第4話 兵舎の武器庫
レイグはロングソードを抜き切った。
正面では、錆びた槍を構えたスケルトン兵が踏み込んでくる。さっき槍を受けた左腕には、まだ骨の奥まで響くような痺れが残っていた。
さらに瓦礫が崩れ、剣を持った白骨が二体、左右から姿を現す。
三体。
「腕は」
ダルクが叫びながら、レイグの左前へ出た。
「痺れてるだけだ」
「だったら剣持ってろ! 右から来るぞ!」
言われるより先に見えていた。
右側のスケルトンが剣を振り上げるのに合わせ、レイグは一歩下がってバックラーを斜めに差し出した。
ガッ、と鉄がぶつかる。
今度は正面から受け止めない。剣先を外へ流し、敵の身体が開いたところへ踏み込む。
ロングソードを横へ振ると、刃が脇腹へ食い込み、肋骨を何本か断ち割った。白い骨が石畳を跳ねる。
それでもスケルトンは止まらない。
「うわっ」
折れた肋骨をぶら下げたまま剣を振り戻してきたため、レイグは慌てて上体を引いた。錆びた刃が胸元をかすめる。
「胴じゃ止まらない!」
「骨なんだから当たり前だろ」
横からダルクが怒鳴った。
大盾で槍を受け止め、そのまま身体ごと押し込む。槍持ちのスケルトンがよろめいたところへ、右手のバトルアックスを振り下ろした。
鈍い音とともに斧の刃が肩口へ食い込み、骨ごと古い鎧を砕くと、上半身が傾いた。
「もう一発!」
ダルクが斧を引き抜いて頭蓋へ叩き込むと、白骨が崩れ落ち、目のくぼみの奥に灯っていた青白い火が消えた。
「一体」
フィエラの声が後ろから飛んだ。
直後、レイグの肩の横を矢が抜ける。
矢は肋骨を斬られたスケルトンの肩へ突き刺さり、剣を持つ腕を大きく弾いた。
「骨って狙いにくいんだけど」
「止められただろ」
「倒したかったの」
スケルトンがフィエラへ向きを変えた。
「そっち行ったぞ!」
「見えてる」
フィエラは後ろへ跳びながら次の矢へ手を伸ばしたが、それより敵の方が速い。
剣が振り上がる。
フィエラは矢をつがえるのを諦め、さらに一歩下がった。スケルトンが瓦礫を踏み越えた一瞬、動きが鈍る。
そこで弓を持った左手を引き、右手を前へ出した。
「近いって」
短く息を整える。
風がフィエラの周囲へ集まり、髪を持ち上げた。
「ウィンドカッター」
右腕を横へ振り抜くと、圧縮された風が薄い刃となって走り、スケルトンの膝を横から打ち抜いた。骨が砕け、片脚を失った白骨の兵士が石畳へ倒れ込む。
「レイグ」
「ああ」
レイグは踏み込み、倒れたスケルトンが剣を振り回す前に、その首へロングソードを叩き込んだ。
一撃では断ち切れず、もう一度振り下ろすと、首の骨が割れて頭蓋が石畳を転がった。
残る一体は、すでにダルクと向き合っている。
剣が盾を何度も叩き、甲高い音が続いた。
「うっとうしい」
ダルクが盾を前へ突き出すと、スケルトンの身体が後ろへ仰け反った。
「レイグ!」
呼ばれる前に走っていた。
レイグが横から回り込んで膝裏へ剣を振ると、骨が折れ、スケルトンが片膝をついた。そこへダルクの斧が頭上から落ちる。
頭蓋が砕け、身体を支えていた力が抜ける。古い鎧と白骨が大きな音を立てて石畳へ崩れ落ちた。
レイグはすぐには剣を下ろさず、呼吸を整えながら周囲を見た。
「……終わったか?」
「たぶん」
フィエラが倒れたスケルトンへ近づこうとした。
「待て」
ダルクが止める。
「もう動いてないよ?」
「こいつらだけとは限らねえ」
盾を上げたまま、瓦礫の向こうへ視線を走らせる。
レイグは刃を下げないまま右の路地へ二歩だけ寄り、崩れた家の窓から背後の城門まで視線を通した。死角を増やさないよう、フィエラはレイグと背を向け合い、弓を構えたまま来た道を見張る。
風が瓦礫の間を抜けて伸びた雑草を揺らしているだけで、骨の擦れる音は聞こえない。
しばらく待ってから、ダルクがようやく盾を下げた。
「……今度こそ終わりだ」
「最初からそう言えばいいのに」
「確認してから言ってんだよ」
フィエラも弓を少し下ろし、大きく息を吐いた。
