第46話 光った日の違い
兵舎の武器庫には、古い鉄と湿った木の匂いがこもっていた。
「そこ」
レイグが棚を指す。
ダルクは半信半疑の顔で扉を開け、中を覗いた。
錆びた剣や曲がった槍の奥に、一本だけ状態のいいウォーハンマーが立てかけられている。
「……本当にあったな」
「言っただろ」
「聞いた。信じたとは言ってねえ」
そう言いながらも、ダルクは朝から持ってきたバトルアックスを棚へ置き、ウォーハンマーを手に取った。
一度持ち上げて重さを確かめ、次に柄の中央へ手を滑らせる。何度か握る位置を変え、自分が一番振りやすい場所を探していた。
レイグはその手つきを見て、ふと気づく。
前の一日とは違う。
同じ武器を手にしているのに、ダルクは前と同じ順番では確かめていない。
「何だよ」
「いや。何でもない」
レイグも使い慣れたロングソードを棚へ置き、スチールロングソードへ持ち替えた。
フィエラは別の木箱から補充用の矢を取り出している。一本ずつ軸を転がし、羽根を確かめ、使えそうなものを自分の矢筒へ移していた。
「フィエラ」
「やだ」
「まだ何も言ってないだろ」
「前と同じ順番で矢を入れろ、とか言うんでしょ」
「そこまでは言わない」
「じゃあよかった」
フィエラは自分で選んだ最後の一本を矢筒へ収め、紐を締めた。
小棚には小瓶が三本ある。
一本は中身が濁って使えない。残る二本は、封の切れていないヒールポーションだった。
これも記憶どおりだ。
今日の二人にも、扉の癖と棚の中身を確かめてもらった。話の全部を信じたわけではない。それでも、レイグが普通なら知り得ないことを知っているとは認めていた。
「今日は、祭壇が光った一日にできるだけ近づけたい」
レイグは二本のヒールポーションを荷袋へ入れた。
「同じ道を通る。着く時間帯も近づける。装備も、できる範囲で合わせる」
「できる範囲で、な」
ダルクが念を押した。
「ああ」
「敵が違ったら今日の敵を見る。霧が早かったら帰る。俺たちの動きまで、覚えてもいねえ俺たちに合わせろとは言うなよ」
「分かってる」
「素直だと逆に怖えな」
「何でだよ」
「お前の『分かってる』には前科がある」
フィエラが笑った。
「それは私も同意」
「二対一にするな」
「多数決」
「そういう話じゃないだろ」
言い返しながら、レイグは二人を見た。
同じ人間だ。
それでも、前の一日の二人ではない。
だから今日の二人には、今日の判断をしてもらう。
「行こう」
レイグは武器庫の扉を開けた。
*
王城地下へ続く水路には、三体のグールがいた。
前に通った時とは数も位置も違う。
先頭の一体をダルクが大盾で受け、レイグが横から首へ剣を入れた。二体目はフィエラの矢を肩に受けながら水路脇の柵を越えようとし、三体目は右手の排水口から低い姿勢で這い出してくる。
「右!」
フィエラの声に、ダルクが大盾を差し込んだ。
腐った爪が盾を引っかき、耳障りな音を立てる。
「狭い!」
「そのまま押さえろ!」
レイグは排水口の上を見た。
古い鉄格子が、錆びた鎖と楔だけで吊られている。
剣は手放さず、空いた手で足元の石を拾った。
「ダルク、そのまま!」
「早くしろ!」
楔を叩く。
一度目では錆が散っただけだった。二度目で楔がずれ、さらに石を打ちつけると鎖が弾けた。
その拍子に、左手の甲が鉄格子の尖った端へ擦れた。皮が裂ける痛みを振り切り、レイグは叫んだ。
「盾、引け!」
ダルクが大盾を捻る。
鉄格子が落ち、這い出していたグールの肩と首を石の縁へ叩きつけた。
三体とも倒し、水路に静けさが戻った頃には、三人とも息を切らしていた。
