最終章 ⑦⓪
……スコップとバケツを独り占めして自分だけ砂場で遊ぶなんて、あんな奴いなくなればいい。自分のいう事を聞かない奴には先生の見えない所でつねったり足を踏んだり背中を殴ったりして自分に従わせる。
そいつが今日も砂場の王様を気取って独り占めしている。従う奴等は砂場の外から「〇〇君、凄いよ」なんて言葉をかける。
褒められると直ぐに調子に乗る奴だから、周りの奴は皆んなあいつを褒める。そして又、調子に乗る。1番気に入った褒め言葉を言った奴だけ砂場に入る事を許される。
先生も砂場を占領しているあいつに対して、叱りはするものの、他の園児らがあいつからの仕返しを恐れて他の遊びに夢中になっているフリをする。
僕はあいつがバケツに砂を詰めてひっくり返して作った幾つもの城というものに近づき、次から次へとそれを踏み潰した。
怒ったあいつは僕を突き飛ばした。僕は突き飛ばされたせいで砂場から追い出されるように尻餅をついた。僕に向かって何かを言っているけど良く聞こえなかった。
「何すんだよ」
あいつが文句を言って来た。僕は黙ってあいつを睨みつけた。あいつがスコップを振り上げるマネをした。その動きに反応した僕の身体はピクっと動いた。
「ビビってやんの」
お昼寝の時、僕はあいつに跨り、首を絞めた。力一杯首を絞めた。けど、身体の大きいあいつが手足をバタバタさせたせいで隣のヤツが目を覚ました。先生達もやって来てあいつから僕を引き離した。
「死ね」
あいつに向かって言った言葉に1人の先生が反応し、僕の前にしゃがんで僕を叱った。けどあいつに謝るようには言わなかった。そして小さな声で言った。
「皆んなそう思ってる。思ってるから安心して。思われた方は直ぐにとはいかないけど、思ったようになってしまうから」
それが本当の事になったのは卒園式が終わって直ぐの事だった。アイツは調子に乗って1人駆け出した。先生や親からも注意されているのに、それを無視して駆けていった。
突然、路地から飛び出して来た自転車に横からぶつかられ、吹っ飛んで塀に頭をぶつけて動かなくなった。自転車に乗っていた人はあいつを見もせず、その場から逃げて行った。
あいつはそれが原因で死んだ。先生の言う通りだった。皆んなが思えば思ったようになるんだ。小学生になってからも自転車に乗ってあいつを跳ねてくれた人は捕まっていない。良かったと思った……
1つの記憶が蘇る度、僕の胸に突き刺さった錆びたネジのような物が1人でに勝手にぐるぐると回り、僕の身体の中へと捩じ込まれてくる。
痛みは酷く僕は激しく頭を振りながら悲鳴を上げた。だが助けてくれる者は1人もいなかった。
捩じ込まれた胸から、目眩がするほどの血液が流れ出してくる。何かを思い出す度に、この罰のような事を受け無ければならないのなら、後、1、2回もすれば僕は死ぬに違いないと思った。
回っていたネジが止まって初めて僕は自分の置かれている状況をある程度把握する事が出来た。僕は遥か遠くにある天井から吊されていた。
首には太いロープが巻かれてあり、僕の手足と身体にもロープが巻きつけられており、それは何処かに結ばれていた。大の字の状態の僕の身体の手足や首は異様な程、長く伸び、萎びれ、皮膚はカサカサに渇いていた。
そんな僕の周りには捨てられてマネキンのような人達が山積みにされている。側にはベルトコンベアーが動いていて、1人、又、1人とゆっくりとだが、見えない紐に吊り上げられるようにベルトコンベアーに乗せられ何処かへ送られて行った。
その人達は明らかに死んでいた。瞬きすらしていなかった。当然、呼吸も止まっている。男女の区別なく、1人が運ばれたら、しばらくして又、1人が運ばれて行く。その繰り返しだった。それを見ていると、胸に打ちつけられたネジが再び周り始めた。激痛により、身体が跳ねるように反り返り、そして脱力する。きっと新たな事を思い出すに違いなかった。
……ウサギが美味しいものだと知ったのは、海外へ移住し猟師として生きるお爺さんの特集をTVで見てからだった。そのお爺さんは山の中に掘立て小屋を建て、そこで生活している。
食べ物と言えば山菜や木の実、そして野ウサギやイノシシなどだった。一度だけクマを倒した事があるのがお爺さんの自慢で野生のクマの脳みそは世界一美味いと笑いながら言っていた。
そんな猟師のお爺さんの主食となるのがもっぱら野ウサギだった。お爺さんの暮らす山には特に野ウサギが多いらしかった。天敵となるキツネや鷲などの数が少ないせいで野ウサギが増え続けているらしい。