「城門をくぐったと思ったら、いきなり骨三体。もうちょっと歓迎の仕方ってものがあるでしょ」
「来る前は何が拾えるかなって楽しそうだっただろ」
レイグが言う。
「今も楽しみだよ。骨がもう少し遠ければ」
「贅沢言うな」
ダルクは倒れたスケルトンを靴先で押し、本当に動かないことを確かめてからレイグへ顔を向けた。
「腕見せろ」
「大丈夫だ」
「見せろ」
「だから――」
「さっき槍まともに受けただろうが」
強い口調に、レイグは言い返すのをやめ、バックラーを外して左腕を曲げ伸ばしした。痛みはあるが腕は動き、指にも力が入る。
ただ、バックラーを固定していた革帯が強く食い込んだらしく、前腕には赤い腫れと浅い擦り傷ができていた。
「骨は大丈夫そうだな」
ダルクが腕を軽く押す。
「ここは?」
「痛い」
「こっち」
「そこも」
「全部痛えんじゃねえか」
「打ったんだから当たり前だろ」
「血も出てるよ」
フィエラが横から覗いた。
「少しだけな」
「薬、飲む?」
「これくらいで使うな」
ダルクが即座に言った。
「こんなんで薬飲んでたら、本当に必要な時に空になるぞ」
「俺もそう思う」
レイグは水筒の水を少しだけ布に含ませ、擦れた部分の汚れを拭った。
「じゃあ、そこだけ巻こう」
フィエラが荷袋から包帯を出す。
「自分でできる」
「片手で?」
「できる」
「じゃあやって」
渡された包帯を、レイグは右手だけで巻こうとした。
一度目は端が落ち、拾い直した二度目は途中でずれた。横でフィエラが黙って見ている。
「……何だよ」
「別に?」
「言いたいことあるなら言え」
「上手だなあって」
「顔が笑ってるぞ」
「笑ってないよ」
「貸せ」
ダルクが包帯を奪った。
「お前まで?」
「時間の無駄だ」
ぶつぶつ言いながらも、擦り傷を覆う部分だけ手早く巻いていく。打撲した場所を締めつけない程度に留め、最後に結び目を作った。
「ほら」
「……ありがとう」
「次から槍は盾の真ん中で受けんな。流せ」
「次は盾を傾ける。左へ滑らせるぞ」
「最初の一発、できてなかっただろ」
「急だったんだよ」
「死んだら言い訳できねえぞ」
レイグは黙った。
ダルクも、それ以上は言わなかった。
フィエラは空気を変えるように、倒れたスケルトンの肩から自分の矢を引き抜き、軸を目の高さへ持ち上げた。
「これはまだ使える」
足元にも古い矢が一本落ちていたが、そちらは矢じりの根元からひびが入っていた。
「こっちは駄目だね」
「回収できる時に回収しとけ」
「もう抜いてる。ひびの入った方は捨てるよ」
フィエラは使える一本を矢筒へ戻し、そのままスケルトンの槍を拾い上げた。
「で、これは?」
「いらねえ」
ダルクが即答した。
「早い」
「見りゃ分かる」
受け取った槍の柄を軽く捻ると、ぼき、と乾いた音を立てて木が割れた。
「うわ」
「腐ってる。穂先も錆だらけだ。こんなの持って歩いてどうすんだ」
「売る」
「重さの割に金にならねえ」
今度は落ちていた剣を持ち上げたが、刃は赤茶色に錆び、何か所も欠けていた。
「これも駄目」
「全部持って帰れば、それなりには――」
「誰が運ぶんだ?」
フィエラがダルクを見る。
「何で俺を見る」
「一番力あるし」
「置いてくぞ」
「ほら、すぐそういうこと言う」
「お前の荷物持つために来てんじゃねえんだよ」
「三人分の荷物は見るのに?」
「お前なあ」
レイグは多少の痛みを覚えながらも、笑ってバックラーを左腕へ戻した。戦えないほどではない。
「兵舎へ行こう」
「だな」
ダルクも壊れた剣を捨てた。
「ここで鉄屑漁ってても仕方ねえ」
三人は予定どおり兵舎へ向かった。
*
兵舎は城門から近く、崩れた家並みの先に低い石壁で囲まれていた。中央の訓練場は雑草に覆われ、正面に宿舎、左に屋根の落ちた食堂、右奥には窓の少ない石造りの建物が残っている。
「武器庫っぽいな」
レイグが言うと、ダルクの歩幅が広がった。
「急に元気になったね」
「気のせいだ」