レイグは剣についた黒い血を払い、倒れた魔物を見る。
「全然違うな」
「何が」
「前の戦いとだ」
ダルクが大盾に残った爪痕を見た。
「当たり前だろ。今日いる奴と戦ったんだからな」
「ああ」
「だったら、今のも覚えとけ」
レイグは頷いた。
同じ種類の敵と戦えば、同じ戦いになるわけではない。
分かっていたつもりでも、こうして一つずつ違いを見せつけられる。
三人は先へ進んだ。
途中でパンと干し肉を食べ、水を飲み、急ぎすぎないよう進む速度を調整した。
祭壇へ到着する時間帯まで、以前に銀色を見た一日へ近づけるためだった。
そして――。
「何もないね」
古い礼拝堂で、フィエラが言った。
祭壇は暗かった。
長い年月で欠けた角も、表面に刻まれた紋様も、記憶にあるものと変わらない。
レイグは祭壇の前へ立った。
待つ。
何も起こらない。
以前は、触れる前に銀色が現れた。
細い線が古い紋様を走り、最後には石の表面から浮き上がって、羽根の欠片のような形を取った。
今日はただの石だ。
「もう少し待つ」
レイグが言うと、ダルクは礼拝堂の入口へ顔を向けた。
「もう待った」
「前の時刻と、少しずれてるかもしれない」
「あとどれくらいだ」
答えられなかった。
レイグは祭壇へ手を置く。
冷たい。
以前光った辺りへ指を滑らせても、何も変わらない。
「レイグ」
「……分かってる」
「本当に?」
フィエラまで聞いてきた。
レイグは手を離した。
かなり近づけた。
道も、装備も、到着する頃合いも。
それでも目の前の祭壇は暗い。
「帰ろう」
口にした途端、腹の奥が重くなった。
*
帰りの馬車でも、レイグは紙を膝に広げていた。
通った経路と休んだ場所、戦った魔物、その時に何をしたかを思い出し、分かる範囲で書き残していく。
書くより先に言葉が出た。書き切れず、また道順の初めから口で辿り直した。
「傷、洗っとけよ」
向かいからダルクが言う。
「大したことない」
「傷の大きさ聞いてねえ」
「あとでやる」
「その紙は逃げねえだろ」
「今日が終わったら消える」
言ったところで、レイグの手が止まった。
紙も消える。
今日手に入れた剣も消える。
二人の記憶も消える。
残るのは自分だけだ。
フィエラが水筒を差し出した。
「先に自分」
「……分かったよ」
「今日のレイグ、紙より扱い悪いね」
「俺が?」
「自分の扱い」
レイグは返事をせず、水筒を受け取った。
口をつけたが、うまく飲み込めなかった。
さっきまで紙へ書こうとしていた道順が、まだ頭の中を走っている。あの角を曲がり、あそこで休み、暗い祭壇へ手を置く。
「……次は、着く時間をもっと――」
「一回、息して」
フィエラは水筒を返せとは言わなかった。
「さっきから、ずっと続けて喋ってる」
レイグは口を閉じた。
鼻から息を吸い、今度は一口だけ水を飲む。冷たさが喉を通り、ようやく馬車の車輪が鳴っていることに気づいた。
膝の紙へ水が落ちないよう折ろうとすると、ダルクが手を出した。
「貸せ。書いたところには触らねえよ」
「……頼む」
紙を預け、左手の甲を洗った。水が傷へ沁みた。
フィエラが差し出した布を当てる間、ダルクは紙を広げたまま持っていた。読んで答えを出そうとはせず、馬車が揺れるたび端を押さえ直している。
レイグは次の試し方を口にしかけ、やめた。
傷が覆われるまでの少しの間、二人へ紙を預けていてもよかった。
その夜も深夜の鐘が十二度鳴り、次の朝には紙も装備も傷も消えていた。
*
それからレイグは、いくつもの同じ朝を使った。
朝が来るたび身体は元へ戻り、ダルクとフィエラも前の一日に信じたことを忘れていた。
