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第一章 ⑥

スマホのライトに照らされた一部を見て、僕と重美さんは深くて長い溜め息をついた。


何故なら目の前に広がるのは広大な、そして果てしない針葉樹の森だったからだ。


この針葉樹の森の終わりが何処にあるのか。そこまで行くには何日かかるのか。食べ物や食料は手に入れる事が出来るのか。


一瞬にしてそのような事が2人の頭の中を駆け巡った為、嫌でも溜め息が出てしまったのだった。


もし救いがあるとすれば、その針葉樹の背丈が僕達と同じくらいの高さというのと、密生していないという事だった。


あくまでスマホライトで見える範囲だからその先がどうなっているのか、それは今の所、知る事は出来なかった。


針葉樹と針葉樹の距離はまるで測ったようにどれもが同じ距離で植えられていた。植えられたと思ったのは背丈が低かったからに他ならない。


前々から生えていたのであれば大きく育ち密生しているだろうし、背丈が低くはない筈だからだ。


つまり、ここの針葉樹はさほど遠くない過去に人工的に手が加えられた事を物語っていた。


新たな希望が僕の中で生まれた。何処かに人がいると思うと、張り詰めた気持ちが僅かに緩んだ。


「とりあえず先に進んでみましょう」


「そうするしか無さそうね」


僕は胸の辺りでスマホを掲げて前方を照らす。

最初、重美さんは僕の後ろからついて来ていたが、僕の身体が陰になり前が見えなくて不安だったらしく、今では僕と腕を組み、一緒になって進んでいた。


針葉樹と針葉樹との間にそれなりに幅がある為、僕達は並んでその間を通過する事が出来た。


背が低かったのも助かった。辺りは暗闇には違いないが、針葉樹で空からの僅かな明かりまで塞がれては流石にスマホライトだけでは中々前へ進めやしない。


実際には月明かりや星明かりなんてないのだけど、それでも暗闇に目が慣れたせいで、まだ幾らかはマシだった。今では2人ともそれなりの早さで森の中を進んでいっていた。


「お腹空いたね」


「はい。喉も渇きましたね」


「私のおしっこでも飲む?」


「やめてください」


「冗談よ」


「わかってますけど、冗談に聞こえなかったです」


「ごめん。疲れちゃってるんだ」


「そうですよね」


「大魚君も疲れたんじゃない?」


「僕はまだまだ平気ですよ」


「そうなんだ」


「はい。大学生の頃、運動していましたから」


「嘘?見えないね」


「そうでしょ」


「ちなみに運動は何やってたの?」


「革マル派に所属してました」


「運動は運動でもそっち側の運動かよ!」


「冗談ですけどね」


「それ、シャレになってないから」


「ですよね。すいません」


「本当は?」


「大学に入ってからは何も。運動は高校生までです」


「当ててみようか?」


「どうぞ」


「テニス部」


「え?すごい!当たりですよ」


「へへへ。凄いでしょ」


「どうしてわかったんですか?」


「大魚くんって見境なく勃起するから、だからテニス部かなって」


「全世界のテニス部の人に謝ってください」


「えぇ。だって当たったじゃん」


「そうですけど、けど当たったのは絶対偶々です」


「でもさ。1字違いでこうもかけ離れてるなんて、驚きよね」


「まぁそうですけどね」


「一方は紳士のスポーツでもう一方は勃起したちんこを私の太腿に押し付け腰を振るスポーツなんだもん。そんな大魚君が私は怖いよ」


「名誉の為に言わせて貰いますが、自分は腰は動かしていません!」


僕がそういうと重美さんは笑った。

そして足が痛いからおんぶしろと命令して来た。


「仕事行く格好だからさ。こういう山道を歩くのにはヒール向いてないじゃない?めっちゃ足痛いのよね」


そう言われて見ると、確かにヒールを履いていた。そんな事気づきもしなかった。


「まぁ大魚君も革靴だけどさ」


「僕はまだ足は痛くないので」


スマホを重美さんに渡して、僕は重美さんをおぶった。前方を照らすのは重美さんの役目で僕は、肉肉しい張りのある重美さんの太腿を持ち、背中に押し付けられた胸の感触にニヤけながらゆっくりとが進んで行った。


