15・リナリアと辺境伯の告白
(リナリア視点)
どうやら私は、自分の子どもと間違えられたようだ。確かにそんな人生を送っていたと思われても仕方ない。それほどの時間が経過しているのだから。
そんな夢のような生き方ができていれば。
ふっと、笑いが込み上げる。暗い小屋の中で毎日毎晩恨みと嘆きしか浮かばない、あの暗闇が全てだった私に。そんな人生、違いすぎて笑えてしまう。
ここは、騎士達の取り調べ用の部屋ね。まだ上級の者用のものと思える。清潔なソファを勧められて、そこに座った。
「まず、名前を聞こうか。君の名前は?」
「リナリア・スヘルデン…」
騎士が、はあと、ため息をつく。
「あいつらにそう言えと言われたのか?まったくひでぇ奴らだ」
「いいえ、彼らは優しい方達ですわ。お父様にお会いしたいの。会わせてくださる?」
「父親は、あいつらじゃないのか?」
「私は、リナリア本人だと申し上げております。そうね、魔法でこのような姿になっていると申し上げたほうがわかりやすいのかしら」
「そうか、魔法か」
騎士が納得した表情を浮かべた。単純ね。
だけど、彼がまた考えこんだ。
「だが、証拠がない。何か証明するものはないのか…ああ、それならお嬢様しか存じ上げない質問をすればいいのか」
「何かしら」
「辺境伯様の、弱みは?」
「何聞いとんじゃゴラあ?!」
「おお、その凄み方は、お嬢様に間違いない」
「そんな照会方法やめて」
なんか泣いた。
今、城内は非常に立て込んでいるのだと、騎士は語った。
「ですので、少しお待ちください。辺境伯様にお話ししてきます」
「ありがとう、サムスン」
名前を呼んだら、彼は驚いた表情で私の方を向いた。
「覚えていてくださったのですね」
「当たり前よ」
「…サムソンですが」
「惜しい」
彼はクスッと笑った。
「いつもの、お嬢様ですね」
そうして部屋に護衛を残して、出ていった。
*****
(辺境伯視点)
この世界には、魔王がいる。魔王は時々目覚める。何度も、ふと、目を覚ますのだ。
それは、草を抜いても根を絶っても、いつの間にか種は落ちて、春にしれっと芽を出すのと同じように。
以前魔王が目覚めたのは、300年程前だという。
「俺が生きているときに、起きなくてもいいじゃねえか」
俺はスヘルデン辺境伯。この地を、守らねばならぬ。
生まれた時からこの地は戦場だった。魔物が跋扈し、辺境の民を襲う。時には隣の国の奴らも跋扈する。
優しそうな顔で、仲良くしましょうよと言いながら、裏で舌を出すのだ。
そんな世界の中で、俺は生きてきた。
妻は政略結婚だったが、いい女だ。辺境の地に、俺に、根を下ろしてくれた。
子供は3人いた。長男と長女と次男。長男のエヴラールは後継者として、着々と成長している。
次男のジャックは兄を目指して日々努力している。兄より小さくて、ひ弱だと自分でも言っている。あいつは妻に似て少し小柄だが、それが可愛くていいのだとは本人には言えないが。だが、性格は黒いな。
娘は...リナリアは、隣国へ嫁に行く予定だった。隣国のアッコンチ伯爵領。気に入らん奴らだが、友好関係は必須だった。
内部から改革してやるわよと、娘は豪語していたが。
だが、消えた。
自ら消えたのか、それとも。
何も、何一つわからなかった。
妻にそっくりな顔立ちで、それでいて豪快な辺境らしい元気な娘だ。たくましく生きていればそれでいい。
毎日が今も変わらず戦場だ。そこへ、面倒な話がきたわけだが。
「魔王が目覚めたと」
「はい、王家から連絡がきました」
エブラールが書状をよこす。ひったくるように受け取ると、中身をさっとあらためた。
「魔王目覚めの気配あり。魔物の活性化も確認したと…確かに増えたよな」
本当はわかっていた。
魔物がもっとも多いとされるのがここ辺境だ。そこの管理を任されている我々が知らないわけがなかった。だが、信じたくなかったとも言える。
辺境に魔物が多い理由。それは、魔王が目覚める地が、ここスヘルデン辺境伯領だということだ。
「ということで、王家は勇者召喚の儀をとりおこなったということです」
「勇者様もご苦労なことで」
魔王が目覚めるときに行われる勇者召喚。勇者と呼ばれる者は、特別な魔法を授かり、魔王を眠らせるのだという。
「我々が魔王を殺せれば、もう何にもおきなくなるだろうに」
何年も何年も変わらず人々は想い描くのだろう。
魔王の死を。
だが、それこそ、夢なのだろう。
「で、勇者様はいつこちらに来られると?」
書状にはそこまでの記載はなかった。
「はい、まだ召喚されたばかりと聞き及んでおります。王城で教育の後にこちらで鍛錬されるのではと」
「教育というより、洗脳だろう?王家の都合のいい、良い子ちゃんでいるように」
「はあ」
エヴラールも苦笑いを浮かべる。
「ま、仕方ねえ。とにかく全員に通告だ。魔王復活の兆しありと。そんなことでうちの奴らが慌てるとは思わねえが、しっかりシメておけよ」
「わかってるよ、親父」
返事は息子らしい言葉だった。
そこへ、扉を叩く音が響く。
「どうした?取り込み中だぞ」
エヴラールの返事にゆっくり扉が開く。
「申し訳ございません、実はリナリア様によく似た方が見つかりまして」
「何?」
騎士の報告に思わず立ち上がりそうになる。息子の方は即立ち上がって、騎士と共に部屋を出て行った。
「あいつもまだ、修行が足りないか」
それは、自分も含むがな。
リナリア、生きていたのか。それとも。
気がついたら、肩に力が入っていた。一息、吐き出して、椅子にもたれかかった。
そのまま、机の上に放り投げてあったもう一つの書状を読む。
「アッコンチ侯爵家の娘の婚約者が川に転落。捜索したいから勝手に領地に入るってか。相変わらず最悪な考えの奴らだな」
魔王より最悪なのは、隣んちだよな。こっちは急ぎ捜索に人手を送ってある。あと、勝手に来るんじゃねえよって連絡もしてある。
が。
「多分入ってくるんだろうな。それも大量の騎士団ごとな」
魔物より、人間のほうが、ある意味『魔物』だ。




