109・魔王を忘れないために
少し落ち着いたから、たぬきちをソファの上に座らせて、私もその横に腰掛ける。
「私はどうしてたぬきちのことを忘れたのかしら」
「それは、我が魔王だからだ」
たぬきちの答えを聞いた途端、以前の会話を思い出した。
「そうだわ、そのことを聞いたわね」
「そう、魔王の話は記録に残せない。そして皆、我を忘れる」
「でも、私は思い出せた。それって」
さっき放り投げた、たぬきちの絵を拾い上げる。
「オイラの画力のおかげ?オイラ、画伯?」
ワクワク顔のキムラサンの圧が、ぱない。でもこれ、画力というより。
「もしかして、あかりが持ってきた異世界の道具だから残せたってこと?」
異世界のものには何か力があるのかしら。
「とりあえず今度あかりに頼んでノートを貰いましょう。そこに魔王についてわかっていることを書いておけば、次回の有事に使えるわね」
「そうかもしれんの」
次回か。これからも続くのだろうか。
「ねえ、たぬきちは、何度も魔王としてこの世界に出現しているのよね。具体的に何をするの?」
私の問いに、たぬきちがうーんと考える。なにそのうーんって声。可愛いちいちゃい可愛い。
「……エミから不穏な空気を感じるのだが」
「マスター、煩悩だだもれ」
「はっ、いけないわ。ごめん、たぬきちが可愛すぎて、危険な思想が」
「我、最強のはずなのに、なぜか悪寒がしたぞ」
「めんごめんご」
てへって笑って見せたのに、なぜ二人とも、引く。
「まあ、いいか」
「その何でも適当に終わらせる性格って、いいな」
「たぬきちも参考にしてね」
「未来の魔王に不安を残すようなことは、しないほうがいいぜ、マスター」
キムラサンも、ツッコミ上手になったわね。
たぬきちは、ふうと溜息をついた。
「まあ、いいか。前も話したが、我は呼ばれて出現する。そして事を成して、その後は勇者が我を眠らせるのだ。それを永遠に繰り返す。それが我の役目ぞ」
「長いお仕事なのね」
「うむ」
「ずっと一人なの?」
「そうだな。その役目の時にはそれなりに誰かと関わるが、それだけだ」
「そんな」
ちいちゃいたぬきちが、ボッチでいるのを見たくはないわ。
「でも、いつも勇者がいてくれるぞ」
「勇者?」
「そう、我を眠らせてくれる、勇者」
「それなら勇者とはお友達なのね」
たぬきちが、こてっと首を傾げる。
「うむ、そうかもしれぬ」
「今度あかりを連れてきてもいいかしら」
「勇者に会ったら、すぐに寝てしまうかもしれぬ。そうしたらお役目が果たせぬぞ」
そうだ、そのお役目って。
「たぬきちは、もうすぐ呼ばれてしまうの?」
「うむ、恐らく数日後には」
「私はまた忘れてしまうの?」
「いや、その絵があれば、忘れることはないだろう。だが」
たぬきちは一度躊躇うように、言葉を切った。
「戦いが始まる。我はそなたらを守ることは出来ぬ。エミ、キムラサン、どうか生きていてくれ」