きっと胸を押し付けているのは、僕を揶揄う為の技に違いない。そう思った矢先、いきなり重美さんの腕が下がり、前が見えなくなった。同時に僕の耳付近で重美さんの寝息が聞こえて来た。


僕は重美さんの手からスマホを取るとぶらぶらした腕をそのままに一旦、止まった。重美さんを落とさないように前傾姿勢を取り、スーツのボタンを外し、前にライトが向くようにベルトの間にスマホを押し込む。


改めて重美さんの両足を持ち直した。そして身体を起こした。一息ついて針葉樹の間を抜けていく。


あれだけ馬鹿みたいな事を言っていた重美さんだが、実際は相当気を張っていたようだ。自分だけがそうしていると感じていた僕はダメだなぁと思い反省した。


だからその償いの意味も含めて、倒れるまで進もうと決意した。


だがその決意も長くは続かなかった。いや続ける必要がなかったのだ。何故なら、数メートル先の地面から煙突が飛び出し、そこから良い香りのする匂いが漂って来たからだ。


人がいる、と僕は思った。その時は興奮していて気づかなかったが、煙突は地面の下から飛び出していたのだ。

つまり家は地中という事なのだが、それを忘れ僕は重美さんを起こした。


煙突から出る煙の匂いを嗅がせ、食事にありつけるかも知れませんよ!と興奮気味に話した。


「そうかもだけどさ。どうやってこの家の住人と会えばいいのよ?」


「いや、それは普通にノックをし……」


そこまで来て、僕はようやく気がついたのだ。


「どうしましょう?」


「とりあえず煙突から呼びかけてみれば?」


「けど、今、物凄い勢いで真っ黒な煙が出てるんですけど?」


「それが?」


これが人間の空腹の恐ろしさか。重美さんの冷めた目を見ながら思った。


おぶっていた重美さんを下ろし僕はスマホを持ち直した。煙突に近づき、黒煙がおさまるのを待った。役数分で黒煙が止まり、僕は煙突の中にライトを向け、中を覗き込んだ。


地中に家があると言うのは不思議な感覚だったけど、微かに見える灯りを見て、お腹がなった。生唾を飲み込み、僕は大声で呼びかけた。


「ごめんくださ〜い」


返事はなかった。再度呼びかけると灯りの中で影が動いた。どうやら煙突の周りをウロウロと歩き回っているようだ。


僕はもう一度呼びかけた。


「助けてください!」


僕の声に切実さがこもっていたかはわからないけど、でもその後も何度か呼びかけた。


10回近く呼びかけただろうか。諦めかけたその時、煙突の下から上を覗く者の姿が見えた。


スマホのライトと地中の灯りでその者の顔はよく見えなかった。


「道に迷ったんです!もう何日も飲み食い出来ていません!お願いします!どうか僕達を助けてください!」


この時は思わなかったけど、よくよく考えると、僕達は見知らぬ場所にいるのだから、人がいたとしても日本語が通じないという可能性を完全に排除し切っていた。


まぁそれでも必死に助けを求めるしかなかったのだけれど。結果的には言葉は通じたが、その者が顔を出した時、僕は驚き、後退り、重美さんは「あら?可愛い」と言った。こんな状況にあってその感覚でいられる重美さんが僕には理解出来なかった。