だから、また説明する。
兵舎の扉の癖を言い当て、まだ開けていない棚の中身を告げる。
最初の頃には必死だった説明も、繰り返すうちに短くなった。
「これから俺が言うこと、多分かなり気持ち悪いぞ」
「もう気持ち悪い」
「まだ始めてないだろ」
そこから、また一日を始める。
祭壇へ入る道を変えた日もあった。
外壁近くの古い倉庫から地下へ入ったものの、百歩ほど進んだ先で通路そのものが崩れていた。
松明を掲げても、瓦礫は天井近くまで積み上がり、人一人が通れる隙間さえ見つからない。
「掘る?」
フィエラが聞く。
「今日一日かけてか?」
ダルクが嫌そうな顔をした。
「聞いただけ」
レイグは崩落を書き留め、引き返した。
別の雨の日には、濡れた石壁からレイスが剥がれるように現れた。
冷気に触れられた腕が骨まで痛み、魔力を使いすぎたレイグはマナポーションを飲んだ。喉に残る苦さを水で流し込むようにして礼拝堂へ辿り着いたが、その日も祭壇は暗かった。
朝が戻れば、冷えた腕も、薬に焼かれた喉も元へ戻る。
それなのにレイグの中だけには、失敗した一日が一つずつ残った。
晴れた朝にも、祭壇を思うと指先が冷たくなった。濡れた袖も傷もない手を見ていると、あの水筒の冷たさと、紙の端を押さえていたダルクの指まで思い出す。
今日の二人に言っても、覚えてはいない。
隣から「行くぞ」と声がかかり、レイグは顔を上げた。今の二人が、こちらを見て待っていた。
そんな日の一つ。
貴族街から戻ってきた探索者の腰に、見慣れない剣があった。
白銀の鞘。
柄には、小さな白い狼が刻まれている。
レイグが目で追っていると、隣を歩いていたダルクまで露骨に速度を落とした。
「……いいな、あれ」
「見るところ同じなんだ」
フィエラが呆れる。
男が気づき、剣へ手を添えた。
「何だ」
「いや、その剣どこで見つけた?」
レイグが聞くと、男は少し警戒しながら答えた。
「貴族街の古い武具庫だ。白い狼の紋章が残ってる建物」
「売るのか?」
ダルクがすぐに聞いた。
「お前が聞くの?」
「見るだけだ」
「絶対見るだけじゃない顔してるけど」
探索者は鼻で笑い、そのまま仲間と歩いていった。
レイグは遠ざかる白銀の鞘を振り返った。
《白狼のミスリルソード》。
一度、握ってみたい。
祭壇とは関係なく、そう思った。
そんな欲まで、次の朝へ持ち越した。
*
次の曇った一日は、午前のうちは驚くほど順調だった。
兵舎で装備を揃え、余計な戦闘も避けられた。
黒い霧が外周へ入り始めるにはまだ早く、三人の消耗も少ない。
「今日は速いね」
フィエラが言った。
「ああ」
レイグは遠くに見える王城へ目を向けた。
「これなら――」
言葉が止まった。
通りの壁際に、人が倒れている。
男だった。
革鎧の右腿が赤く染まり、その下の石畳まで血が広がっている。
「おい!」
ダルクが駆け寄ろうとした。
レイグは反射的に周囲を見た。
予定していた道の先には王城がある。
今日はここまで何も崩れていない。
このままなら、かなりいい条件で祭壇まで辿り着ける。
男のところへ行けば、また予定が変わる。
レイグの足が半歩だけ下がった。
「……レイグ?」
フィエラに呼ばれた。
答えられない。
男を見る。
自分で右腿を押さえているが、指の間から血が滲み続けていた。呼吸も浅く、顔色が悪い。
「仲間は?」
ダルクが聞く。
「二人……いる」
男が掠れた声で答えた。
「助け……呼びに行った」
レイグは一度、王城の方へ顔を向けた。
また時間を失う。
薬も使うかもしれない。
そう考えた自分に、腹の底から苛立った。
「……くそ」
自分へ吐き捨てる。
