33・テオと妖精の師匠
(テオ視点)
今日は店の仕事が早めに片付いたこともあって、本業に勤しむことにした。
親父には悪いが、俺は店仕事よりも、魔道具を作りたいんだよな。超小型マジックバッグの改良もしたいし。
あれ、エミール達にも好評だったし、それにもう少し容量を増やしたいよな。早く完成させて、ルカスとデレクにも送ってやりたいよ。
「でも、エミールはもういないんだ」
先週、領地に訃報が入った。
幼馴染で、学友で、冒険者仲間で。ここガーデン領の領主の息子のエミールが死んだ。婚約者の領地に行って、川に落ちて死んだらしい。
「鈍臭いよな」
エミールらしい最後だった。
で、後継者は弟のラルフになって、婚約者はスライド式でそのままラルフと結婚するらしい。
「はあ、ここにいる意味あんのかな」
エミールが領地のために特産品を作りたいって言うから、一緒にお茶のブレンドもやった。
だけど、その意味ももうない。
冒険者をやったのは、学園の夏休みの時だけだが、大切な思い出だ。
その時の仲間も。
エミール、デレク、ルカス。楽しかった。
そんな風に昔の仲間のことを思い出しながら、作業をしていた時だ。
今日は少し暑くて、窓を開けておいた。
外から何かが入ってきたのが視野に入り、てっきり虫だと思って近くの板を持ったら、
「叩かないで」
と、そいつから声が聞こえてきた。
「え、喋った?」
今まで作業をしていて、碌に前を見ていなかったから、急いで顔を上げた。そこにいたのは、小さな人だった。ただし羽がある、手のひらくらいの小さな生き物。
「もしかして、妖精?」
「当たり〜」
「おおお、すげー」
妖精なんて初めて見た。
そいつは俺の方に飛んできて、軽く頭を下げた。
「こちらテオさんのお宅で合ってます?」
「そう、俺がテオだよ」
「おお、会えてよかったっすわ〜」
妖精が俺の周りをクルクル回った。可愛いな。
「んで、妖精が俺になんか用あるの?」
「へい、わしら、伝言を伝える仕事しているんですわ」
「いきなり現実的だな。んで、俺に伝言?」
「へい、エミールさんからです」
「エミールだって?」
ガバッと勢いよく立ち上がって、身を乗り出す。妖精は驚いたようで、上空に避難していた。
「ごめん。でも、エミールだろ?あいつ、死んだって」
そう、あいつは死んだと聞いた。婚約者の領地に行って、川に落ちて死んだと。
だが、まさか、生きているのか?
「いえいえ、ピンピンしていますよ。彼は元気です」
「そうか、生きているのか。だよなあ、簡単に死なないよなあ」
いや、奴のことだから、簡単に死んでもおかしくないと思っていた。
「エミールごめん、お前なら川に落ちて死んでもおかしくないと思っていた」
「否定できませんなあ」
「だよなあ」
妖精もうんうん、頷いている。哀れだ、エミールが。
「で、エミールからの伝言って、何?」
「あ、そーでした。『私は殺されかけたけど、生きている。でも帰らない。これからガーデン領は、弟が継承する。だが背景にアッコンチ侯爵がついている。早めに逃げたほうがいい』です」
「あ、そういうこと…」
読めてきたぞ。ということは。
「あのバカ弟、エミールを殺そうとしたのか」
そして、エミールの婚約者の親であるアッコンチ侯爵が裏で手を回したと、そういうことか。
「ガーデン領は、もう落ちたな」
終わったな、ここは。
エミールも戻らないのなら、ここにいる必要もない。というか、逃げたほうがいい。
「わかった。伝言ありがとな。俺からもエミールに伝言頼めるか?」
妖精は人差し指を立てて、ちちちと声をあげる。
「わしら、時給制でっせ」
「おお、商人妖精」
ここから俺と妖精の戦いが始まった。
「負けて」
「いやいや」
「あと少し」
「甘いなー」
伝言は、いつ終わるのだろう…
