、石材が先ほどより高く持ち上がった。


「今!」


ダルクが左腕を強く捻った。


噛み込んでいた盾の縁が石材の下から外れる。


同時に右脚で床を押した。


フィエラが上体を引く。


左脚が抜けた。


「出た!」


「離れろ!」


レイグも梁から身体を離す。


直後に木が折れ、石材が重い音を立てて落ちた。


レイグとフィエラはダルクを両側から支え、そのまま旧武具庫の外まで退いた。


*


追ってくる魔物がいないことを確かめてから、レイグはダルクの傷を見た。


石材に噛み込まれた大盾の外縁もわずかに歪んでいた。革帯は切れておらず、構え直せばまだ使える。


左膝下は大きく腫れ、脛の外側が裂けている。


「水」


「はい」


フィエラから受け取った水で血と砂を落とす。


ダルクが歯を食いしばった。


「痛え……」


「我慢しろ」


「分かってる!」


レイグはヒールポーションの栓を抜いた。


「一本使うぞ」


「使え」


ダルクが飲み切る。


出血は少しずつ弱まったが、裂傷が消えるわけでも、腫れが引くわけでもなかった。


板を当て、包帯で固定する。


「足首動かせるか?」


ダルクがゆっくり動かす。


「動く」


「指は?」


「これで見えるか」


靴の先がわずかに動いた。


「無理に立つなよ」


「分かってる」


その時だった。


武具庫の別の入口から声が上がった。


「おい! ミスリルじゃねえか!」


三人が同時に顔を上げる。


先ほど貴族街で前を歩いていた探索者たちだった。


一人の手に、白銀の剣がある。


「本物だぞ!」


「持って帰ろうぜ!」


「待て!」


ダルクが立とうとした。


「っ……!」


痛みに脚から力が抜ける。


レイグが肩を押さえ、そのまま座らせた。


「動くな!」


「取れたじゃねえか!」


白銀の鞘が遠ざかっていく。


「五歩だったぞ!」


「知ってるよ!」


「俺は待てた!」


「分かってる!」


「だったら取れよ!」


「欲しかったから腹立ってんだよ!」


自分でも驚くほど大きな声が出た。


ダルクが黙る。


「俺だって欲しかった! お前に取れって言われて、本当に一歩行ったんだぞ!」


「……見えてた」


「あと五歩くらい待たせても平気だって考えた。それで剣を取って戻ればいいって、本当に考えたんだよ!」


レイグの手のひらには、梁で擦れた痛みが残っている。


「そう考えた自分にも腹立ってる!」


「俺は本当に待てたぞ」


「分かってるって言ってるだろ!」


「じゃあ何でだよ!」


答えようとして、言葉が詰まった。


瓦礫の下で息を詰めたダルクと、生前の自分の声がまだ頭の中で重なっている。


少しだけ。


すぐ戻る。


「……嫌だったんだよ」


「何が」


「お前をあそこに置いたまま、剣を先に取りに行くのが」


ダルクはしばらく何も言わなかった。


やがて顔をしかめる。


「馬鹿じゃねえのか」


「うるせえ」


「私も馬鹿だと思う」


フィエラが食料袋を開いた。


「何でお前まで」


「褒めてないよ。ほら、食べる」


「何で飯になる」


「お腹空いてると二人ともうるさいから」


「俺、怪我してんだけど」


「だから食べなよ」


フィエラがパンを差し出す。


ダルクは文句を言いながら受け取った。


レイグも水を飲んだ。


笑えるほどではなかった。


白狼の剣が惜しいことも、ダルクの脚が痛んでいることも変わらない。


それでも、三人でまた言い合えていることに、胸の奥から息が抜けた。


*


休んでから、ダルクを立たせた。


レイグとフィエラが左右につく。


一歩。


もう一歩。


「どうだ?」


「痛え」


「それは見れば分かる」


「じゃあ聞くな」


「歩けるかって聞いてるんだよ」


「支えありなら」


さらに数歩。


包帯に新しい血は滲んでいない。


足首にも指にも力は入るが、左脚へ体重を移すたび顔が歪む。


走るのは無理だった。


「一回座ろう」


フィエラが言う。


「まだ歩ける」


「歩けるかどうかを見るのと、無理して歩くのは別」


「……はい」


「素直だね」


「怪我人だからな」


三人はもう一度休んだ。


その後、通りへ出る。


まだ正午前だった。屋根の切れ間から見える外周にも、黒い霧の気配はない。


レイグは来た方の角を見た。王城地下への近道はすぐそこにある。そこから礼拝堂へ行き、橋へ戻る道も知っていた。


だが、朝と同じ歩幅では帰れない。


隣ではダルクが左脚を浮かせ、二人の肩へ体重を預けていた。


レイグは先に言った。


「今日はこのまま帰るか?」


ダルクが意外そうな顔をする。


「祭壇、見なくていいのか」


「お前の脚の方が大事だ」


「歩ける」


フィエラが割って入った。


「近道まで、今の歩き方で行ってみよう。そこでもう一度、帰りにかかる時間を考えて」


レイグが彼女を見る。


「ただし」


フィエラは指を立てた。