振り返った。
「助ける」
「最初からそう言え」
ダルクが返す。
「今それ言う?」
「言う」
「二人とも、あと!」
フィエラが弓を構えた。
「来るよ!」
狭い横道の奥から、三つの人影が出てきた。
歩き方がおかしい。
腐った顔がこちらを向く。
「ゾンビ三体!」
「ダルク、そいつを安全な方へ!」
「任せろ!」
「フィエラ、後ろ二体を止められるか!」
「やってみる!」
レイグはスチールロングソードを抜いた。
先頭のゾンビが腕を伸ばしてくる。
腐った指をバックラーで外へ払い、肩から斬り込んだ。
刃が肉と骨へ食い込む。
それでも敵は止まらず、身体ごと押しつけてきた。
「重っ……!」
レイグは踏ん張った。
ゾンビの爪がバックラーの縁を滑り、左前腕を浅く掠める。
熱い痛みが走った。
「レイグ!」
「浅い! そっちやれ!」
フィエラは敵ではなく、横道の壁へ半ば立てかけられていた大きな木戸へ走った。
「これ倒す!」
「使えるのか!」
「使えなかったら怒って!」
「今怒る余裕ない!」
腐った支え棒を蹴り飛ばす。
木戸が傾いた。
「レイグ、下がって!」
レイグはゾンビをバックラーで押し返し、自分も横へ飛ぶ。
大戸が倒れ、二体目と三体目の間へ落ちた。
完全には道を塞げない。
それでも狭い場所を、一度に通れるのは一体になった。
「十分!」
ダルクは負傷者の腕を肩へ回し、魔物から遠ざける。
「左脚で立て! 全部俺に預けんな、二人で転ぶ!」
怒鳴りながらも、男の身体を落とさない。
レイグは正面の一体へ集中した。
フィエラの矢がゾンビの側頭部へ刺さる。
顔が横を向いた。
その隙へ剣を振り下ろし、首を断つ。
「次、越えてくる!」
「ダルクはそのまま!」
「分かってる!」
負傷者を壁際の安全な場所まで運んだダルクが、大盾を構え直した。
二体目が大戸を跨ぐ。
ダルクが押さえ、レイグが横から剣を入れた。
フィエラは最後の一体へ射線を通し、倒れた戸を越える前に足を止める。
戦闘は長く続かなかった。
それでも終わった時には、三人とも息を切らしていた。
「周り見る」
フィエラがすぐ角へ移る。
「近くに別の大きい反応はない。でも絶対じゃないから、急いで」
「分かった」
レイグは剣を鞘へ戻し、負傷者のそばへ膝をついた。
右腿の傷は深い。
水で汚れを流し、布を強く押し当てても、すぐ赤く染まる。
「ヒール使うぞ」
荷袋へ手を伸ばした時、指が止まった。
二本ある。
ここで一本使えば、残りは一つになる。
そんなことを先に考えた自分に、さらに腹が立った。
レイグは栓を抜いた。
「飲め」
男の肩を起こし、ヒールポーションを少しずつ飲ませる。
出血が弱まり、青ざめていた顔にもわずかに色が戻った。
それでも、裂けた腿が元通りになるわけではない。
「フィエラ、包帯」
「はい」
「きつく巻く。痛むぞ」
「もう……痛えよ……」
「なら少し増えるだけだ」
「慰める気ねえな……」
男が苦しそうに笑った。
「喋れるならまだ大丈夫」
レイグが言うと、包帯を渡していたフィエラが眉を上げた。
「それ、私の役じゃない?」
「何の役だよ」
周囲を警戒していたダルクが返した。
しばらくして、通りの向こうから二人の男が走ってきた。
「いた!」
「生きてるか!」
負傷者が顔を上げた。
「遅えよ……」
「悪い!」
二人はその場へ膝をついた。
傷を見て、包帯を見て、それからレイグたちを見る。
「助けてくれたのか」
「まだ自分だけで歩かせるな」
レイグは立ち上がった。
「二人で支えろ。今なら橋へ戻れる。今日はもう奥へ行くな」
「ああ。分かった」
何度も礼を言われた。
