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明日のないカレグノス  作者: Aramaki_mai
第三部 忘れる仲間たち
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24/68

第24話 同じ場所、違う敵

挿絵(By みてみん)

フィエラの視線が、訓練場の右奥へ跳ねた。


「右奥!」


クロスボウの弦が鳴る。ダルクは敵を見てからではなく、フィエラが告げた右奥へ踏み込みながら大盾を突き出した。


ガンッ


短く重い音が鳴り、矢が盾の上半分へ突き刺さった。衝撃を受けたダルクの左腕が後ろへ押される。


「右奥、まだいる!」


叫びながら盾を戻す。


宿舎脇の瓦礫から、槍を持ったゴブリンが姿を現していた。その横には小盾と剣を持つ一体がいて、さらに訓練場の中央寄りには錆びた剣を握ったゴブリンがいる。


一番奥にいるクロスボウ持ちは、撃ったばかりの人間用の武器を地面に立て、必死に次の矢をつがえようとしていた。


「四体見える」


フィエラが武器庫の入口脇に身体を寄せる。


「他は?」


「分かんない! サーチする暇くれる?」


「くれる顔してねえな」


小盾を持ったゴブリンが走ってきた。


ダルクが前へ出て正面から受け止め、盾同士が激しくぶつかる。体格では圧倒的にダルクが上だ。ゴブリンの身体が後ろへ揺れたものの、その脇から別の槍が伸びてきた。


「左!」


「見えてる」


ダルクは小盾持ちを押したまま身体を右へずらした。


槍先が大盾の縁を擦る。


レイグはその隙間を抜け、槍持ちへ踏み込もうとしたが、訓練場へ出る直前で足が止まった。


さっき武器庫へ入った時にはなかったものが、石畳に散らばっている。


折れた槍の柄に、口の裂けた荷袋。その周囲にはまだ乾ききっていない血が広がり、少し先には探索者が使っていたらしいダガーまで転がっていた。


「何だ、これ……」


「レイグ!」


フィエラの声に顔を上げる。


剣持ちのゴブリンが迫っていた。


レイグは考えるのをやめた。


振り下ろされた錆びた刃をバックラーで外へ流し、空いた胴へスチールロングソードを入れる。革鎧が裂け、ゴブリンが悲鳴を上げて後退した。


追撃はせず、その奥へ視線を走らせる。


訓練場へ入った時には、血も荷袋もなかった。


「俺たちが中にいる間に、誰かここで戦ったのか……」


「考えるのは後!」


フィエラが放った矢が槍持ちの肩へ刺さった。


「増えてるなら、今いる方を見て!」


レイグは返事の代わりに剣先を小盾持ちへ戻し、武器庫の壁に背を寄せた。


敵がどこにいるのかは知らない。自分たちが武器庫にいる間、何が起きたのかも分からない。


だが、この兵舎の形なら頭に入っている。


武器庫の裏には、人一人が横向きになれば通れる細い隙間があり、その先から訓練場の右奥へ回り込める。正面へ出ればクロスボウの射線に入るが、裏からなら外せる。


反対側の訓練場には崩れた石段も残っている。高くはないものの、そこへフィエラが上がれば、前衛越しにも矢を通しやすくなる。


「敵は分からない。でも道は分かる」


レイグが言う。


「ダルク、正面を頼む!」


「最初からやってる」


「フィエラ、左の石段!」


「了解」


「俺は右から回る!」


「行け」


フィエラが武器庫の壁沿いを走り、レイグは反対側へ回った。武器庫と外壁の間にある狭い通路へ身体を滑り込ませる。ここを抜ければ、クロスボウ持ちの右側へ出られる。


数歩進んだところで、前方の瓦礫が動いた。


「ギャッ」


「っ」


ゴブリンが一体、隙間から飛び出してきた。短い剣を両手で握っている。


見えていなかった五体目だ。


走っていたレイグは止まりきれず、腹へ突き出された剣を身体を捻ってかわした。刃が革鎧の脇を擦る。


「くそっ」


狭くてロングソードを横には振れない。


レイグは柄を両手で握って短く突き出したが、ゴブリンも剣を重ねてきた。金属がぶつかり、互いの身体が狭い通路の中で押し合う。


黄ばんだ牙の間から、生臭い息がかかった。


「邪魔だ」


バックラーを下から突き上げると、その縁がゴブリンの顎へ当たって頭が跳ねた。


空いた胸元へロングソードを突き込む。


刃が革鎧を貫き、ゴブリンの身体から力が抜けた。


レイグが剣を引き抜いた時、正面の訓練場からダルクの怒声が聞こえた。


「レイグ、まだか!」


「今行く」


死体を避けて狭い通路を抜け、訓練場の右奥へ出る。


正面では、ダルクが小盾持ちと、先ほどレイグが斬った剣持ちを相手にしていた。大盾で小盾持ちを押さえながら、横から入ってくる剣をウォーハンマーで牽制している。


