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明日のないカレグノス  作者: Aramaki_mai
第三部 忘れる仲間たち
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29/68

第29話 知識の値段

挿絵(By みてみん)

「……見せた方が早い。兵舎まで来い」


レイグは乗合馬車の奥へ進んだ。空いた席を三人分見つけたところで、後ろからダルクに荷袋を掴まれる。


「王城地下まで行くとは言ってねえぞ」


「武器庫を見れば分かる。少なくとも、俺が普通じゃ知らないことを知ってるって――」


「分かる分かるって、そればっかりだな」


後から乗ってきた探索者が、通路を塞ぐ二人へ舌打ちした。ダルクは荷袋から手を離し、レイグを先に席へ押し込む。フィエラが向かいに腰を下ろすと、彼もその隣へ座った。


車内には乾いた朝日が差し込んでいた。開いた窓の向こうでは、昨日までとは違う青空の下を荷車が軋みながら通り過ぎ、前線拠点へ向かう探索者たちも、雨具など必要ない軽い格好で馬車乗り場へ集まっている。


「まだ信じたわけじゃないからね」


フィエラは膝に置いた弓から手を離さなかった。


「途中までしか聞いてないし」


レイグは口を開きかけ、窓の方を見た。全部話していたら、この馬車に間に合わなかった。その言葉をもう一度ぶつけたところで、二人とも同じ顔をするだけだ。


「着いたら確かめればいい」


向かいでダルクが吐き捨てる。


「今日のお前、なんか腹立つな」


車輪が動き出した。レイグは窓の外を向いたまま、奥歯で頬の内側を噛んでいた。


*


古い石橋を渡って崩れた城門をくぐると、乾いた晴天のカレグノスは前の一日よりも明るかった。


曇り空の下では黒く沈んで見えた石壁も、今日は白っぽく、倒れた瓦礫の影もはっきりしている。遠くには王城の尖塔まで見えた。


レイグは城門を抜けたところで足を止める。


「フィエラ。右の角を見てくれ」


「何かいるの?」


「前にはスケルトンがいた」


「今日は?」


「知らない」


フィエラがわずかに眉を上げた。


「そこは知らないんだ」


「人も魔物も同じようには動かない。何回も痛い目見た」


「何回も?」


「その話は後」


「また省いた」


文句を言いながらも、フィエラはコンポジットボウを手に角へ近づいた。壁へ背を預けて息を細く吐き、路地の物音へ意識を広げる。


「サーチ」


乾いた風が髪を揺らした。


「近くに大きい反応はない。行けそう」


「よし」


レイグは迷わず右へ曲がった。


「兵舎はこっちだ」


ダルクが後ろからついてくる。


「お前、本当に道覚えてんのか」


「何度も通った」


「俺は?」


「何度も一緒に通った」


「……気持ち悪い話だな」


「俺はもっと気持ち悪い」


思ったより強い声になったためか、ダルクは黙り、レイグもそれ以上は何も言わなかった。


旧市街を抜けていく。


最初の頃なら、崩れた商家を一つ見るたび足を止めていた。開いた扉があれば中を覗き、落ちている武器があれば拾って状態を確かめた。


今は、使えない物が多い場所も、遠回りになる通りも知っているが、敵だけは別だった。


角へ来れば足を止め、ダルクが盾を前へ出し、フィエラが先を確認する。前の一日に敵がいた場所ほど、何もいないと決めつけず注意して通った。


それでも、進むべき道で迷わないだけで速度は以前とは比べものにならなかった。


「……速えな」


ダルクが言った。


「だろ」


「褒めてねえぞ」


「でも速い」


「調子乗んな」


フィエラが横からレイグを見る。


「ちょっと浮かれてるよ」


「浮かれてない」


「何でもうまくいくと思ってそう」


レイグの足がわずかに鈍った。


「……何でもは知らない」


「ならいいけど」


兵舎を囲む低い石壁が見えてきた。


三人は訓練場へ入り、宿舎の入口と窓に動くものがないことを確かめてから、右奥の武器庫へ向かった。


分厚い木の扉は閉じている。


「これか?」


ダルクが聞く。


「ああ。下側が枠に食い込んでる。上を押してもほとんど動かない」


ダルクがしゃがみ込み、歪みを確かめた。


