最終章 ⑦③
僕はあの世界の中で殺された。それが食人仮面の手によってのものなのか、それとも他の者、つまり巻男の力によるものなのか僕にはわからなかった。確実に言える事は僕は食人仮面の干渉に遭い、あちらの世界へ飛ばされたという事だ。その結果、不運にもあのような悲惨な目に遭った。
そして山ほどの死体は、気づけば全て僕自身だった。死んだ幾つもの僕だった。その中に両手足を失った僕は捨てられた挙句、巻男の手により穴の上へと引き上げられた。
その世界は1度見た事があり、その時の僕はただの傍観者に過ぎなかった。だけど今回は違っていた。僕が見た死者達の整列、いや、まるで死者が死者の為の葬儀に参列しているかのような団体の中に多くの僕と共に並ばされた。
その僕の葬列団は幾つもの列があり、それぞれ違った方向へと進み、やがて消えて行った。当然、僕もその中の一団の中にいたのだけど、その僕がどうやって元の世界へ帰って来れたのか、それはわからなかった。
巻男のサービスなのか、最初から決められていた約束事だったのかわからないけど、それでもこうして再び見た事のある景色の中にいるというのは心を落ち着かせてくれた。
天井の蛍光灯の明かりが少し眩しい事も、不思議と不愉快ではなく、むしろ笑みが溢れてしまう程だった。ベッドの側にはカーテンが引かれてあり、よくわからない計器が音を鳴らしている。
鼻には二又に別れたチューブが押し込まれており、そこから酸素が送られているようだった。伸ばした腕には点滴が突き刺さっている。
それらを見て、僕は帰ってこれたんだと思った。自力ではなかったけれどどうにかこうにか僕は重美さんのいる世界、僕が育った世界に戻って来れたのだ。
目を開けた僕の側にはベッドに顔をうつ伏せ眠っている重美さんの姿があった。きっと泊まり込みで看病してくれていたのだと思う。
自分の睡眠を削ってまで僕が蘇生する事を信じていてくれたのだろう。握られた手がそう僕に訴えて来ていた。
これほど幸せな男が世の中にいるだろうか。
きっといない。そう思う反面、2度と心配はかけたくないと思った。僕は力の入らない腕を必死に持ち上げ重美さんの頭の上に置き、ぎこちない動きで撫でた。
「ありがとう」
僕が再びこっちに戻れたのはきっと重美さんが僕が帰って来る事を1ミリも疑わなかったからだと思う。
その気持ちはブレる事なく真っ直ぐ僕へと届けられたのだ。だから僕はあのような目に遭っても、こうして戻って来れたに違いない。
重美さんが目覚めたのはそれからしばらくしての事だった。僕の顔を覗き込んだ重美さんは驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべ直ぐ様ナースコールのボタンを押した。
直ちに看護師が現れ、僕の意識を確認し始めた。言葉が上手く話せなかったせいで、頷きと首を振る事で意思を示した。
それから2週間程は点滴と流動食で体力の回復に努めた。少しばかり話せるようになった僕は重美さんに寿司が食べたいだとかクレープが食べたいだのワガママを言ったが、その都度、重美さんは
「調子のんな」と笑いながらいい、軽く肩パンした。
自力で立ち上がれるようにはなったのは1ヶ月を過ぎてからだった。どうやら僕は相当、衰弱していたようだ。そのような身体を改めて見るとゾッとした。
肋骨は浮き上がり、脂肪は削げ皮と骨だけだった。そんな僕を見た重美さんが
「やっぱチンコもガリガリになってる?」
とニヤニヤしながら聞くものだから、
「確認したでしょ?」
と返すと
「大魚が戻って来てくれた」
と股間に手を添えた。
「元気になったら、全力で潰しにかかるからね」
なんて冗談まで口にした。
「ガッチガチになるから潰せやしませんよ」
と返した。
そんな気概があっても元通りのようになるには更に時間がかかった。結局、8ヶ月の入院を経て僕は無事に退院する事が出来た。
それでも食人仮面の手によりあちらの世界に行く前の身体には程遠かった。
身体が中々、回復しないのは1度死者となってしまったからじゃないのか?という疑問を重美さんにぶつけたら、だとしても大事なのは生きているって事だからと言われ思わず泣きそうになった。