「二人まとめて来んな」


ウォーハンマーを横へ振ると、剣持ちが慌てて下がる。


その隙を狙って小盾持ちが斬りかかったが、ダルクは大盾で受け止め、そのまま力任せに押し返した。


「忙しいんだよ」


左側では、フィエラが石段へ上がっている。


だが、肩に矢を受けた槍持ちが下から追っていた。


「ちょっと! 上がってこないでよ!」


フィエラは一段高い場所から矢をつがえた。


射ようとした瞬間、小盾持ちとダルクの身体が重なる。


「射線ない!」


「俺に言うな」


「どいて」


「今どいたら刺されるだろうが」


「注文多い」


「どっちがだ」


最初に考えた通りには進んでいない。


それでも三人は、崩れた状況の中で互いの動きを見ていた。


レイグはクロスボウ持ちへ目を向ける。ようやく新しい矢をつがえ終えようとしており、今ならまだ先に距離を詰められる。


踏み出しかけた時、視界の端で赤いものが光った。


「薬!」


最初にレイグが斬った剣持ちのゴブリンが、石畳に落ちていた荷袋を漁っていた。


中から取り出したのは、赤みがかった小瓶――ヒールポーションだ。


最初の一日で見た光景が蘇る。


傷を負ったゴブリンが、人間から奪った薬を飲んで再び立ち上がった。


「フィエラ」


「見えてる」


フィエラが狙いを変える。


ゴブリンは栓に歯を掛けようとしていた。


矢が飛び、ヒールポーションを握っていた手首へ突き刺さる。


「ギャアッ」


腕が跳ね、瓶が石畳へ落ちた。


だが割れていない。


「まだ飲める」


「飲ませるか!」


ダルクは小盾持ちを大盾で突き飛ばすと、転がってきた小瓶を思いきり蹴った。


瓶が石壁へ激突し、甲高い音を立てて割れる。赤い薬液が壁と石畳へ飛び散った。


「薬が」


フィエラが叫ぶ。


「飲まれるよりましだろ」


「そうだけど、ダルクが割ると余計に悔しそう」


「薬は高えんだよ」


「戦闘中に値段気にしないで」


その横から槍持ちが突っ込んでくる。


フィエラは次の矢へ手を伸ばした。


「ダルク、伏せて!」


「早く言え」


ダルクが身体を低くした直後、矢が大盾の上を抜け、槍持ちの太ももへ刺さった。


脚が崩れる。


その瞬間、ダルクが踏み込み、ウォーハンマーの鉄の頭を小盾持ちの盾へ叩きつけた。


鈍い音とともに木板が割れる。


「そんなもんで俺の盾と張り合うな」


「盾の勝負になってる?」


「うるせえ」


割れた小盾の向こうへ二撃目を叩き込むと、ウォーハンマーの鉄の頭がゴブリンの肩口へ食い込み、ゴブリンが横へ倒れた。


正面が空いた。


レイグはクロスボウ持ちへ走った。


ようやくこちらに気づいたゴブリンが、慌てて武器を持ち上げる。まだ弦を固定しただけで、矢を正しく置けていない。


レイグは一気に距離を詰めた。


クロスボウがこちらへ向けられる。


撃てるのかどうかは分からない。


なら、撃たせなければいい。


バックラーで武器の先端を跳ね上げると、置きかけていた矢が外れて横へ飛んだ。


「遅い」


スチールロングソードを斜めに振り下ろす。


刃がクロスボウの木製部分へ食い込み、ゴブリンの手から武器が落ちた。レイグは剣を引き抜きざまに返し、その肩口へ斬り込む。


ゴブリンが悲鳴を上げて倒れた。その時、訓練場の反対側で残った二体が逃げ始める。太ももに矢を受けた槍持ちと、手首を射抜かれた剣持ちが、宿舎脇の通路へ走っていく。


「追うな!」


ダルクの声が飛び、レイグは追撃の一歩を踏まずに、逃げる二体の背中を見た。


今なら追いつける。だが、その先に何体いるかは分からない。


ロングソードを下ろす。


ダルクの目が、レイグの下ろしかけた剣先へ止まった。


「今度は止まったな」


「ああ」


「ならいい」


二体の姿が宿舎の向こうへ消えた。


訓練場には倒れたゴブリンと、戦闘で荒れた石畳だけが残ったが、三人ともすぐには武器を下ろさなかった。


「サーチする」


フィエラが石段から降り、矢をつがえたまま目を閉じた。短く集中すると、集まった風が彼女の髪と外套を揺らす。やがて、フィエラは目を開いた。


「逃げた二体は遠ざかってる。すぐ近くには……たぶんいない」


「たぶんか」


「動かない小さい反応はあるけど、今倒したやつだと思う」


「なら、もう一回周りだ」


ダルクは逃げた二体が消えた宿舎脇へ盾の正面を向ける。レイグは自分が抜けてきた武器庫裏の隙間を辿り、血の上に新しい足跡が増えていないか見た。フィエラは再び石段へ上がり、屋根越しに訓練場の入口まで見渡す。