「……確かに下だな」


三人で位置を決める。


「せーの」


木が低く軋んだ。


「重っ」


「もう一回」


レイグとダルクが肩を入れ、フィエラも横から押す。


二度目で扉が大きくずれ、人一人が通れる隙間が開いた。


ダルクが扉から身体を離した。


「偶然じゃねえな」


「まだある」


レイグは武器庫へ入った。


鼻に入ってきたのは、古い鉄と埃の匂いだった。だが、もう棚を一つずつ調べる必要はない。


左側からスチールロングソードを取り出し、刃の状態だけを確かめて朝から持ってきたロングソードと交換する。その間に、ダルクへ右奥の棚を示した。


「下の方。槍の柄の奥」


ダルクが錆びた武器をどかすと、スチール製のウォーハンマーが現れた。


「……お」


手に取って軽く振ると口元が緩み、それを見たフィエラが笑った。


「もう答え出てるね」


「何のだ」


「気に入ったかどうか」


「まだ確認してるだけだ」


「口元、緩んでるけど?」


「重さを確かめてるだけだ」


「笑うほど?」


「笑ってねえ」


レイグも少し笑い、同じ武器を手にしても、交わす言葉まで同じになるわけではないと思った。


ダルクはバトルアックスを棚に置き、ウォーハンマーへ持ち替えた。


フィエラもレイグに教えられた箱から矢を取り出したが、使える物は自分で一本ずつ確かめていく。


「全部分かるわけじゃないんだ」


「矢の一本一本までは覚えてない」


「ちょっと安心した」


「何でだよ」


「何でも知ってる顔されたら気味悪いから」


「してない」


「してる」


レイグは言い返しながら、小棚を開いた。


中には小瓶が三本並んでおり、そのうち一本は液体が濁り、底に黒いものが沈んでいた。レイグはそれには触れず、封の切れていないヒールポーション二本だけを取り出す。


「剣も、ハンマーも、薬も……」


フィエラは手にしていた矢の羽根を撫でる指を止めた。


「本当に知ってたんだ」


「だから言っただろ」


「まだ全部信じたわけじゃないよ」


「それでいい」


必要な物だけを荷袋へ入れ、武器庫を出ようとしたところで、ダルクが壁際の古い剣を一本持ち上げた。


「こいつも状態悪くねえな。売れば――」


「置いていく」


「早えよ」


「今は金より時間だ。使わない物まで持ったら動きが鈍る」


ダルクが妙な顔でこちらを見る。


「お前がそれ言うのかよ」


「何だよ」


「いや」


何か言いかけてやめた。


レイグが気にせず外へ出た時、まだ午前だった。


大きな戦闘もなく、三人ともほとんど傷を負っていない。フィエラが使った魔法も索敵だけで、武器は出発時より良くなり、矢と治療用のポーションまで確保できている。


「かなり早く着ける」


王城の方角を見ながらレイグが言う。


「速いのと正しいのは別だからな」


ダルクがすぐ返した。


「肝に銘じてる」


「なら、先走るなよ」


レイグは聞き流し、先へ進んだ。


*


兵舎を離れてしばらくした頃、フィエラが急に手を上げた。


「止まって。左の路地に四ついる」


乾いた風に、ゴブリン特有の短い鳴き声が混じっていた。レイグが耳を澄ますと、声の奥でクロスボウの巻き上げ器が擦れる。


路地は、人二人が肩を並べれば塞がるほど狭かった。右壁の裾には崩れた煉瓦が積もり、左には傾いた木の庇が石柱一本で辛うじて残っている。


「前にもいたのか?」


ダルクが大盾を正面ではなく、縁を路地へ向けて構えた。


「いや。これは知らない」


レイグはスチールロングソードを抜く。


「なら今見て決めるぞ」


「ああ」


返事とほぼ同時に、小盾を持ったゴブリンが路地から飛び出した。その後ろに二体。さらに瓦礫の陰から、クロスボウの先端が覗く。


「伏せて!」


フィエラの声でレイグは頭を下げた。弦が鳴り、ボルトが髪の上を通って背後の石壁へ突き刺さる。次いで放たれたフィエラの矢が、射手の右肩を打った。


「三体、まとめて来るぞ!」


「まとめさせるかよ」


ダルクは受けるために待たず、路地へ踏み込んだ。大盾を横向きにして片側の縁を石壁へ擦りつけ、先頭の小盾ごと敵を押し戻す。狭い場所で後ろの二体まで詰まり、短剣を振る腕が互いの肩へぶつかった。


