72・メインデルト王子の怒り
辺境伯様と共にやってきたサラさんは、洗濯室の女性達が着ているような所謂使用人服ではなく、騎士の装いだった。だがそんな彼女を見て、ルカスは驚いた様子を見せた。
「なぜ、あなたが騎士の姿で?痺れが残っていて戦えないと、そう言っていましたよね」
「もしかして、治ったのですか?それならよかったですが……」
デレクも驚いているみたい。それなら早く知らせてくれればと思っているんだろうな。口にはしなかったけど。
「はい、私はこちらで療養し、騎士に戻っております。ご心配おかけしました」
「そういうことだ。こいつは、ピンピンしている」
辺境伯様が、彼女の背を押して、我々の前に出す。
「お久しぶりです、サラ」
「ええ、お久しぶりです、メインデルト様」
そこから話が進まない。
「お久しぶり、サラ。覚えているか。元第三王子のフランシスだ。あなたにはよく母と共に会っていたな」
「あ、はい。お久しぶりでございます」
ぎこちない態度で、お辞儀をする。
「もう彼女は大丈夫だ。だから、メインデルト、もう心配しなくていい」
「それはそうですが」
辺境伯様がずいとルカスの前に出る。
「連絡をしなかったのは、別に隠していたわけじゃない。妹から聞いている。お前は王子だというのに、過去に起こったことに気を囚われすぎていると心配していたから、知らせなかっただけだ」
「そんな……。皆には過去の話なのかもしれませんが、私はどうしても自分が許せなくて」
「それだ。いつまでも自分を許さない、そんなお前が心配だからこそのこと。わかってくれ」
ルカス、なんだか納得出来ていないわね。仕方ない。自分を呪うほど、自己嫌悪に陥っていたルカスだもの。それが『もう治っているよ、過去は忘れよう』って言われてもね。
それに、私は知っているから余計につらい。
ルカスが溜息をつく。
「そうか、そうでしたか。私はそんなに頼りなく思えましたか」
「違う、そうじゃない」
「それなら、なんだと言うのです?私が頼りないから、隠していたのでしょう?」
勢いそのまま、ルカスが部屋を出ていった。デレクも後に続く。
大きな音を立てて、扉が閉まる。でも、私は動かなかった。
「本当は違うのでしょう?」
私の声が、人の減った部屋に響いた。
「本当は後遺症は残っている。だけど」
「それ以上言うな!」
「真実は語りません。誓います。それを言いたかっただけ」
「エミの言ったことは真実です。私が保証します。そして、私も語りません」
「……感謝する」
辺境伯様と、サラさんが頭を下げた。
「でも、だからこそ、治療はすべきよ」
フランソワ様が聖魔法を手に籠める。
「だが、この毒は」
「そうね、普通の聖魔法では無理。でも、私の固有スキルなら」
聖魔法の光が、小さな玉に変化した。ピンポン球くらいかしら。それをサラさんの額に当てると、そのまま体に入っていく。手を額に当てたまま、フランソワ様が目を閉じた。
「……だいぶ奧にあるわね。でも、大丈夫。すぐに治るわ」
「ううっ」
やがて薄汚れた色の煙のようなものが、彼女の口から抜けていった。サラさんは、そのまま座り込んで肩で息をしている。
「回復まではもう数日かかるわ。ずっと毒もあなたの一部分だった。それをなくしたんだもの。少し休んでね」
「ありがとうございます」
先程まで、彼女の顔色はあまり良いとは言えなかった。今は僅かだが、赤みを帯びている。
「ひどい毒だったのね。こんなに苦しそうで」
見ればわかる。だが、ルカスは服の方に目がいってしまった。
「騎士服、あんなにサイズがあっていなかったのに、気が付かないなんてね」
「服なんて、関心がなければ気が付かないわよ」
「服か。それで気がついたと?」
「それもありますが、彼女は洗濯室仲間ですからね。気が付きますよ」
「エミさん……」
そう、彼女は洗濯室の仲間だった。