「この脚で敵を倒して道を開けるのはなし。近道が使えなかったら、別の道を探さず帰る。祭壇で何か起きても長居しない」


ダルクも頷いた。


「それでいい」


レイグはダルクの肩を支え直した。


「……まず角までだ。歩くだけでもきつくなったら言えよ」


「もう痛えって言ってるだろ」


「今より無理させるつもりはないってことだよ」


フィエラが二人を見た。


「今度は三人で決めたからね」


「ああ」


ダルクの歩幅に合わせて、三人は進んだ。


近道へ入る角で、もう一度止まる。


ダルクを壁際へ座らせ、フィエラが先の通路を覗いた。敵の姿はなく、二人で支えて通れる幅もある。


レイグは包帯を確かめた。新しい血は滲んでいない。だがダルクは脚を下ろすのも慎重で、痛みが消えたわけではなかった。


ここまでの歩調をもとに、礼拝堂から橋まで戻るのにかかる時間を考え直す。まだ霧は出ていない。剣を探したり、通れない箇所を越えたりしなければ、途中でダルクを休ませて帰れる時間は残っている。


「進むなら、この速さだ」


レイグが言った。


「帰りに走れば間に合う、とは考えない」


「走れって言われても走れねえよ」


「だからだよ」


フィエラが通路から顔を戻した。


「ここは通れる。次の角も私が見る」


「頼む。敵がいたら戻ろう」


ダルクへ肩を貸し、もう一度立ち上がる。レイグは急がせず、彼が右脚で身体を支えるのを待ってから進んだ。


*


古い礼拝堂へ着いた時にも、ダルクの包帯に新しい血は浮いていなかった。


「少し座る」


「そうしろ」


「命令すんな」


「じゃあお願いだから座ってくれ」


「最初からそう言え」


ダルクは壁際へ腰を下ろした。


フィエラは入口側に残り、来た道を警戒する。


レイグは一人で祭壇へ近づいた。


今日は、ほとんど期待していなかった。


前の一日には、もっと多くの人を助けた。


薬も使った。


時間も使った。


それでも祭壇は何も答えなかった。


「……見るだけだ」


祭壇には触れない。


表面の古い紋様へ目を落とす。


礼拝堂のどこかで、水滴が一つ落ちた。


その音が消えた直後だった。


銀色の線が走った。


「え……?」


一筋ではない。


祭壇の外縁に刻まれた紋様が淡く光り、その隣へ、さらにその先へと銀色が続いていく。


以前は途中で途切れていた線までつながった。


淡い光が、ゆっくり中央へ向かって伸びていく。


「レイグ?」


フィエラが振り返った。


ダルクも壁から身体を起こす。


「おい、それか?」


「立つな」


「見えねえだろ」


「じゃあゆっくり来い!」


「どっちだよ!」


フィエラが肩を貸し、二人も祭壇の近くまで来た。


「前より大きい?」


フィエラが聞く。


「ああ。今までで一番だ」


銀色は中央へ届く少し手前で止まった。


何かが実体を持って現れることはない。


扉も、裂け目もない。


銀色の紋様だけが残っている。


ダルクは祭壇を見たあと、自分の左脚へ目を落とした。


「前の一日は、何人助けたんだ」


「何人も」


「今日は俺以外、誰か助けたか?」


「いや」


「……じゃあ少なくとも、人数だけじゃ説明つかねえな」


「たぶん」


「一回だけで決めない」


フィエラがすぐに言った。


レイグも頷く。


「ああ」


それ以上は考えなかった。


今ここで答えを作れば、また同じことをする気がした。


「帰ろう」


レイグは祭壇へ背を向けた。


地下を抜け、城門へ戻る通りへ出たところで、後ろから探索者の声が追ってきた。


「外周で霧が出た! 戻るなら遅くなるなよ!」


レイグはダルクを支える肩に力を入れた。


走れないことは分かっている。歩幅は変えず、空いている道をフィエラに確かめてもらいながら、橋へ向かった。


*


三人が古い石橋を渡り切った時、レイグはようやく大きく息を吐いた。


背後には、午後の日差しを受けたカレグノスの城壁がある。


外周側では黒い霧が広がり始めていたが、もう三人を追いつめる位置にはない。


ダルクは左脚を庇いながら歩き、フィエラがその隣についている。


レイグの右手には、スチールロングソード。


白狼の剣はない。


「……剣、欲しかったな」


「俺もだ」


ダルクが即答した。


「取ってもお前のじゃないだろ」


「一回くらい振らせろよ」


「まだ取ってもないのに注文すんな」


「だから惜しいんだよ。ミスリルだぞ」


「知ってるよ!」


「まだ言ってる」


フィエラが呆れた声を出した。


「もう橋渡ったんだから諦めなよ」


「朝になったら戻るだろ」


ダルクが言う。


「……次、取りに行く?」


レイグは一瞬だけ考えた。


それから、二人を見る。


「その時に決める」


「今決めろよ」


「一人で決めんなって言ったのお前だろ!」


「こういうのはいいんだよ!」


「何が違うんだ!」


フィエラが笑った。


三人の声が、前線拠点へ続く道に重なった。


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