煙突下から覗いていた者はその後、僕の呼びかけに返事もせず姿を消した。


「待ってください!」


声が掠れる程、大声を出したが、再び煙突下に姿を見せる事はなかった。


僕は完全に力つき盛大に転ぶように地面に座った。


「くっそ!」


地面の土を握り、煙突へ向けて投げつけた。


その時だった。突然、重美さんの声が聞こえたのだ。


「あら。可愛い」


そちらを向くと地中へ入る入り口らしき蓋が押し上げられており、そこには重美さんの方をみているような丸っこい大きな影が見えた。


地中からの淡い灯りによってそのシルエットが浮かび上がる。僕は慌てて起き上がり重美さんの側へ駆け寄った。


地中から出て来た影を正面から見据えた僕は、思わず後退りした。


さっきまであれほど地中の家主に助けを求め大声を出していたのに、いざ家主が出て来たら、その姿に驚いて声すら出せなかった。


「さっきから助けて助けてってうるさいんじゃボケっ!」


「口悪っ」


いきなり家主に怒鳴られたのに関わらず、重美さんは平然と、口の悪さを指摘した。


「あ、それはすまんかった。じゃけどよ。ヤイヤイうるさくしたんはあんた達じゃ」


「達じゃなくて、この人ね。私は何もしてないし」


そういい僕を指差した。


ここへ来てまさかの裏切り?と思ったが、確かに大声を出していたのは僕だけだ。


「おのれかい。助けて。助けて。助けてってやかましいんじゃ。誰も助けんとは言っとらんじゃろが」


地中から身体半分ほど出していたその影、つまり家主はいい、よっこらせっと言いながら完全に外へと出てきた。


その大きさに僕はあっけにとられ口をあんぐりと開け見上げる事しか出来なかった。


「おのれは飼い慣らされ鯉か」


「あ、いや、違います」


「で、どうしたんじゃ」


「えっとねぇ。どう説明したらいいのかなぁ」


「いやいや、重美さん、その前にこれ」


僕は思わず大きな影を指差した。


「モグラじゃないですか!」


「コスプレでしょ」


重美さんはいい爪先立ちモグラの伸びた鼻へ手を伸ばした。掴み引っ張った。


「やめーい!痛いじゃろが」


「え?本物?」


鼻を掴んだまま重美さんが言った。


「本物じゃ!つか、小娘、その手を離さんかい!」


「あ、ごめんなさい」


掴んでいた手を離した重美さんは僕の方をみて、これ、ガチでコスプレじゃないよ?と驚いた顔で言った。


「ったく。何なんやお前らは。人の鼻を掴んで引っ張っるわ、助けを求めて来たからわざわざ登って来てやったのに、ワシはもう知らん!」


「あ、ちょ、あ、謝りますから助けてください!」


僕は地中から出て来た言葉を話す大きなモグラの前で土下座した。咄嗟に土下座が出たのは他でもない。


帰国子女の上司から、散々、練習させられたからだ。高速土下座は一流の証だとか何とか訳の分からない事を言われ、会議室の長机の上を走らされそのまま土下座をし机から落ちない練習をやらされていたのだ。それがここ1番で出たわけだ。


「ま、まぁそこまでするんやったら話くらいは聞いてやらんでもないがの」


「ありがとうモグラちゃん。けどお腹空いてるから先ず、何か食べさせてよ」


重美さんが言った。


おいおい。ちょっと待って。重美さん一体どういうつもりですか!そういうのは助けて貰いたい理由を相手が理解し、納得して、こちらを気遣ってくれた時に、相手からお腹空いてない?って尋ねられるのが、普通でしょう!って言葉はあっけに取られ過ぎて僕の口からは出てくれなかった。


ていうか重美さんは僕達が見知らぬ世界に来てから、随分と印象が違うんですけど。


喫茶店で見た休みをお願いし頭を下げている姿が嘘のように思えて来た。


「お前、図々しいな」


モグラに対し


「そう?でも実際お腹空いてるんだよね」


「ま、まあ1人寂しく食うよりはマシじゃがな」


「はい。決まり。早くモグちゃんの家入れてよ」


この人強すぎると僕は思った。モグラが人間のように喋る事自体、あり得ないないのにそこに疑問や違和感や恐怖すら感じていない風な重美さんが少しばかり羨ましかった。


おまけに僕達より大きいのだ。高さは2メートル近くあるのではなかろうか。それも凄い事だけど横幅はもっと凄かった。


僕と重美さんが横並びした幅よりずっと大きいのだ。目の前で大きなお相撲さんは見た事はないけど、下手するとそんなお相撲さんより大きそうだった。


「丁度、夕食を食べようとしとった所や。しょうがないから、ついてこい。後、最後の奴はあげ蓋を閉めてるんやぞ。閉め忘れたらえらい事になるからの」


モグラはいい、ニヤっと笑った。多分、先細りしている口が微かに開いたから、うん。笑ったんだと思った。


モグラに続いて重美さん、僕と地中へ向かってつけられている梯子を降りて行った。勿論、言われたように蓋を閉め忘れる事はなかった。


地中にあるモグラの家は、その身体の大きさに似合わず、こじんまりとしたものだった。


広さは1Kくらいだろうか。その中央に丸テーブルがあり、モグラが座るのだろう。大きな3点椅子が1つに、家族か又は来客用だろう、丸テーブルを囲う形で椅子が4つ並べて置かれていた。


