第一章 ⑦
「お前、モグラのくせに身体が異常にでけぇよな」
4杯おかわりし、ようやくビーフシチュー似を食べ終えた重美さんがこっちまで引くような事を言ったせいで僕は思わず咽せてしまった。咳き込む僕を他所に重美さんは続ける。
「モグラってさ。目は見えないんじゃなかったっけ?確かそうだよ?大魚くん?」
マジかよこの女!暖もとれ食事もご馳走になった相手に対して、食い終わると同時にその口調は何なんだ!豹変し過ぎだろ!おまけに僕まで同じ事を思ってるような言い方、やめて!ここは全力で無視だ。聞こえない振りで無視を決めよう。あのような、言い方の後だから、絶対にガチで仲間と思われたくねぇ。ていうか重美さん、このわけのわからない世界に来てから、キャラ崩壊し始めてないか?上司の電話に向かって頭を下げ続けた姿が印象に残っているから、より、違和感があった。実は今の姿が本当の重美さんだったりして。あり得ねぇ。仮にもし、再び寒さで抱き合って眠る事になったら、絶対ちんこが引きちぎられるだろ!
「あれ?大魚」
はい。呼び捨てに変わりましたよ。
「ひょっとしてさぁ。私の事、無視してる?」
「え?何ですか?」
「白々しいなテメー」
終わった。完全に重美さんの人格が崩壊した。
いや、自分が、勝手に重美さんのイメージを作り上げて、これが重美さんなんだと思い込んでたっのはあるけど、それを差し引いても、やっぱり変わり過ぎだ。今の重美さんはもろヤンキーじゃねぇか。
「あ、いや、マジですって。ちょっと別な事考えてたので。すいません」
「私とヤル事考えてだろ?」
僕は全力で頭と手を横に振りまくった。その振りが余りに早いので重美さんやモグラには、その残像で千手観音のように見えたに違いない。
「ま、私、歳下好きだし、それに大魚は中々タイプだからそうなっても全然良いんだけどさ」
重美さんの言葉に思わず顔が熱った。そうなると当然、若い男としては、その、あれだ。ムクッとなるわけだ。
わかるよね?わかるでしょ?わかるよなぁぁ。つか歳の事は聞かれなかったから言わなかったけど、何で歳下ってわかった?
「あ、赤くなってんじゃねぇよ」
重美さんはいい、モグラに一連の事を話しだした。
「羨ましい限りじゃな。ワシなんか最後にチンコが勃ったのはいつだったのかさえ、覚えとらん」
モグラが言うと重美さんはゲラゲラと笑い、ウケるぅ〜なんて言いやがった!
「ま、モグ。色っぽいモグラの女でも見たら勃つだろうよ。けど、いざその時に駄目だったなんて事にならない為に日頃からよくシコってチンコが勃つ訓練はしとけな」
「シコる?なんじゃそれは」
重美さんが片手をあげ輪を作る。それを上下に動かせて見せた。
それでもモグラにはわからなかったようで、仕方ないなぁとボヤきながら重美さんはモグラの側へ行った。モグラの手を取り、チンコのある場所にあてる。
「チンコ出してみ?」
「出ん」
「何でよ」
「何でって言われたらそりゃ興奮しとらんからじゃ」
「興奮しろ」
「無理じゃ」
「ならほじくり出せ」
重美さんはいい、モグラの手をチンコがあるであろう場所へ押し付けた。
「ここらだろ?」
「そうじゃな。じゃけどチンコちゅうのは自然に勃つもんじゃ。ほじくり出すもんじゃない」
モグラの言葉にがっくりと項垂れた重美さん。
「ま、とにかく頑張れ」
言った後で僕をみて言った。
「大魚は人間で良かったな。年がら年中、暇さえあればチンコ弄れるもんな」
まぁ。それは間違いじゃないけど、そんな頻繁にチンコを弄る奴の方が珍しいだろ。
重美さんは自分の席に戻ると改めてモグラに尋ねた。
「さっきも言ったけどさ。モグは目が見えないんだよね?」
「見えんわけじゃない。少しは見える。じゃが殆ど見えん」
「どっちだよ!」
重美さんがツッコミんだ。
「まぁ。どちらかといえば見えんと言って差し支えはないじゃろ」
「へぇ。そうなんだね。けどちょい見えるなんて知らなかったよ。な?大魚?」
「はい。知らなかったです」
「つかさぁ。目流れで気づいたんだけど、モグの目って何処にあるの?」
「体毛の中に隠れとる。穴を掘ったりするから土が目に入らんように体毛で守っておるんじゃ」