新しく動くものはない。


「今度こそ大丈夫そう」


ようやくフィエラが弓を下げ、ダルクも大盾を下ろすと、その上半分にはクロスボウの矢が一本突き刺さっていた。


「……くそ。今朝はまだへこみ一つなかったのに」


ダルクが矢を掴んだ。


「盾なんだから傷くらいつくだろ」


「俺の盾だぞ」


「知ってるよ」


「だから嫌なんだよ」


フィエラが呆れたように言う。


「盾は使うための物でしょ」


「使うのと、傷ついて嬉しいのは別だ」


ダルクは矢を引き抜いて足元へ放り、矢じりが刺さった場所に残る小さなへこみを指で確かめた。


「貫いてない。まだ問題ねえ」


「その確認だけは早いね」


「盾壊れたら俺が死ぬからな」


ダルクはいつもの調子で言いながら真剣に盾の縁や革帯まで調べ、レイグも自分の身体を確認した。


狭い通路で短剣が革鎧を擦ったものの、皮膚までは切れていない。腕と脚を一度ずつ曲げると、どちらも動いた。レイグはそこで立ったままの確認をやめ、武器庫へ入る前にはなかった血溜まりのそばへ膝をついた。


口の裂けた荷袋から、切断された肩紐が伸びている。石畳には踵を引きずった跡があり、血の薄い筋は宿舎側と地下階段側へ分かれていた。誰かが負傷者を運んだのか、逃げた者と追った者の跡が重なったのかまでは読めない。


