↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明日のないカレグノス  作者: Aramaki_mai
第三部 忘れる仲間たち
PR
27/68

第27話 銀の欠片

挿絵(By みてみん)

淡い銀色の線は、レイグが目を凝らしても消えなかった。


王城地下の古い礼拝堂。その最深部に置かれた石の祭壇には、長い年月を経て色褪せた紋様が刻まれている。


壁に残った彫刻も、崩れかけた柱も、床に積もった埃も以前と変わらない。違うのは、古い溝の中を細い糸のように走り、消えかけては明るさを取り戻す銀色の光だけだった。


「本当に、前は光ってなかったの?」


フィエラが聞いた。


「ああ。ずっと前に来た時は、ただの古い祭壇だった」


ダルクが大盾を壁に預け、祭壇へ一歩近づいた。


「じゃあ今日は何が違うんだ?」


「分からない」


「早いな」


「本当に分からないんだよ」


レイグは振り返り、ここまでの道筋を頭の中で辿った。


兵舎へ入り、装備を整えた。予定していなかったゴブリンの待ち伏せに遭い、その後はカルゼンたちを助けるため地下水路へ向かった。


カルゼンから抜け道を教わり、そこを使えばもっと早く王城地下へ入れたはずだったが、途中でネヴァルが戦っているところを見つけた。


仲間を逃がすため一人で残り、魔物に囲まれていたネヴァルを助けるため、三人は王城地下への道を外れた。


そのせいで時間を失った。ヒールポーションも使い、フィエラの矢も減っている。レイグ自身も魔力を消耗していた。


それでも、ようやく辿り着いた祭壇が今は光っている。


「道も違うし、着いた時間も違う。倒した魔物だって違う」


レイグは祭壇を見ながら続けた。


「カルゼンたちとも一緒に戦ったし、ネヴァルも助けた。持ってる装備も、ここへ来た時の状態も前とは違う」


「違うところだらけだね」


フィエラが矢筒へ手をやり、いつもより軽くなった中身を指先で確かめた。


「それじゃ、どれが原因か分からないか」


「ああ」


レイグが再び祭壇を見ると、銀色の線はまだ消えていなかった。


「でも何かある」


「そりゃ光ってるからな」


ダルクが言った。


「問題は、それが金になるかだ」


レイグとフィエラが同時にダルクを見る。


「何だよ」


「いや」


フィエラが肩をすくめた。


「そこへ行くんだなと思って」


「王家が探してる遺物かもしれねえだろ」


ダルクは祭壇を指した。


「王家があれだけの金を出すんだぞ。普通の石ころじゃねえ。こういう、明らかに変な物の方が怪しいに決まってる」


「でも光だぞ」


レイグが言う。


「持って帰れるのか?」


「だから調べるんだろ」


ダルクはしゃがみ込み、祭壇の下へ顔を近づけた。


「隠し棚とかないのか」


「急にやる気出たね」


フィエラはもう壁際へ歩いていたが、ダルクはその背中にも指を向けた。


「うるせえ。フィエラ、お前は壁見ろ。レイグは床だ」


「壁なら今から見るよ」


フィエラは振り返らずに答えた。


「俺の分まで勝手に決めるなよ」


レイグが言うと、ダルクが顔を上げた。


「この前決めただろ。一人で勝手に決めないって」


「こんなことで使う約束じゃねえ」


壁際でフィエラが吹き出した。


「でも覚えてたね」


「今朝決めたばっかりだろ」


三人の声が、静かな礼拝堂に響いた。


少し前まで魔物と戦っていたせいか、こうして言い合えることが妙にありがたかった。レイグも思わず口元を緩め、祭壇の脇に膝をついた。


「分かった。俺は床を見る」


「金になるかもしれねえんだぞ。真面目にやれ」


言った本人は、もう二人を見ていなかった。ダルクは祭壇の下を覗き込み、隠し棚を探して手を伸ばしている。


祭壇は腰ほどの高さで、大きな石材をいくつも組み合わせて作られている。ダルクはその端に指を掛け、持ち上げようとした。


「ふんっ……」


腕に力が入り、首筋の筋まで浮いたが、祭壇は少しも動かない。


「無理だ」


ダルクはすぐ手を離した。


「諦めるの早くない?」


「腰やったら誰が盾持つんだよ」


「自分の限界を知ってて偉い」


「馬鹿にしてんだろ」


「ちょっとだけ」


フィエラは壁に残った古い彫刻を指でなぞり、石材の継ぎ目へダガーの先を軽く差し込んでいる。だが、隠し戸らしい隙間は見つからなかった。


「こっちも何もないよ。崩れてるところはあるけど、普通に崩れてるだけ」


「床も同じだ」


レイグも祭壇の周囲を回り、ひびの入った石板を軽く叩いてみた。