「右から越える!」


レイグは煉瓦の山へ片足を掛け、盾の脇を抜こうとした。だが二段目が靴の下で崩れ、踏み込むはずの身体が壁へ流れる。


先頭の陰にいた一体が大盾の下へ身を沈め、空いた右側から這い出した。短剣が、壁へ手をついたレイグの脇腹へ向く。


フィエラの二本目が、振り上げられた手首を貫いた。


刃先が逸れた間にレイグは煉瓦を蹴り捨て、低い姿勢のままゴブリンの脚を斬る。膝をついた首へ返す刃を通すと、敵は短剣を取り落とした。


「今見て決めるんじゃなかったの?」


「今、足場が崩れるって分かった!」


「遅い!」


ダルクが怒鳴りながら盾を半歩引いた。押し返そうと前のめりになった一体へ、ウォーハンマーを下から振り上げる。鉄の頭が小盾の下を抜けて膝を砕く。倒れた頭へ返しの一撃を落とすと、その身体が路地を転がった。


「これ、いいな」


「感想は後!」


残る一体が倒れた仲間を踏み越えた。ダルクは大盾を壁から外し、今度は面で殴って相手を反対側の石柱へ叩きつける。傾いていた庇が大きく揺れ、乾いた木屑が降った。


レイグはその下へ踏み込み、ゴブリンの小盾ごと剣を押し上げた。空いた腹へ刃を返す。敵がずり落ちるより早く、庇から落ちた瓦が小盾の上で割れた。


路地の奥で、巻き上げ器が軋んだ。肩を射られたクロスボウ持ちは、石畳へ片膝を押しつけて弦を戻し、二本目をフィエラへ向けている。


ダルクが振り向きざまに大盾を傾けた。放たれたボルトは正面ではなく盾の縁近くへ斜めに刺さり、弾かれた石片がフィエラの頬を掠める。


射手はクロスボウを捨て、路地の奥へ逃げようとした。


フィエラの三本目がふくらはぎへ刺さり、足がもつれる。追いついたダルクが一撃で動きを止めた。


静かになった路地で、石壁に刺さったボルトだけが震えていた。矢じりは、さっきまでレイグの頭があった高さにある。


「昨日はいなかったんだよね?」


フィエラは弓を下ろさずに聞いた。


「ああ」


「それで、知らない足場に乗った」


「……悪かった」


ダルクは返事の代わりに、盾の縁で路地の石を二度叩いた。庇から残りの瓦が落ち切る。崩れる音が途絶えてから、ようやく三人はその下を抜けた。


「でも勝てた」


レイグが言うと、ダルクはウォーハンマーの鉄頭についた木屑を親指で払った。


「そりゃ勝つだろ。誰かが足滑らせても、残り二人がいるからな」


「やっぱ使いやすい?」


フィエラに聞かれ、ダルクは口元を緩めた。


「悪くねえ」


知らない敵も、崩れる足場も、記憶からは教わらなかった。それでも二人はその場で動きを変え、レイグの失敗ごと戦いを立て直した。


地形や装備について確実に残っている知識を使い、知らないことが起きたら三人で補えばいい。以前より速く、余力を残して進める。その考えは、頭上を抜けたボルトへの恐怖より強く残った。