お爺さんはそれらの肉を街へ売りに行き、売ったお金で散弾銃やライフルの弾を買ったりした。そのお爺さんが獲ったばかりのウサギを解体するのをみて、僕は人間もウサギのように綺麗に皮が剥がれるのかな?と子供ながらに思った。
そして腹を裂いてお爺さんはウサギの心臓を取り出し生姜醤油につけ生のままで食べた。クマの脳みそと同じくらいに美味いんだとお爺さんはカメラに向かって盛大に笑い返した。
それを見てから僕は毎日ウサギの事ばかり考えるようになった。ウサギの心臓を食べてみたい。食べるときっとあのお爺さんのように大人になったらクマを殺せるほど強くなれると思った。
だから僕は飼育係になりたかった。けど、まだ低学年だったからなれなかった。飼育係になるには6年生にならないと出来ないらしい。それまでまだ5年間もあるし、待てる自信がなかった。
だから1匹だけ、貰おうと思った。夜中に小学校に忍び込んでウサギを盗む。簡単そうに思えたけど、そう上手くはいかなかった。
忍び込む場所、警備員さんが見回りしない時間帯、ウサギ小屋を開ける為の道具、そして何よりウサギの殺し方を僕は知らなかった。皆んなが思えば、いつかそうなると幼稚園の先生が教えてくれて本当にそうなったけど、ウサギはあいつみたいに皆んなから嫌われていない。
だからウサギに死んで欲しいと思う人はきっと僕くらいのものだ。だから思っても1人分の思いだからきっと僕が小学校を卒業してもきっと生きていると思う。
ならやっぱり自分の手でウサギを死なせるしかないと思った。心臓は食べるから胸付近を刺して死なせるわけにはいかない。ウサギ小屋の鍵は開けられないから金網を破ってウサギを捕まえるしかない。
そう考えるとウサギを死なせるにはハサミが1番だと思った。フェンスを切り、ウサギを盗む。ウサギの首を切れば死なせる事が出来ると思った。1つの物で色々出来るハサミはとっても凄い道具だと思った。だから僕は用務員のおじさんの隙を狙って黒々とした園芸ハサミを盗んだ。
そしてウサギの心臓を食べる為に深夜学校に忍び込み、小さなライトを使ってウサギ小屋に向かった。フェンスをハサミで切って、ウサギを手招きする。
近寄って来なかった場合を考えて小さな人参を持って正解だった。1匹、金網の側まで近寄って来た。金網を切って出来た穴から手を入れ、人参を一生懸命に齧っているウサギの耳を捕まえそのまま地面に押し付けた。
握っていたハサミを振り上げウサギの首に突き刺した。ウサギの暴れる力が弱まると僕は刺した事で出来た傷口にハサミを喉を切った。
動かなくなったのを見て僕はウサギを引きずり出した。ゴミ袋に入れナップサックに押し込んだ。それを背負うと一気に駆け出した。どれだけ走って逃げて来たか自分でも良くわからなかった。
ただ息切れがして走れなくなったから街頭のある電柱の側に座って呼吸が整うのを待った。ウサギの死体を家に持って帰る訳にはいかないから、その場で皮をはいで心臓を食べようと思った。
ナップサックの中には紙皿に生姜と醤油が入れてある。あのお爺さんと同じ食べ方でウサギの心臓を食べたかった。
ウサギの皮は上手く剥がせなかったから、諦めて心臓を切り取った。手の平に乗せてみるととても小さくて少し可哀想だなと思った。
けどそれも一瞬の事だった。紙皿に生姜と醤油を入れて箸でかき混ぜた。ウサギの心臓をつけ口の中に入れた。
コリコリとした食感だったけど、言うほど美味しいとは思えなかった。けどこれで僕も強くなれる。僕はウサギの死骸を再びゴミ袋にいれた。
その場を散らかした全てを片付けてから家に戻る事にした。途中、橋の上からウサギの死骸が入ったゴミ袋を投げ捨てた。この川が何処まで続いているのかわからないけど運ががよければ海まで……と考えた所で笑ってしまった。だって運が良ければこいつは死んでいない。だから本当に運が良いのはもう1匹のウサギの方だ。
もしウサギの心臓が美味しければもう1匹も殺して食べようと思っていたけど、それは一旦止めにする。だから気が変われば僕はもう1匹も殺すつもりでいた。けど今はそんな気分にはならなかった。
とにかく早く家に帰って寝ないと明日の朝、起きて学校に行けなくなる。それは絶対にやっちゃいけない事だった。だ
って朝からウサギがいない事に飼育係が気づけば大騒ぎになるからだ。おまけに金網は破かれ小屋の周りは血だらけなのだ。
大騒ぎしない理由など何処にもなかった。僕はそんな生徒達を、先生達を見たかった。だから早く帰って寝なくちゃいけなかった……