重美さんはモグラの目、それ自体に興味は無さそうだった。わざわざその目を見ようとモグラの側に向かう事もしなかった。恐らく、目の話に飽きたに違いない。
「モグちゃんさ」
モグラは僕達が使った食器類を樽の中の水を使い洗っていた。
「名前ってあんの?」
「当然じゃろが。誰だって名前くらいある。おのれ等がモグラモグラって呼ぶから何の事かようわからんかったが、おのれ等がワシをモグラという名前で識別出来とるなら、一々名前をいう必要もないと思って言わなかっただけじゃ」
「ふぅ〜ん。そうなんだ」
モグラはいい、キッチンの側に備え付けてあるペーパーで手を拭いた。
「名前教えてよ」
「何でじゃ」
「そっちの方が親しみやすいからに決まってんじゃん。それにそこの大魚は知らないけど、私はモグちゃんに助けて貰った事に感謝してる。だからもしこの先、私が知っている元々いた世界に戻れて、又ここに来られた時お礼をしたいしさ。その時、名前を知らなかったら何か申し訳ないじゃん。ね?」
「いや僕だって感謝してますから」
僕の返事を無視し重美さんはモグラから視線を外さない。モグラはソファへ行き座って腕組みをした。
名前を言うべきかどうか悩んでいるのだろうか。
ひょっとしたら、この世界にあっては名前というものは、簡単に漏らしてはならない重要な問題なのかも知れない。
僕と重美さんはモグラを見ながらその返答を待った。やっぱり教えられないとなったらきっと重美さんはガッカリするだろうな。
「鳩三郎じゃ」
「鳩サブレってw」
「重美さん!」
流石に名前を茶化すのはいけないと思い注意した。けど鳩三郎という名前を聞いた僕は日本人みたいな名前なんだなと思った。そしてその後直ぐに僕はある事を思った。
今僕達がいる場所は、ひょっとして日本の何処かではないのか?という事だ。
それが証拠に名前からして明らかにモグラは日本人の名前がつけられている。それも現代ではなく、ずっと昔の人のような名前をだ。
つまり僕と重美さんは何等かの弾みで、現代からかなり過去へと転送されたのかも知れなかった。
そう考えればモグラの名前が鳩三郎であるのも納得が行く。きっとそうだと無意識に頷いていると、モグラと目があった。
「あ」
「何?」
「いえ、何でもないです」
重美さんは僕が何か隠していると考えたのか、少しムッとしているようだった。
今思っていた事をいったりしたら、きっと重美さんにぶん殴られたかも知れない。
寸前で間違いに気づいて良かった。
幾らこの場所が過去な日本だとしても、そもそも人間より大きなモグラなんている筈ないし、それに人の言葉を話すなんてもっとあり得ない。
つまりここは、僕がちょっとだけ期待した随分昔の日本なんかじゃないと言う事だ。期待したのは日本と分かればこの先言葉で苦労する必要はないからだ。そうなれば必然的に考える事は1つになる。現代への戻り方だ。
だが、ここは遠い過去の日本なんかじゃない。どんな理由か知らないけど、何故か僕達は全く次元の違う世界へ飛ばされて来たという事だ。
けど、それを今考えても仕方がなかった。とりあえずは鳩三郎が良い人で、いや良いモグラで僕達と問題なく会話出来る事に、先ずは感謝しなくてはならなかった。
「冗談よ、冗談。ごめんね。鳩三郎」
いきなり呼び捨てかよ。この人、本当に変わった人だと思う。僕の良い事をしたら嘔吐するってのも変わった[病]だけど、重美さんも大概だ。
[病]持ちの人なら、それがどんな[病]かわかると言うし、プラス、異常な程、身体を重くする事が出来るのだ。ぶっ飛んだ設定だけに、案外、嘔吐しちゃう僕にはわからない、それなりの苦労があるのかも知れない。
「ワシは寝る」
重美さんに対して良いよとも気にしてないとも言わないまま鳩三郎はそういった。
このままじゃ、重美さんが気にするじゃん。
と思った僕が馬鹿だった。重美さんはジャケットからタバコを取り出し火をつけ吸い始めた。
「ちょ、重美さん、人の家で勝手に喫煙は駄目ですよ」
「鳩三郎、寝てるから平気だよ」
「平気とか平気じゃないとかの問題じゃなくて」
「大魚って細かい奴だなぁ。明日から稚魚に改名しろよ」