これならいける。そう思うと、次の一歩が迷わず出た。


死んだことも、失敗したことも、二人に忘れられた時間さえ、今の自分なら無駄にせず使える。


「行こう。まだ行ける」


「やっぱ調子乗ってねえか?」


ダルクが言った。


「乗ってない」


「乗ってるよ」


フィエラまで続いた。


レイグは答えず、王城へ続く道を歩き出した。


*


太陽が頭上を越えた頃、乾いた風の中へ冷たい空気が混じり始め、やがて城壁側から探索者たちの声が飛んできた。


「外周に霧が出たぞ!」


「橋はまだ使える」


「奥へ行く奴は時間見ろ!」


午後に入り、黒い霧の侵食が始まったのだ。


「急ぐぞ」


レイグが言った。


「待て」


ダルクが止める。


「何だよ」


「腹に入れとく」


「今?」


「今だからだ。王城地下で腹減ったとか言って休めるか」


反論しかけたが、レイグは口を閉じた。


正論だった。


三人は崩れた壁の陰へ入り、水を飲んで干し肉を少し食べた。フィエラはその間にも矢筒の残りを確かめ、ダルクは大盾の縁へ斜めに刺さったボルトを抜き、石壁へ擦った箇所と合わせて損傷を見る。


短い休息を終え、レイグが荷袋を背負い直した、その時だった。


「頼む!」


三人が同時に振り向くと、脇道から一人の男がよろめくように飛び出してきた。


革鎧の肩が裂け、左腕から血を流している。それでも、自分の足で走れる程度の傷だった。


「助けてくれ! 仲間がまだ奥にいる」


ダルクが一歩前へ出る。


「何人だ」


「二人」


男は来た道を指した。


「古い染物屋の近くだ! 俺だけ抜けられた!」


奥から金属がぶつかる音が聞こえ、それに重なるように人の叫びと低い唸り声が響いた。


「敵は?」


フィエラが聞く。


「グールがいた! 何体いるかは分からない。奥にもまだいるかもしれない!」


「仲間の怪我は?」


「一人は脚をやられてる! もう一人が守ってる!」


ダルクが脇道へ顔を向け、フィエラもすぐに弓を握り直したが、レイグだけは動かなかった。


ここまで、ほとんど時間を失っていない。武器の状態もよく、薬と矢も残っているうえ、魔力にも余裕がある。


このまま進めば、前の一日よりかなり早く祭壇へ着ける。


「頼む」


男がレイグたちを見回した。


「俺一人じゃ戻れない!」


ダルクがレイグを見る。


「行くぞ」


レイグは王城の方角から目を離さなかった。


「……いや」


「何?」


「王城へ行く」


ダルクの表情が変わった。


「聞こえただろ」


「聞こえた」


「だったら――」


「中が見えない」


レイグは脇道を示した。


「敵が何体いるか分からない。怪我人もいる。入ったら、どれだけ時間を使うか分からない」


フィエラが言う。


「だから見に行くんじゃないの?」


「見るだけでも時間を使う」


「数分で済むかもしれないよ」


「済まないかもしれない」


ダルクの声が低くなる。


「助けられるかもしれねえぞ」


「俺たちにもやることがある」


負傷した男が不安そうに三人を見比べた。


「前の一日じゃ寄り道が多すぎたんだ」


「寄り道?」


「カルゼンを助けた。ネヴァルも助けた。戦って、薬を使って、時間も失った。それで祭壇に光が出た。でも、何が原因だったのか分からない」


ダルクの顔が険しくなる。


「だから今回は、余計なことをせずに祭壇へ行く。条件を変えてみないと何も分からない」


フィエラはレイグをじっと見た。


「この人たちを助けないことまで、条件を変えるためなの?」


助けを求めた声を背中で聞いた時のことが蘇り、首筋がこわばった。


それでも答える。


「結果的にはそうなる」


「結果的にって……」


「時間も薬も魔力も有限なんだ」


思った以上に声が強くなり、目の前の男の肩が揺れた。


「外周じゃもう霧が動いてる。俺たちまで戻れなくなったらどうする」


ダルクが歯を食いしばった。


「……それで、あいつらは放っとくのか」


レイグは剣を持つ右手を下ろしたまま、脇道を見た。


脇道の奥から、また叫び声がした。


助けを求めているのか、仲間の名を呼んでいるのかは、ここからでは聞き取れない。


身体がそちらへ向きかける。


黒い霧の手前で、瓦礫の下に取り残されていたネヴァルの姿が脳裏をよぎった。三人で戻った結果、自分は死に、その後の一日でも別の形でネヴァルを助けたことで時間と薬を失った。


