34・勇者の訓練服
(第二王子視点)
スヘルデン辺境伯領に来て、すでに10日ほど経っていた。
王城とここの城とは、転移魔法陣で繋がっているから、長い旅をせずとも来れたのはありがたかった。そのまま疲れもなく、仕事にとりかかった。
魔王対策だ。
本当は私の仕事は兄上の補助だ。だが、兄であるカッスール第二王子は、全くやる気がなかった。
挨拶やマウントを取る時だけは先頭に立つくせに、あとは部屋に篭って何をしているんだか。
私に適当な指示を与えて、本人は体力温存とか訳のわからない言い訳で、全てを丸投げするのだ。
手柄は自分のもの、失敗はお前のもの。そういうスタンスで生きてきた者に今更言ってもな。
はあ、めんどい。
辺境伯領に来てまず行ったのは、現状確認。魔王がどのくらい目覚めているのか。
魔物の出現数。被害状況。活動範囲。騎士や冒険者の数、それによって食料や宿の確保など、仕事はキリがなかった。
それ以外に最も重要な任務は、勇者の育成だった。
魔王を眠らせるには、勇者が必要不可欠だ。
王家に伝わる儀式によって勇者は召喚される。
勇者は異世界の人間だ。その時によって、男だったり女だったり。子供の時も老人の時もあった。
今回は、女の子だった。
小柄で子供かと思ったが、15歳と聞いて、皆驚いたものだ。そんな子に戦って欲しいと告げるのは、酷な話だ。
魔王は決して死なない。ただ眠りにつくのだ。
勇者は魔王を眠らせる存在。どうか無事に役割を全うしてほしい。
今日は勇者の様子を見に来ていた。場所は城内の訓練所だ。勇者には剣と魔法の訓練を行ってもらっている。
どう見ても非力そうで、まずは魔法を先に学んでもらっている。
特に生活魔法は必須だ。異世界は魔法がないそうで、可哀想に。
「おはよう、今日の訓練はどうだい?」
「おはようございます、王子」
訓練所に到着して、近くにいた騎士達と挨拶を交わす。
まだ、勇者は来ていないようだ。珍しい。遅れることはないのに。
「あの子は?」
「そうですね、そろそろ来る頃だと思うのですが。ああ、来ました」
彼の視線の先を見ると、勇者が走ってこちらに向かって来るのが目に入った。
近づくにつれ、その顔がこわばっているのがわかる。
「どうかしたのか?」
私も勇者に近づき、声をかけた。勇者は息を荒げたまま、手にしていたものを私に見せてきた。
「これは、訓練用の服か?」
勇者用の訓練服だ。
「これが何か」
「これ、誰が縫ったの?」
服を広げて、背中の部分を見せてきた。
背中にはピンク色の丸いものが縫い付けられていた。その下には何かの刺繍が見て取れる。
私と一緒にそれを覗き込んでいた騎士が、ああと声を上げた。
「繕い物は、ここの洗濯室で行っていますよ」
「それどこ?」
「それが何だと言うんだ?」
「お願い、教えて!」
勇者の勢いに押されて、我々は勇者を洗濯室に案内した。
「おーい、リンド、いるかい?」
騎士が洗濯室のドアを開けて声をかけた。
「ああ、どうしたんだい、急ぎの洗濯かい?」
奥から恰幅のいい中年の女性がやってきた。
その部屋では10人ほどの女性たちが繕い物をしていた。円状に椅子を置いて話しながら作業を行っていたが、我々が来てピタッと黙る。
「いや、勇者様がお聞きしたいことがあるようで」
「あ、あの、これなんだけど」
勇者が訓練服を差し出す。
「これを縫った人に会いたいの」
「ああ、これね」
リンドと呼ばれた女性は、ちょっと待ってねと、部屋の奥にある扉に向かった。
「エミ、お客さんだよ」
「はあーい」
奥の部屋から聞こえてきたのは男性の声だった。
「なあに、リンド。あら?」
扉から現れたのは、黒髪黒目、背は我々くらいか。少し痩せ気味な青年だった。
彼が現れた途端、勇者が駆け出した。そしてエミと呼ばれた青年に抱きついた。
「え、ええ、もしかして」
彼も驚きながら、勇者を抱き止める。
「もしかして、あかり?」
「やっぱり、ひかりちゃんだああ」
「あかりいい」
部屋には抱き合って泣く2人の声が響き渡った。