「元のように身体が回復したらこの傷も治るわよ」
重美さんは僕の身体に出来た傷に触れながらそのように言った。傷とは首と手首、足首に出来たみみず腫れのような痕の事だった。一見、内出血しているようにみえるが、そうじゃないらしい。
この傷は明らかにあちらの世界で吊るされていた事で出来た傷で間違いなかった。皮膚が削げ肉が抉られても尚、ロープが解ける事はなかった為に出来たあの傷だ。それはある意味僕があちらの世界にいたという証拠でもあった。
同棲している重美さんの部屋に戻った時、僕は改めてあちらの世界で見てきた事を、ゆっくりと話して行った。そこで見た僕だらけの死体の山と、見た夢の事を話した。
「ひょっとしたら、その大魚の死体って前世の大魚だったりして」
「あぁ。なるほど。それなら見た夢も僕が知らない僕である理屈にはなりますよね」
「だよね」
「でももしそうなら僕はウサギを殺して殺人現場でシコるような男だったって事になるんですよ?」
「最悪過ぎるだろ」
「本当ですよ。仮にそれが僕の前世であったなら、あの後、きっと殺人に手を染める筈です。それくらいイカれた僕でした」
「でもそれはあくまでも一例だよね?理屈で言えば大魚の死体が山ほどあったわけだからその数の分だけの過去もあるってわけよね?でもその過去の夢は見ていない。という事はすでに見たものか、見る必要のない大魚の歴史のどちらかって事じゃないの?」
「あぁ。そうとも取れますね。けどそれならどうしてあんな最悪なものを見せて来たのだろう?」
「生き方を改めさせる、とか?」
「僕は至って真面目だし、人を貶したり殺害するような男じゃありませんよ」
「そうだね、なら、こう考えるのはどうかしら?」
「それは?」
「大魚は過去世の過ちによって食人仮面から干渉された」
「つまりその過ちが今を生きる僕の中に負の思念となって存在していたって事ですか?」
「うん。だから干渉された。そういう私も僅かだけど食人仮面から干渉を受けたわけだから少なくとも過去世では何らかの罪を犯していたのかも知れない」
「その罪によって生まれた負の思念の記憶が重美さんの奥深い場所で息づいていた為に食人仮面という架空の怪物の名前が口をついて出てしまった。単なる偶然にも関わらず、名前を得た怪物はそのお陰で実態を得る事となり、結果的に僕達2人の負の思念に誘われるようにこちら側の世界へと来てしまった」
「多分ね。けどそれは何も私達だけに限った事じゃないと思う。マスターや草間さん達も、知らずの内に呼び寄せる力となっていたのだと思う。人ってさ。どうしたってネガティブな事を考える時はあるし、見ず知らずの他人に対して、偉そうだとか肩がぶつかっただとか、ほんの些細なことで相手が生きている事が許せなくなったりするよね?口には出さなくても死ねよって思ったりするじゃない?そう言う気持ちって無くなる事はなくて、心か魂にずっと蓄積され続けているのかも。だから負の思念の権化であるような食人仮面が現れた。それは私達や私達以外の人達が何世代にも渡って溜め込んで来たのよ。その最たる物があの穴だった。大魚が見たと言うマスターの一族の歴史によれば大空襲により焼け野原になった東京には多くの死者が出た。その死者が埋められた穴が「喫茶 じくう」の真下にあった。大空襲に遭って亡くなった人達はさぞ悔しかっただろうし、憎くかった筈よね。そのような強い思念が溜まっている場所にいたら、私達の過去世の負の思念だって刺激されるよ。だから負の思念をエネルギーとする食人仮面がこちらの世界へと現れたんだと思う」
「だとしたら、僕はろくでもない負の思念を抱えていたって事になりますよ。だって殺人を見て興奮するような過去世の自分なら、ろくな死に方はしていないだろうし、それにその他の過去にもイカれた僕がいないとは限らない。正直、今の時点でショックですし立ち直れませんよ。それに仮に輪廻転生があるとするなら、あの死体の数を考えるとどれだけ僕は死んで生まれ変わって来たんだよって事になりません?」
「そうね。その度に人を殺して来たのだとしたら、最悪以外のなにものでもないよ」
「でしょ?だから過去世なんて知りたくもないですし僕が見た夢のようなものはただの幻想であり食人仮面がみせたまやかしだと思いたいです」