壁に沿って長いソファが置かれてある。その横にキッチンがと食器棚がある。そのキッチンに水道機器は見当たらなかった。どうやって食器を洗うのか気になったが、今はその疑問を考える事はやめにした。


煙突が出ていた箇所と思われた暖炉には火が焚べてあるが、消えかけていた。そこに大きな鉄鍋が吊るされてあった。煙突から出ていた良い匂いの正体はこれのようだった。


部屋の灯りはランプが使用されていて、それらが3つほど天井から吊るされてあった。


「適当に座りんさい」


僕と重美さんは言われた通りにした。


しばらく黙って見ているとモグラは暖炉から鉄鍋を取り丸テーブルの上に置いた。重美さんが鼻をくんかくんかさせながら鍋の中を覗き込んだ。


「匂いはビーフシチューに似てるわね」


僕も釣られて匂いを嗅ぎ、中を覗いた。

玉ねぎのようなものとカブのような物が大量に煮込まれている。肉は入ってなさそうだった。


木製のスプーンと取り皿を持って来たモグラはそれぞれの前に置き、自分も腰掛けた。


「ねぇ。モグちゃん、飲み物ないの?」


「飲み物?」


モグラは少し考え、鉄鍋を指差した。その手は大きく肌は赤みがかり、5本の爪はかなり鋭利に尖っていた。当たり前だけど毛深さも相当なものだった。


「これも飲み物みたいなもんじゃろ」


確かにそうだけど重美さんの言いたい事とはかなりかけ離れていた。


「違う違う、なんていうか、その、雨水みたいな物の事よ」


中々、良い言い方だと僕は思いながら、モグラの反応を伺った。


「水か。おのれらは水が飲みたいのか」


僕達が何度も頷くとモグラは立ち上がり、キッチンの横の壁を開き中から樽を取り出した。


それを持ち、再び手を入れ柄杓のような、いや柄杓を取り出した。それを僕達の前に置くと蓋を開け、「飲みんさい」と言った。


中を見ると凄く綺麗な水がたんまりと入っていた。そんな所に隠し棚があったんだ、と思った。


そう思っている隙に重美さんが柄杓を奪い、立て続けに6杯もの水を飲んだ。


「僕も良いですか?」


僕の言葉に重美さんはキョトンした表情を向けながら7杯目の水を汲み再び口をつけた。


半分ほど飲んだ所で盛大にゲップをした。その音はとても25歳の女性の口から出るとは思えない程の大きな音でモグラでさえ、ビーフシチュー似を食べるスプーンを落とした程だった。


唖然としている僕とモグラを他所に重美さんは残りを飲み干すと僕に柄杓を手渡し、少し赤らめた顔で、


「おほほ」


と言った。その意味が全く理解出来ない僕とモグラは互いを見合い首を傾げた。


僕は1つ咳払いし、水を数杯一気飲みした。常温の水は、舌触りがとても柔らかく、口から喉と流れていくその感触はとても幸せを感じるものだった。身体の隅々まで水分が行き渡るのがわかった。


「美味しい〜」


「そりゃそうじゃ。なんせその水はエビアンやからな、あ、ボルビックやったかな。ん?違うの。アルプスの天然水や。そうそう。アルプスであっとるわ。おのれらこんな美味い水、飲んだ事ないじゃろ?」


1度は全部飲んだ事ありますけど。なんて事はご馳走になる身で言える筈もなく、僕はモグラに向かって、自分が住んでいた所ではこんなに美味しい水なんて飲んだ事がないと、モグラから貰った水の事を褒めちぎった。


「頂きまぁす」


水の次は食事も勝手に食い出すんかい!


いや水は飲んで良いって言われたけど、ビーフシチュー似はまだ食べて良いって言われていないですからね!


「おう。食いんさい」


いいのかよ……


僕は柄杓を樽の横に置いて手を合わせた。


「頂きます」


「ええよ」


もぐもぐと咀嚼するモグラと重美さんは幸せそうな表情でビーフシチュー似を頬張っていた。



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