最終章 ⑦②
ベルトコンベアーが止まると死体の移動も当然無くなり、僕の身体が縮む事もなかった。
だけど既に手首と足首の皮膚は裂け、肉が抉れ、手首やくるぶしの骨が露わになっていた。
首に巻かれたロープは少し余裕があったのか、擦り傷程度で治っている。けれど縛られている箇所からは、かなりの血が流れ軽い貧血を起こしている感じがした。
けど、先程見た限りでは出血も少し落ち着いて来ているようだった。
自分が今、何処にいて、何故このような目に遭っているのか、僕には理解出来なかった。
少なからず食人仮面の影響だろうという事は気づいていた。そして痛みによって稀に意識を失っている間に見る夢のような物も、意味がわからなかった。
最初は自分が生きて来た人生の走馬灯でも見せられているのかと思ったけど、僕の人生の中でウサギを殺した事等なかった。
なら誰の人生を見せられているというのか。ただ恐怖を、人間のおぞましさを見せつける為だけに、あのような残酷な夢を見せて来るのだろうか。
人間が残酷で野蛮な事くらい、マスターの姿を目の当たりにした僕は嫌という程、思い知らされている。だからといって人間全員が嫌いになるわけじゃない。
そういう狂った人もいるというくらいなものだ。そんな人と関わり合いになりたくないから、僕はあまり深い付き合いはして来なかった。
そのせいで結果的に友達も出来なかったし、例の病気のせいもあり、向こうから僕に近寄って来る人なんていなかった。それがどういう縁かわからないけど今の僕には重美さんという世界で1番大切な女性がいる。
口は悪いし暴力的だけど、それも魅力の1つと思える程、僕は彼女が大好きだった。だから出来るなら重美さんを悲しませる事はしたくはなかった。
だからこの世界があの埋められた穴の世界だとしたら、一刻も早く抜け出したかった。とはいえ考えたくないけど既に穴は塞がれているという現実がある。
そのせいでどう頑張っても2度と元いた世界へ戻る事は不可能なのかも知れない。けれど食人仮面の干渉によってきっとここまで連れて来られたのだから、考えようによっては戻れないとも言えなくはない気はしていた。
けど方法がわからなかった。だから今、僕がやらなければならない事はこのロープから逃れる事だった。その方法は思いつかないけどもし出来たなら直ぐにでもベルトコンベアーに乗るしか方法が思いつかない。
その先に何が待っているかなんてわからないけど、出口らしき扉も穴もないのだから、ベルトコンベアーに賭けるしか無かった。
それが上手く行くかは見当もつかない。けど、それしかないのだから、そうするしかない。だから次にベルトコンベアーが動き出すまで何とかしてこのロープから逃れたかった。
……塾の帰りに必ず寄り道をするのは、日課というか僕のルーティンとなっていた。塾に通うようになったのは小6からで、今年で3年目になる。
その3年の間、僕は1度だけ人が殺される事件を目の当たりにした。小6の冬の事だ。
その日は午後から降り出した雪のせいで塾に行かなくても良いと思ったのに、お母さんが連絡をすると休みにはならないと言われたせいで、嫌々行く事になった。
そんな気持ちだから勉強も身に入らず、中学受験をするわけでもないのに、どうして塾になんて通わなきゃいけないんだと、馬鹿らしく思えて苛ついていた。だから具合が悪いからと早退したその帰り道、大粒の雪が降る中、僕はカラオケボックスの裏で口論をしている若いカップルを見かけたのだった。
激しく言い合う2人が何故か面白く思えて柱の陰に隠れてしばらくの間、見ていた。それからしばらく経った時、男の方がナイフを取り出し女を滅多刺しにした。
返り血を浴びた男の方はその血を拭う事もなく、僕が隠れている側を駆けて行った。僕は柱の陰から出て刺された女の側へ行ってみた。
その時には既に女は息をしていなかった。見開いた目に雪が積もって行く。血に染まった雪がとても綺麗だった。警察には電話するつもりはなかった。
男にはあのウサギを殺した中3の女のように捕まってほしくなかったからだ。僕は目に焼き付けるように女の死体を眺めた後、家に帰った。
そしてその夜、僕は死体の女の夢を見た。夢の中でも女は血塗れで死んでいた。見開いた目に積もった雪がゆっくりと血に染まっていく。顔は綺麗だったのに血に染まる事が不思議でならなかった。
その死体をただ眺める僕はずっと笑っていた。目が覚めた時、生まれて初めて夢精をしていた事に気がついた。その時、僕は自分は死体が好きなんだと思った。
血を流しながら死んで行く人間が好きなんだと気づいた。ウサギとは比べ物にならない程、人間が死んで行く姿は美しいと思った。理不尽に殺害される人間こそがこの世の中で一番綺麗なんだなと思った。
だから僕は興奮し夢精したのだ。それからというもの、エッチな写真ではチンコは勃たなくなってしまった。勃つ時は決まって血塗れの死体を思い浮かべた時だけだった。それが僕だった。
それから2年の間、僕は塾の帰りにはその殺害現場へ足を運ぶ事がルーティンになっていた。
そこで僕はあの殺された女を思い出しズボンのチャックを開きチンコを取り出してシコった。
射精までは数秒もかからなかった。だから誰かに見られる心配もなかった。そこまで興奮するのは未だに殺人犯の男が捕まっていない事も関係しているのかも知れなかった。
僕にとっては理想な男だった。全国に指名手配され、尚且つ名前も顔もバレているのにそれでも捕まっていないのだから尊敬以外なかった。
僕はズボンの中にチンコをしまいながらいつか僕もあの男のようになりたいと思った。その日が訪れるまでそう長くない事に気付かぬまま、僕はその場を後にした……
激痛で目が覚めた時、僕の手足は完全に千切られた後だった。僕は首に巻かれたロープのみで辛うじて宙に浮いている感じだったが、絞めつけが強く息苦しくて逃れようともがいた。
が、両手を失っている為、どうする事も出来なかった。その間もスプリンクラーのように噴き出す血のせいで僕はあっという間に意識を失ったと同時に首に巻かれたロープが外され死体の山へと放り出された。
その衝撃で再び意識が戻ると僕は苦痛に耐えきれず喉が裂ける程の悲鳴をあげた。だが死体の山にあって僕を助けてくれる者などいる訳もなく、ただベルトコンベアーに乗せられる順番を待つ事しか出来なかった。
このような形でこの世界から抜け出せたとしても、重美さんを悲しませるだけだ。それならこのまま死んだ方がマシだと思った。薄れゆく意識の中で僕は死体の山の上で初めて側にある死体の顔を見た。
吊るされていた時は距離が遠くて認識出来なかったが、いざ死体を目の当たりにした僕は狼狽えた。ここに山積みにされた死体の全てが僕と同じ顔をしていたからだ。
男女問わず、死体は僕だった。年老いた僕に若い僕、女性や老婆の僕に子供の僕と赤ん坊の僕。沢山の僕だらけだった。
驚いている間に再びベルトコンベアーが動き出し、僕以外の僕の死体がベルトコンベアーに乗せられて行く。僕の順番が来てベルトコンベアーで運ばれていった僕は、しばらくしてから空中へ浮き上がっていった。
手足を失った達磨の身体の僕が宙を舞い上がる。その先で僕を待ち受けていたのは巻男だった。
僕はその他の僕と同じように、僕ばかり並んだ列に並ばされた。そして巻男の指示によって闇の中へと向かって進んで行った……