レイグはうまく返せず、軽く手を上げただけだった。
負傷者と仲間二人は、肩を貸し合って来た道を戻っていく。
その姿が角へ消えるまで、三人は見送った。
レイグは左腕の浅い傷へ布を巻きながら、荷袋の中を確かめた。
ヒールポーションは、あと一本。
時間も予定より使った。
また数えている。
「……嫌になるな」
「何が?」
ダルクが聞く。
レイグは瓶から手を離した。
「何でもない。行こう」
*
礼拝堂へ着いた頃には、予定していた時間を過ぎていた。
今日はもう駄目だろう。
レイグ自身、そう思っていた。
「一回だけ見る」
「長居はすんなよ」
「ああ」
三人で祭壇へ近づく。
数歩手前で、レイグの足が止まった。
「……待て」
「何?」
フィエラも止まる。
祭壇の表面。
古い紋様の一部に、細い銀色が走っていた。
ほんの短い線だった。
以前見た羽根のような形には程遠い。
触れられる物もない。
それでも、何度も足を運んで暗い石を見てきたレイグには、見間違えようがなかった。
「光ってる……」
フィエラが近づく。
ダルクも横から覗き込んだ。
「これが言ってたやつか?」
「前はもっと大きかった。でも同じ光だ」
レイグの胸が強く鳴った。
祭壇へ着く時間を近づけても光らなかった。
入口を変えても駄目だった。
装備を変えた日にも、雨の中を無理に進んだ日にも、何も起きなかった。
今日は予定が崩れた。
ヒールポーションも一本使い、到着も遅れた。
それなのに光っている。
以前、カルゼンたちとネヴァルを助けた一日にも、銀色は現れた。
反対に、助けを求める声を置いて、自分たちの目的を優先した一日では祭壇は沈黙した。
そして今日。
「……時間だけじゃない」
レイグが呟く。
「道や装備だけでも説明できない」
「じゃあ何?」
フィエラに聞かれ、レイグは今日助けた男の顔を思い出した。
石畳に広がった血。
一度、王城へ向きかけた自分の足。
「誰かを助けたことが……関わってるのかもしれない」
口にした瞬間、胸の奥が大きく動いた。
答えを見つけたわけではない。
それでも、次に何を確かめるべきかが、ようやく見えてきた。
「次は、そこをもっと確かめたい」
「助ければ必ず光るって決まったわけじゃねえぞ」
ダルクが言う。
「分かってる」
「その『分かってる』は?」
「今回は本当に分かってる」
「怪しい」
フィエラが小さく笑った。
レイグは祭壇へ視線を戻す。
「でも、試せる」
久しぶりだった。
次の朝へ進むことを、こんなふうに待ち遠しく思ったのは。
「次は、助けられる人がいたら積極的に手を貸してみる」
「帰る時間は守るんだろうな」
「守る」
「薬は?」
「全部なくなる前に戻る」
「一人で決めない?」
フィエラが最後に聞いた。
レイグは二人を見る。
「ああ。そこも守る」
「そこが一番心配」
「ひどいな」
「実績」
ダルクが言った。
「二人して同じこと言うな」
細い銀線は、祭壇に残ったままだった。
三人はそれ以上待たず、石橋が黒い霧に覆われる前にカレグノスを出た。
*
その夜。
レイグは自室の床へ荷袋を置き、中身を一度すべて出した。
普段は奥へ入れている包帯を、手を入れればすぐ取れる位置へ移す。薬も食料の下へ埋もれないよう並べ、水筒の紐にも指が引っかからないことを確かめた。
深夜を越えれば、この並びまで元へ戻る。
次の朝には、また一から詰め直さなければならない。
それでも構わなかった。
何度も暗い祭壇を見てきた。
ようやく一つ、違いが見えた。
帰るための手掛かりかもしれない。
レイグは荷袋の口を閉じた。
次の朝も、同じ準備をするつもりだった。




