102・忘れる人々
「我、魔王ぞ」
たぬきちの声が、部屋に響いた。
「じょ、冗談よね、たぬきち」
「冗談ではない。我は魔王ぞ。その証拠に、エミは我に勝てぬであろ?」
「確かに、可愛すぎて勝てない」
うん、否定できない。
「それじゃあ、たぬきち魔王さん、どうして魔王は現れるの?」
「我もよくわからぬ」
私とキムラサンが、ずっこけた。
「「知らんのかい」」
「うむ、これがボケとツッコミというものだな」
なんか楽しそうでよかった。
「んで、たぬきちは、これから何かする予定なの?」
「うむ、我は待っているのだ」
「何を?」
たぬきちがドアのほうを向いた。
「我を呼ぶものが来るのを」
「たぬきちは、呼ばれたら行ってしまうの?」
「うむ、我は行く。そしてすべてが終わったら、勇者が我を眠らせてくれるのだ」
たぬきちの背中が遠くに思えた。いつか行ってしまう。小さな背中。
「とりあえず、呼ばれるまでは、ここに居てくれるんだよね?」
「もちろんだぞ。なあエミ、またお菓子が食べたいぞ」
「あ、今日もお土産があるのよ」
「それを早く言わぬか」
たぬきちがいそいそ振り返って、私の傍にやってきた。
「お菓子くれないと、いたずらしちゃうぞよ」
上目遣いでねだるたぬきちに、撃沈した。
「私、絶対魔王に勝てない」
「うむ、我、最強」
*****
(たぬきち視点)
エミが帰っていった。
キムラサンも家から出た。外にいたほうが落ち着くらしい。それならどうして家を建てたのかとつっこまれそうだな。
うむ、われも大分『ボケとツッコミ』という、人類の神髄を使いこなせるようになったものだ。
我、賢いからな。
もうすぐ奴が目覚める。
その時に我はここから去る。
いつものことだ。
目が覚めて呼ばれて、それからまた眠るだけ。
そして、誰も我のことを覚えてはいない。
そう、今日エミと話したことも。あいつは朝になれば忘れてしまうのだろう。
だが此度は少し切ない。
「こんなに良くしてもらったのは、初めてだからの」
だがもう終わる。
あと少しで、世界が、壊れる。