訓練場には、すでに頭蓋を割られたスケルトンと、胸当てを深く斬られた一体が倒れていた。誰かが先に入っている。それでも右奥の建物には荒らされた様子がない。
三人が訓練場を横切った時、半開きの宿舎から骨の足音が聞こえた。盾持ちを先頭に、剣を持った二体が続いて出てくる。
「三体」
「訓練場へ引いて。ここじゃ二人の背中しか射てない」
フィエラが先に開けた場所へ走り、弓を構え直す。その退路を塞がせないよう、ダルクが狭間へ大盾を差し入れて先頭を受けた。
宿舎と武器庫の間は狭い。レイグは横へ回ろうとしたが、石壁が近くて無理に入ればダルクの腕も、フィエラの射線も塞ぐ。
「一度引け!」
ダルクが盾を引いた瞬間、押し返していたスケルトンが勢い余って前へ出た。レイグは盾の外へ滑り込み、ロングソードで肘の骨を断つ。盾が落ちたところで、フィエラの矢が目のくぼみに突き刺さり、ダルクのバトルアックスが首を砕いた。
残る二体は訓練場へ誘い出した。空間が開けばフィエラの弓が使える。肩と膝に矢を当てて体勢を崩し、レイグとダルクが一体ずつ仕留めた。
「……かったいな、こいつら」
「でも楽しそう」
「どこがだ」
周囲を改めて確かめたあと、フィエラは再使用できる矢を二本だけ回収した。三人は、湿気で枠に食い込んだ武器庫の扉に身体を当てる。最後にダルクが肩をぶつけると、枠の一部が割れて扉が内側へ開いた。
暗い室内には剣や槍、斧、槌が残っていたが、赤く錆びた刃や腐った柄も多い。レイグが棚を調べていると、汚れた鞘に収まった一本のロングソードが見つかった。抜いた刃にはほとんど錆がない。
「スチールか」
使い慣れた剣より少し重く、柄も太い。ただし刃に厚みがあり、骨や鎧へ打ち込んでも簡単には負けそうになかった。レイグは何度か振って重さを確かめ、初めから持ってきたロングソードを棚に置いて交換した。
部屋の右奥では、ダルクがスチール製のウォーハンマーを両手で持っていた。頭部に小さな傷はあるが、柄も金具もしっかりしている。
「……いいな、これ」
「ダルク、生きてる?」
「触るな。これは俺が見つけた」
「まだ触ってないよ」
フィエラにからかわれても、ダルクは重さを確かめるように振り、口元を緩めていた。結局、バトルアックスを棚に置き、ウォーハンマーを腰の吊り具に固定する。
フィエラは使える矢を十二本見つけた。軸と矢じりを一本ずつ調べて矢筒へ足す。その間にレイグが小棚を開けると、小瓶が三本並んでいた。一本は中身が濁り、底に黒い沈殿物がある。残る二本は封も切れていないヒールポーションだった。
「この二本は使えそうだ」
「さっき腕に使わなくて正解だったな」
「増えたからって無駄遣いはしないよ」
「お前らが『分かってる』って言う時は信用できねえんだよ」
「私も入ってる?」
「入ってる」
三人の声が、薄暗い武器庫に響いた。
*
武器庫を出ると、宿舎と訓練場を同時に見渡せる位置で短く休んだ。レイグは左腕の腫れを水で冷やし、指と肘が動くことを確かめる。痛みは残っているが、ヒールポーションを使うほどではない。
フィエラは矢を数え直し、ダルクは手に入れたウォーハンマーの埃を拭っていた。
「まだ見てる」
「悪いか」
「名前、決まった?」
「つけねえ」
倒れていた盾持ちのスケルトンの胸当てには、兵舎の壁と同じ、剣と塔を組み合わせた紋章が残っていた。首には擦り切れた革紐がかかり、その先に粗い木彫りの飾りがある。翼らしい形はあるものの、鳥なのか馬なのかも分からない歪な作りだった。
フィエラは指先で持ち上げて確かめたあと、元の骨のそばへ戻した。
「こいつらも、昔は人だったのかな」
フィエラの声に、誰もすぐには答えなかった。
やがてダルクが立ち上がり、武器と盾を確かめる。
「次は市場跡だ。危なきゃ戻るぞ」
「ああ」
レイグは新しい剣の柄を握った。左腕の痛みはあるが、薬は二本増え、三人の武器も良くなっている。
今日は、もう少し奥まで行けるかもしれない。
三人は並んで、旧市場へ続く通りへ歩き出した。