下に空洞があるような音はしない。人が動かした跡もなく、隠された蓋や仕掛けらしいものは見当たらなかった。


「だったら祭壇そのものか」


ダルクが銀色の紋様を覗き込む。


「削るなよ」


「誰が削るって言った」


「お前、値がつくと石まで剥がしかねねえからな」


「そこまではしねえ」


「持って帰れる物なら持って帰るんだろ」


「持って帰れるなら持って帰る」


ダルクは開き直った。


「王家の報酬だぞ。レイグ、お前も欲しいだろ」


その言葉に、レイグは少し黙った。


欲しい。


母の古くなった上着と、何度も繕い直したネリナの靴が浮かんだ。


「欲しいよ」


レイグは答えた。


「でも、持って帰れても、次の朝には消える」


その先は言わなかった。夜明けが二人の記憶までさらっていくことを、また声にしたくなかった。


フィエラがレイグを見る。何か言いかけたが、その時だった。


「待って」


声が変わった。


レイグも祭壇を見る。


銀色の線が、先ほどより明るくなっていた。


「動いてる」


紋様の溝に沿っていた光が、ゆっくり祭壇の中央へ集まっていく。


ダルクがすぐ一歩下がった。


「触るなよ」


「今は見るだけだ」


「だったら手ぇ引っ込めてろ」


三人は祭壇を囲んだまま、息を潜めた。


細かな銀色の粒が一つずつ石の中から浮かび上がり、初めは表面を這っていた光が、やがて指一本ほどの高さまで離れていく。


「……何だ、あれ」


ダルクが呟いた。


レイグにも分からない。


宙へ集まった銀色の粒は細長くまとまり、一方を緩やかに広げながら、先端だけを細く尖らせていった。


一瞬、それは小さな羽根の欠片のように見えた。


「羽?」


フィエラが息を潜めて言った。


レイグの胸が強く鳴る。


理由は分からない。


だが、何度も同じ朝へ戻り、同じ城塞都市へ入り、それでも一度も見たことのなかったものが目の前にある。


何かが変わった。


何かが、自分の知らないところで動いた。


レイグは手を伸ばした。


「おい」


ダルクの声が飛ぶ。


それでも指先は銀色の光へ近づいていた。


あと少しで触れる。


そう思った瞬間、羽根の形が崩れた。


「なっ……」


銀色の粒が細かな霧のようにほどけ、レイグの指の間を抜けていく。


反射的に両手を閉じた。


何も掴めない。


慌てて手のひらを開いても、皮膚の上には何も残っていなかった。床にも落ちておらず、祭壇を走っていた銀色の紋様さえ、すでに古びた石の色へ戻っている。


「……消えた」


フィエラが祭壇へ近づいた。


「今の、何だったの?」


「分からない」


「だから触るなって言っただろ」


ダルクがレイグの肩を掴む。


「お前、正体も分からねえもんに何でいきなり手出すんだ」


「消えそうだったからだ」


「実際消えただろうが」


「触る前に消えたんだから同じだろ」


「そういう問題じゃねえ」


「二人とも」


フィエラの声で、レイグは口を閉じた。


ダルクも言葉を止める。


「喧嘩してる間に、もう一回出るかもしれないよ」


その一言で、二人とも祭壇へ向き直った。


しばらく待ったが、何も起こらなかった。


レイグは恐る恐る紋様に指を触れ、先ほど光が集まった辺りまで指先を滑らせる。石は冷たいだけで、銀色の光が戻る気配はない。


反対側を覗き込んでいたダルクも首を振った。


「隠し物が動いた感じもしねえな」


「壊さないでね」


フィエラが言った。


「誰が壊すか」


「さっき持ち上げようとしてたじゃん」


「あれは確認だ」


「王家の遺物だったら、壊した瞬間に一生働いても払えないかも」


ダルクの手が祭壇から離れた。


「……触るのやめる」


「急に慎重」


「金の問題は大事なんだよ」


レイグは二人の会話を半分も聞いていなかった。


前に来た時には何もなかったのに、なぜさっきだけ光ったのか。


通った道か。到着した時間か。カルゼンから聞いた抜け道か。それとも途中で戦った魔物や、装備、残っている魔力が関係しているのか。


ネヴァルの顔まで浮かんだが、どれも今日という一日の違いにすぎず、今のレイグには一つへ絞る理由がない。


その時、礼拝堂の空気が変わった。


冷えたわけではない。音が消えたわけでもない。


ただ、誰かに見られている。


その気配に、レイグの背筋が冷えた。


レイグは振り向いた。


「……お前」


崩れかけた礼拝堂の入口近くに、白い翼の者が立っていた。


黒い霧の中で死にかけた時にも、今朝、人通りの少ない路地で問い詰めた時にも現れた、同じ姿だった。