*****
長い、長い戦いだった。
「はあー、にいちゃん、お茶出して。喉渇いたわい」
「ああ、そうだな」
値切りの戦いを、俺はある戦術で終結させた。
なので、勝利のお茶で潤いたい。お茶の支度をしようと立ち上がると、妖精もついてきた。
「エミールが出してくれたお茶が飲みたい。一緒に作ったって言ってた」
「そっか、あいつそんなこと言ってたのか」
思わず笑みを浮かべる。
「すっごく美味しかったでえ〜」
妖精は味を思い出したようで、夢見心地の表情で、クルクル回った。
褒められて悪い気はしないよな。うん。
お茶をカップに入れて、テーブルに置いた。自分の分は大きめのマグカップに入れて、ちびちび飲み始めた。
妖精は魔法で飲む分だけ浮かして、口元に運んでいた。
「やっぱ、仕事の後のお茶は美味しいのう〜」
「そうだな」
「あとは、報酬を受け取って帰るだけやな」
「え?」
妖精の目が光った。
「さっき支払いについては決まったじゃないか」
そう、俺は必殺技を放った。
『支払いは、エミールのツケで』と。妖精も「まあええか」って言ったのに。
だが、妖精は勝ち誇った顔で、ふんぞりのけぞって、言い放つ。
「あんさん、甘いなあ。甘々のケーキみたいや。ええか、わしらがここまで来た報酬はな」
「ま、まさか」
「そうや、エミールが言ったんや。『テオのツケで』ってな!」
「お前もかーっ!」
思わず膝から崩れ落ちる。エミールううううううう。
はっ、ということは。
「ツケ返しは」
「あきませーん」
「そんなああ」
許せねえ、こうなったら絶対エミールに会いに行ってやる。
あ。
「そういえば、そもそも伝言料金っていくらなのか、聞いてないんだけど」
「エミールも聞かなかったわい」
「同類か」
幼馴染だもんな。
「んで、いくらなんだ?俺、これから逃亡生活するから、控えめでお願いしたいんだけど」
「高いよ?」
妖精が光の玉を手に持って、自分の顔を下から照らした。怖いぞ。
「ふっふっふ、よく聞くがいい。夜寝る時に、窓辺にこのお茶をカップに一杯入れて、置いておくのだ。それを、3日で許してやるのだ」
「は?」
「なんだ、これ以上はまけないぞ?」
「そ、それでいいんだ…」
どれだけ高額なものをねだってくるのかと思ったら。どうやら妖精は、このお茶を本当にお気に召したらしい。それなら沢山用意することにしよう。
「あ、茶葉の比率だがな、***と###の量をこのくらい増やしたら、また一段と美味しくなるぞ」
「ええ、なにそれ、マジ、ほんと?」
「わしらを何だと思ってるのだ。毎日花と戯れているプロぞよ」
「へへーっ」
勢いよく土下座した。
そして勢いよく立ち上がり、言われた茶葉を用意して、ブレンドする。
「このままでも、香りが違ってきたのがわかる」
「さあ、入れてみるのだ」
完成したお茶は、絶品だった。
「「うんまー」」
俺は妖精と握手をかわした。ま、俺の指と妖精の両手だが。
「師匠、感謝いたします!」
「おお、弟子よ。これからも精進するのだぞよ」
いつか妖精用のカップを作って、乾杯したいぜ。
*****
気がついたら、朝だった。どうやら途中で寝てしまったようだ。
妖精師匠はいなくなっていた。
あれからエミールのことを詳しく聞いた。
俺からも伝言を頼んだ。
これから、忙しくなる。あいつのところに向かわなくては。
出発は5日後にしよう。その間寝る前にお茶を出さなくてはな。
師匠はエミールへ届ける伝言のためここにはもういないが、報酬は他の妖精が受け取るらしい。
さすが師匠、アニキな妖精だな。
*****
余談だが、テオは生涯、寝る前にお茶を窓辺に置くようになる。それは子孫も受け継ぐこととなった。
時折茶器の横に、花が置いてあって、毎回茶は飲み干されているという。