思いたいという事は、きっと僕がして来た事に違いないと何処かで感じているからこそ出た言葉だった。恐らく重美さんもそう思っている筈だ。
「そうね。罪は罪として私達は背負って生きていかないといけないのだろうね。今いる境遇とかさ。そういうのが過去にして来た罰だとしたら、受け入れて生きるしかない。その点で言えばさ、私達はラッキーかもよ?」
「どこがですか」
「罪があるって知れた事がよ。そりゃ過去世にした事なんて憶えてるわけないから、冗談じゃないって思うけど、自分の生きて来た人生の中でどうにも上手くいかない事ってあったじゃない?それは全て過去世の業だと思えばさ。今、生きている中で頑張って克服しようって思えるじゃない?」
「例えば僕達が持っている特殊な病気とかですか?」
「うん。それもある。大魚は他人に良い事をすれば嘔吐してしまう。それは過去世で平気で命を奪う大魚からしたら、良い事なんて反吐が出る程嫌な筈よ。だから大魚は人助けをしたり良い事をしたら、吐いちゃうんじゃないかしら。反対に私は身体がとんでもなく重くなる。これの理由はわからない。不摂生してたとか?他人の物を奪い続けて私腹を肥やしていたとか?過去の自分はわからないから微妙な感じはするけど、でも人助けとかしたら病気が出ちゃうから今まではそれを恐れて人助けなんてまともにして来なかったじゃない?」
「はい。思わず助けてしまったって時以外は、極力、人助けしようなんて思わなかったし、避けていました」
「私も。けど、その変な病気が過去の自分の過ちのせいだとしたらどうする?やらずにいる?それとも克服する為に困っている人がいたら手助けしてあげる?」
「手助けした方が、過去の過ちを少しでも解消出来そうな気がする、かな」
「そうよね。私も大魚と同じ」
「うん」
「だから今から私は積極的に人助けしようと思う」
重美さんはいい、素早い動きで僕のパンツの中に手を突っ込んだ。ちんこを掴む
「これも人助けよね?」
「いえ、これは単なる性欲であって重美さんが欲情してるだけです。だから人助けになりません」
「つまり過去の私の過ちは少しも解消されないって事?」
「当然じゃないですか」
重美さんの手の平の中で硬くなりつつあるちんこを弄られ、あっという間に勃起した僕は自慢げにそう言った。
「ほら。欲情の塊になっちゃったじゃないですか」
「おかしいなぁ。大魚はしばらく抜いてないから、人助けになると思ったの……」
そこまで言った途端、何かが破れるような凄い音と共に、僕の目の前から一瞬にして重美さんが消えた。と同時にちんこが下へと引っ張られズボンがずり落ち、ちんこが顔を覗かせると同時に激しい痛みを覚えた。
前屈みになるとそこには僕の勃起したちんこを掴んだままの重美さんがいた。どうやら体重が異常に重くなる病気が発動したらしく重美さんは床下に身体の半分を沈ませ少し表情を引き攣らせながら僕を見上げていた。
「やっぱり、これだって人助けだったじゃん!」
そう言う重美さんに僕は、痛いからちんこから手を離してください!と必死にお願いするばかりだった。
「ごめん。重さの解除の仕方、忘れちゃった」
「ぼ、暴言を吐けば良いんです!暴言を!」
「あ、そっか。そうだった。わかった。大魚ありがとう」
重美さんはいい、
「この早漏野朗がぁぁぁぁ!」
と、胸が痛むほど本当の事を言われ、僕はただただ
今後は頑張ります!と返すのが精一杯だった。
それを聞いた重美さんはちんこを掴んだまま床下から上がって来た。そして僕に抱きつき、
「そう言える大魚が大好き」
と言って僕の唇をそっと舌舐めずりした。
そんな重美さんに対し、僕はもうこれ以上、我慢が出来ません!と叫び、まだ体力の戻っていない身体で重美さんを必死に抱き上げふらつきながら何とか寝室へと向かって行った。
ベッドに倒れ込んだ僕はこれから互いを含めて、助けるという事を生きる目標としようと思った。
おこがましいと言われても構わない。それが全ての、過去の清算になり、これから生きる上での解決への道なような気がしてならなかったからだ。
僕は目の前にいる重美さんを抱きしめた。
そして重美さんにウザがられるまで大好きと言い続けた。
了