「僕の名前は関係ないでしょうが」
「あるね」
「どう関係あるんですか」
「大魚ってつけたくらいだから、ご両親は大魚のように優雅で威風堂々とした優美さを持った男に育って欲しいとの思いで、大魚って名付けたんじゃないの?それなのにチマチマと神経質な女みたな事を言ってさ。恥ずかしくないわけ?そんな事じゃご両親に顔向け出来ないよ?」
幼少期からの嘔吐のせいで、その頃から既に顔向け出来てませんよ……自分は地上にいるから息苦しさで吐くんじゃないかって思った事もあって、エラを探して見た事もありましたよ。海や川の中なら吐かないで生きられるかも知れないからと、飛び込んで溺れて死にかけた事も数回ありましたからね。大魚なのに泳げないなんて、恥ずかしいを通り越してもはや自殺ものですよ。だから今更なんですよ……
一気に捲し立ててやりたかったけど、過去の事を思い出してしまい、口を噤んでしまった。
「僕の事はどうでもいいです。せめて鳩三郎さんに許可を得てから吸うべきです」
と語気を強めて言った。その言葉が癪に障ったのか、重美さんは僕の顔に向かってタバコの煙を吹きかけた。
「ん?なんやええ香りがしとるやないか」
寝ていた筈の鳩三郎さんがムクッと起き上がる。
「ひょっとしておのれが手にしとるそれは、ヤニじゃないんか?」
「まぁ、そうだね。ヤニだよ。正しくはタバコって言うんだけど」
「ワシにもくれんか」
「タバコを?」
「そうじゃ」
「吸った事あんの?」
「あるわ。前にもおのれ等みたいな奴をここに招いた事があっての。その時、そ奴がお礼だと言ってヤニをくれたじゃ。そ奴がおらんようになってからもう随分と経つが、いやぁ。ええのう。香りもたまらん」
「いつの事ですか!」
僕は思わず鳩三郎さんにつめよった。そんな僕を鳩三郎さんは横へと押しやり重美さんからタバコを受けっとった。小さな口で咥えると、それを見た重美さんが火をつけてあげた。
鳩三郎さんはタバコを吸い込んだ。
「ん〜〜格別じゃ」
「だよね」
機嫌が治ったのか、声のトーンも明るかった。
「で、おのれは何の事をいうとったんじゃ」
「そ奴さんがここに来たのはいつの事ですか?って事です」
「そうじゃなぁ。随分前じゃ」
「半年?1年?もっと前ですか?」
「なんじゃ、半年、1年てのわ」
「月日って知らないんですか?」
鳩三郎さんは不思議な物を見つけた時みたいに僕をみかえした。そして知らんと付け加えた。
「マジか……」
僕は鳩三郎さんが横になっていたソファに腰を落とした。
「そんな落ち込む事ないじゃん」
「そうですけど……」
「私達とは別の人がこの世界にいるってわかっただけでも収穫じゃない?」
重美さんの言う通りだ。僕達より以前に人間がこの地中の鳩三郎さんの家へ招かれた。そこで何を話したかは知らないけど、その人間は鳩三郎さんにお世話になったお礼にタバコをあげたのだ。そしてその人間は……どうしたのだろう?地上に戻り再び旅を続けたのだろうか。それとも……
僕は口をすぼめながらタバコを吸っている鳩三郎さんを見た。その大きな身体に太い腕。力は恐ろしい程強いだろう。その力で鋭利な爪のついた手てま殴られたらまともに立っていられる筈はない。
皮膚は抉り取られ深傷を負うだろう。当たりが悪ければ、頭など簡単に吹き飛ばされるかも知れない。身体ごと吹き飛び壁にぶつかった衝撃で、辛うじてまだ顔にくっついていた眼球が飛び出し剥ぎ取られた頭皮の下から剥き出しの頭蓋骨が現れ、そこから脳みそが飛び出す。血反吐を吐きながら、その場で息を引き取る……
そんな僕を鳩三郎さんはバラバラに鉄鍋に入れ暖炉で焚べる。地上で嗅いだ良い匂いはひょっとしたら、人間を煮込んだ鍋だったのではないか。つまり僕と重美さんさ人間肉シチューを食べたのかも知れない……
悪いイメージは次々と頭に浮かんでは消えていった。
「本当に美味かったぞ」
鳩三郎さんは重美さんにお礼をいいソファの所へ来た。無言で僕の前に立つ。見上げる僕は無言の意味を理解した。
僕は立ち上がり、鳩三郎さんにソファを譲った。
「ここを出たらその人を探してみましょう」
何とか言葉を吐き出し、重美さんに向かってそう言った。