「俺たちが中にいた間に、ここを横切った連中がいる」


レイグは血に触れずに立ち上がり、スチールロングソードを鞘へ戻した。荷袋の脇で、武器庫のヒールポーション二本が触れ合った。


フィエラは血を踏まない場所を選びながら、ダルクが盾から抜いたクロスボウの矢と、武器から外れて石畳へ飛んだ一本を拾った。自分の矢と長さを合わせ、少し顔をしかめる。


「三本使った。撃った三本は、逃げた二体が持ってった。こっちは私の弓には合わない。でも、矢じりだけなら買い取ってもらえそう」


「さっき補充した分がもう減ったのか」


「撃たなきゃ持ってる意味ないでしょ」


「拾えるのは拾っとけ」


「だから二本とも拾ったでしょ」


二本のクロスボウの矢をまとめて荷袋の脇へ差す間にも、フィエラの視線は血の筋と宿舎の入口を往復していた。レイグも訓練場の向こうへ目を向けた。


空はまだ一面の灰色だ。正午を少し回った程度で、これまで通りなら黒い霧の侵食が始まるのは午後からだ。まだ時間がある。


レイグは血の筋の前で踵を返さなかった。前の一日なら、同じ時刻にはまだ兵舎で剣を探していた。今日は武器庫を出て、さらに誰かが引きずられた跡の前まで来ている。


「まだ行ける」


レイグが二人を見ると、ダルクは血の筋の前へ大盾を立てた。


「俺にそう言わせたいなら、先に裏で何があったか言え」


「一体いた。斬った」


「勢いで飛び込んだんだろ」


レイグは答えなかった。武器庫裏を抜ける道が頭に浮かんだ時には、もう足が速くなっていた。


「こっちも大変だったんだからね」


フィエラが矢筒を背へ回した。


「上に行けば撃てると思ったのに、ダルクが邪魔で」


「俺が邪魔なら、槍の前を空けてやろうか」


「そういう意味で言ってない!」


レイグは二人の言い合いを聞きながら、武器庫裏の隙間を見た。さっき踏み崩した土が残っている。あそこで足を止められていた間、二人は正面で四体を引き受けていたのだ。


「だから、上からの射線を空けてって――」


その時、遠くで金属音が鳴った。


ダルクが返しかけた言葉を飲み込む。


「今の」


フィエラが振り向いた。


もう一度。


今度ははっきりと、剣か何かが硬いものへ激しくぶつかる音が聞こえた。続いて人の叫び声が上がり、その下から低い唸り声が重なる。


「地下だ」


レイグは、地下水路へ降りる階段のある兵舎の奥へ目を向けた。


「グールの声に似てる」


フィエラが言った。


「分かるのか?」


「たぶん」


「またたぶんかよ」


「絶対って言った方が安心する?」


「いや」


「なら、たぶん」


ダルクがウォーハンマーを握り直した。


三人がそちらへ向かおうとした時、階段の方から一人の男が飛び出してきた。


走るというより、転びそうになりながら地上へ這い上がってくる。右腕を左手で押さえ、指の間から血を流していた。


「おい」


レイグが駆け寄ると、男は三人を見た途端、その場に膝をついた。


「下に……」


「落ち着け」


ダルクは周囲を警戒したまま聞く。


「何がいる」


「グール……何体も……」


「仲間は?」


男は一度大きく息を吸い、苦しそうに咳き込んでから地下への階段を振り返った。


「まだ人がいる」


レイグの表情が変わる。


「何人だ」


「四人だ……途中で合流した連中だ」


「お前の仲間か?」


「違う。俺の仲間は、地下へ入る前に引き返した」


フィエラは男の右腕に包帯を手早く巻いた。レイグが動けるうちに兵舎の外へ退くよう告げると、男は頷き、壁に手をつきながら訓練場の出口へ歩き出した。


地下から再び金属音が響き、今度は怒声も聞こえた。誰が戦っているのかは分からないものの、まだ戦えている人間がいる。


レイグは階段を見る。そこへ降りれば時間を失う。


さっきまで、自分たちはこれまでで一番早く装備を整えられていた。このまま王城側へ向かえば、今まで届かなかった場所まで進めるかもしれない。


王家の求める遺物が反復を終わらせる手掛かりなら、ここで失う時間はなおさら惜しかった。


地下から悲鳴が上がり、途中で途切れた。


レイグの足が階段へ向きかける。


だが、そこで止めた。


最初にネヴァルを助けた時の自分なら、もう走っていた。


あの時は一人で決めた。ダルクとフィエラを置いて戻り、最後には自分だけ残ることまで勝手に決めた。


今朝、乗合馬車で約束した。


一人で決めない。


レイグは二人を見た。


「俺は助けに行きたい」


ダルクの顔が歪んだ。


「……行けば時間食うぞ」


「ああ」


「誰がいるのかも分からねえ」


「それでも、まだ生きてる声だ」


「王城へ回せる時間も減る。矢も薬も使うかもしれねえ。それでもか」


レイグは一度だけ、王城側へ続く道を見た。


今までで一番早くここまで来た。


その時間を、自分から手放そうとしている。


「矢と薬をどこまで使うかは、二人にも決めてほしい。それでも俺は行きたい」


ダルクがすぐには答えずにいると、フィエラは矢筒へ手をやって残った矢を確かめた。


「私は行く」


「お前は早えな」


「だって、まだ声するし」


フィエラは階段へ顔を向けたまま答えた。


「ねえ、行くなら早くしようよ」


「俺はまだ行くって言ってねえぞ」


「だから待ってるんでしょ!」


振り向いたフィエラに、ダルクは舌打ちした。


「ちくしょう」


ダルクは大きく息を吐くと、ウォーハンマーを握り直し、左腕の大盾を上げた。


「行く」


レイグが頷く。


「ありがとう」


「礼は全員生きて出てから言え」


「そうだね」


フィエラがコンポジットボウに矢をつがえた。


「あと、知らない人助けて薬全部なくなったら、ダルク怒りそう」


「怒るに決まってんだろ」


「助けるのはいいの?」


「死にそうな奴いるのに置いてけるか!」


言ったあと、ダルク自身が嫌そうな顔をした。


「……何だよ」


「何も」


レイグは笑わず、ただダルクらしいと思った。


三人は地下水路へ続く階段へ向かった。石段を降りるにつれて地上の薄い光が背後へ遠ざかり、湿った冷気が肌にまとわりつく。壁の奥から流れる水の音に混じって、そのさらに下では剣と何かが激しくぶつかる音が響いていた。


「右から声」


フィエラが小声で言う。


「人?」


「たぶん。グールもいる」


「またたぶん」


「じゃあダルクが先に見てきて」


「何で俺だ」


「盾あるし」


「こういう時だけ正論言いやがって……」


文句を言いながら、ダルクが先頭へ出た。ただし大盾は正面へ立てず、唸りの返る右壁へ斜めに構える。フィエラはその背中から二歩を空け、左の濁った水路へ矢先を向けた。レイグは床を走る新しい血の筋を見つけ、その脇でスチールロングソードを抜く。


暗い水路の奥から、誰かの怒声が響いた。


ダルクが顎を引き、大盾を先にして進んだ。フィエラは足音のしない左の水路から、矢先を右へ戻す。レイグは二人の間へ入り、三人で血の筋を追って、声のする方へ走り出した。


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