それでも助けた。


その記憶を押し込むように、レイグは王城へ向き直った。


「今は祭壇へ行く」


ダルクの顔がこわばり、フィエラも何も言わなかった。


「待ってくれ!」


負傷した男が叫ぶ。


レイグは歩き出した。


「おい」


背後からダルクが怒鳴ったが、レイグは足を止めなかった。


数歩進んでも二人の足音が聞こえない。自分の足音だけが大きく響くたび、振り返りそうになったが、それでも前を向いた。


やがて重い足音が近づき、ダルクが横に並ぶ。


「俺は納得してねえからな」


「分かってる」


「その返事も腹立つ」


ダルクは脇道を一度振り返り、奥歯を噛んだ。


「ここで三人がばらばらになる方が危ねえ。お前一人で行かせるわけにもいかねえから、今はついていく。それだけだ」


フィエラも少し遅れて追いついた。手には、矢筒から抜いた一本がある。弓につがえることも矢筒へ戻すこともせず、矢じりを石畳へ向けたままにしていた。


「私も賛成したわけじゃない。祭壇を確かめたあと、ちゃんと話すから」


「……分かった」


歩き出しても、フィエラはレイグの横へは並ばなかった。助けを求める声が聞こえなくなるまで最後尾から脇道を振り返り、ダルクも王城側を歩くレイグとの間を一歩空けた。三人の足音は、しばらく揃わなかった。


*


「ここだ」


レイグは王城外縁の崩れた石壁の前で止まった。


瓦礫の脇へ身体を滑り込ませると、人一人が通れる隙間の先に古い階段がある。


「道なんかねえと思ったぞ」


ダルクが言った。


「奥にある」


フィエラが眉を寄せる。


「何でこんなの知ってるの」


「カルゼンに教えてもらった」


「今日?」


ダルクが聞いた。


「前の一日だ」


「今のカルゼンは教えてねえんだな」


「ああ」


ダルクは少し黙った。


「人から聞いた道だけ残して使うのか」


言葉が妙に刺さった。


レイグは振り向く。


「何が言いたい」


「別に」


「言えよ」


「今は祭壇へ急ぐんだろ」


ダルクはレイグを追い越して階段へ入り、その背中に返す言葉が出なかった。


三人は狭い地下道を進んだ。


前の一日より早くここまで到達し、余計な戦闘もほとんどしていない。ヒールポーションは二本とも残り、フィエラの矢にも余裕があった。ダルクの盾もクロスボウの傷が増えた程度で、レイグ自身の魔力もまだ十分に残っている。


探索として見れば、これまでで最も順調だった。


古い礼拝堂へ入り、崩れかけた柱の間を抜けてさらに地下へ降りていくと、最深部に祭壇が見えた。


「あれだ!」


レイグは足を速め、ダルクが何か言ったのも構わず駆け寄る。


古びた石の表面には複雑な紋様が刻まれており、前の一日には、その一部へ淡い銀色の光が走った。


レイグは祭壇の前で待った。


何も起きない。


「……あれ?」


近づき、前に光った場所に手を置く。


手のひらに伝わるのは、冷たい石の感触だけだった。


「ここなのか?」


ダルクの声が後ろからする。


「ああ」


「本当に?」


「ああ」


レイグは振り返った。


ダルクは何も言わない。


フィエラが祭壇の横へ回った。


「前はどこが光ったの?」


「ここから……こっちだ」


レイグは紋様に指を沿わせた。


「最初は細い線だった。それが浮き上がって、羽根みたいな形になった」


だが、いくら待って祭壇の周囲だけでなく壁や床まで確かめても、銀色の光はどこにも現れなかった。


昨日と違うことが、いくつもあった。空模様も、着いた時刻も、通った道も、刃を交えた魔物も。途中で出会った者も、背の荷の重ささえ違う。


そのどれに祭壇が応えたのか、今のレイグには何一つ絞れない。


もう一度、祭壇に手のひらを押しつけたが、伝わってくるのは冷たい石の感触だけだった。


「……何が違う?」


ダルクは返さず、階段口へ向いたまま盾の縁を親指でなぞった。フィエラも弓を下ろさず、礼拝堂の入口を見張っている。二人とも、レイグを見なかった。


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