汚れのない大きな白い翼と、人に似た顔。その目は静かにこちらを見ているが、怒っているのか、哀れんでいるのか、それすら読み取れない。


「誰?」


フィエラが小さく言った。


ダルクがすぐ大盾へ手を伸ばす。


「知り合いか?」


「違う」


レイグは白い翼の者から目を離さなかった。


「俺が死んだ時にいた」


「は?」


ダルクの手が止まる。


レイグは一歩前へ出た。


「今のを知ってるんだろ」


白い翼の者は答えない。


「あの銀色の光だ。前に来た時はなかった」


沈黙したままだ。


「王が探してる物なのか?」


やはり答えない。


腹の奥が熱くなった。


「何で何も言わないんだよ」


レイグはさらに近づいた。


「お前、前にも俺が聞いたことに答えなかったよな。何で俺だけ覚えてるのかも、この一日が何なのかも」


ダルクとフィエラは、後ろで黙っている。


「でも知ってるんだろ!」


声が礼拝堂へ響いた。


「今の光も知ってる。違うのか」


白い翼の者は祭壇へ視線を向けなかった。


ずっとレイグを見ている。


やがて静かに口を開いた。


「あなたが得たのは、それですか」


「……何?」


レイグは祭壇を振り返った。


銀色の光はもうない。


「今のことか?」


返事はない。


「得てない。触る前に消えた」


白い翼の者は黙っている。


「だから聞いてるんだ。それが何なのか――」


言い終わるより早く、白い翼の輪郭が薄くなった。


「待て!」


レイグが踏み出す。


「またそれかよ! 答えろ!」


伸ばした手が届くより先に、白い翼の者は空気へ溶けるように消え、礼拝堂には三人だけが残された。


「……何なんだ、あいつ」


ダルクが低く言った。


「話す気があるのかないのか分かんないね」


フィエラは、白い翼の者が立っていた場所を見つめていた。


「でも、知らない人の聞き方じゃなかった」


レイグは答えなかったが、それは自分も感じていた。


あの者は銀色の光を見ても驚かず、その正体を尋ねることもなかった。それどころか、祭壇ではなくレイグ自身を見ながら問いかけた。


『あなたが得たのは、それですか』


「……知ってる」


レイグは呟いた。


「絶対に知ってる」


遠くで重いものが崩れる音がし、三人が同時に顔を上げた。


王城のどこかで、まだ戦いが続いている。


ここは地下なので、黒い霧がどこまで進んでいるか直接見ることはできない。それでも正午をとうに過ぎており、正体の分からない光を待ち続けていられる時間ではなかった。


ダルクが大盾を背負い直す。


「出るぞ」


「でも」


「でもじゃねえ。光は消えた。あの白いのもいなくなった。ここで待って霧に追いつかれたら、何も分からねえまま死ぬだけだ」


レイグは祭壇を見た。


正しい。


フィエラも残った矢を確かめ、コンポジットボウを持ち直した。


「帰り道でも何か分かるかもしれないしね」


「ああ」


そう答えたものの、レイグはすぐには動けなかった。


以前は何もなかった祭壇が、今日だけ光った。


その光は羽根の欠片のように形を作り、触れる前に消えた。そして、あの白い翼の者まで現れた。


「レイグ」


ダルクが呼ぶ。


「行くぞ」


レイグはようやく祭壇から目を離して二人の後を追い、数歩進んだが、礼拝堂の出口へ着く前にもう一度振り返った。


祭壇は暗く、銀色の光など最初から存在しなかったように、古びた紋様だけを残していた。


「また来る」


ダルクが顔をしかめた。


「ここに?」


「ああ」


「また同じ道を?」


「同じ道じゃなくてもいい」


レイグは光の消えた祭壇を見つめた。


「次にここへ来た時も、同じことが起きるか確かめたい」


「次って……」


ダルクが何か言いかけ、フィエラは黙ってレイグを見ていた。


次の朝になれば、この二人は今日ここへ来たことも、祭壇を調べたことも、銀色の光を見たことも忘れるかもしれない。白い翼の者の言葉まで含め、この一日を覚えているのはまた自分一人になる。


隣にいる二人は、今ここで交わした言葉さえ、次の朝には忘れてしまう。そう考えると、祭壇から離れる足がすぐには出なかった。それでも今は、銀色の光の正体を知りたいという思いの方が強かった。


レイグは祭壇へ背を向ける。


「行こう」


三人は並んで礼拝堂を離れた。


その足音が地下通路の奥へ遠ざかっても、背後に残された祭壇が再び銀色に輝くことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。