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第七章 ⑥⑦

穴は調理場の中の業務用冷蔵庫の前の床で見つかった。床下収納の中身を全て持ち上げるとそこにぽっかりと穴が空いていた。冷んやりとした空気に混ざりどぶ臭い臭いが鼻をつく。


「これじゃ穴の大きいさがわからないじゃん」


重美さんのいう事も最もだった。床下に見える穴は一部分の可能性もあるからだ。マスターが人1人を投げ捨てる広さがあれば充分だったのだ。


仮に穴の口の広さが更に大きいとなると店そのものの床を全て開けてみない事にはどうにも手の打ちようがなかった。


それに穴は底なしの筈だから土などで埋め切る事は不可能だ。やはり鉄板や板で塞ぐしかないのだろう。その上から更に土をかけコンクリートで固められれば完璧な気もするが、そんな一大工事など家主でもない僕達に出来る筈がなかった。


おまけに店内はとんでもない事になっている。僕達2人でそれをやるとなるととてつもない時間と労力が必要となる。


それに店が休みなのに僕達だけ出入りしていたら、不審に思われかねない。やはり今は再び床下収納に入っていた物を戻すしかなかった。


だが萠ちゃんの身に起きた事を思えば、穴の口はかなりの広さと考えなければならない。


既に隣のマンションや中華屋の床下まで広がっていてもおかしくない。大きな穴が空いているからこそ、食人仮面の干渉力がこちらの世界まで現れて来ているのだ。


ここを塞いだくらいじゃ食人仮面の干渉力が治らない事をマスターはわかっていたのだろう。ならばとマスターはその干渉力を強める為に殺人を繰り返していたのかも知れない。きっとそれがいけなかった。


止める事が出来なくとも人間を殺すべきではなかった。殺人衝動を止められなかったとしても、この穴へ死体を捨てるべきではなかった。


恐らくそれにより食人仮面という化け物に更なる力を与えあのような怪物へと育っていったのだ。それは悪夢であり、この街付近にいる人間の崩壊を意味していた。マジ最悪だった。


僕は床下収納を元へ戻し、蛇口を捻り手を洗った。その様子を血飛沫を浴びたままの姿の重美さんが冷蔵庫にもたれ腕組みをしたまま見ていた。


「このまま外には出られないないね」


「はい。マスターの家でお風呂を借りましょう」


そして僕達は厨房横にあるドアを開けた。そこには脱ぎっぱなしの革靴などが散乱していた。そして急勾配の階段があり、僕と重美さんは靴を脱いでその階段を登って行った。


階段を登り切ると右手にドアがあった。素手で触れないようシャツを脱ぎ血の付いてない箇所で玄関扉を開けた。


入って直ぐにキッチンが見え、その奥に間仕切りで仕切られた洋室と和室の2部屋がある。。その手前にトイレと風呂がありガスをつけ重美さんに先に入るよう言った。


「バスタオルなどは用意しときます。洗濯機も乾燥機があるから、全て洗って乾かした後でここから出ましょう」


「わかった。つか、その間、大魚も裸って事よね?」


「そうですね。こんな時に洗濯を2度に分けてなんてやってられないですから」


「フルチンなわけだ」


「ま、そうなります」


「私がシャワー浴びてる隙をみてフルチンダンスを踊るつもりでしょ?」


「何ですかそのフルチンダンスって」


「何でもない」


「何でもないって。ないならフルチンダンスなんて言わなくないですか?」


「うるさい」


重美さんはいい、お風呂の中へ入りドアを閉めた。直ぐに服やジーンズが外へ投げ出された。


「いくら変態で私の事が大好きだからって、こんな時に脱ぎたてのパンツは嗅いだりするなよ」


「しませんよ!」


僕は言い返し、パンティを持ち上げた。その時、心が揺らいだが重美さんがドアの隙間から覗いているように感じ、そのまま洗濯機の中へ放り込んだ。


裸のまま古びたソファに腰掛ける。テレビをつけたが、とても見る気になれなくて直ぐに消した。


シャワーの音が聞こえてくるが、勿論、重美さんの鼻歌なども聞こえる筈がなかった。


正直、あの時、重美さんがマスターを刺さなければ、僕は殺されていたかも知れない。重美さんを守ると決めたくせに、自分では何も出来ず重美さんの心に傷が残るような真似をさせてしまった。


反省してもどうしようもないが、これから先、僕達の身が安全になったとしても、重美さんがマスターを刺した事実は重美さんが背負って生きて行かなければならない。


それを僕がどれだけ軽くさせてあげられるかはわからない。わからないからこそ、食人仮面の干渉がこちら側の世界へ届かないようにしたかった。


それが出来ればマスターを刺した事も、必要な事だったと思ってくれるのではないだろうか。


今は普通にしているけれど、だからといって重美さんの心が納得出来ているとは限らない。心に折り合いがついていれば良いのだけど、刺した後のあの表情を見る限り、少なくとも自分がした行為にショックを受けていたのは間違いなかった。


僕は立ち上がり、マスターの箪笥を開けてバスタオルを取り出した。それを風呂場へと持って行った。


「洗濯機の上にバスタオル置いておきますね」


「ありがとう」


重美さんが出て来て入れ替わるようにシャワーを浴びた。


身体についた乾いた血を落とすのに多少の力を入れて洗わなくてはならなかった。身体と頭もそれぞれ2回洗ってようやく気持ち悪さも取れた。


風呂場を出て身体を拭き乾いたタオルを腰に巻いた。洗濯が終わるのにまだ少し時間がかかる。


それから乾燥機となると後、1時間はこの家で待っていなくてはならなかった。僕は重美さんの座っているソファの横に腰を下ろした。


そっと腕を回し抱き寄せた。何かしら言葉をかけたかったが、上手い言葉が思いつかなかった。それでも重美さんは


「ありがとう」


と言ってくれ僕の胸に顔を寄せ目を閉じた。

頭を撫でそこへ唇をあてた。


しばらくすると重美さんが寝息を立て始めた。過度な緊張感から解放され疲れが一気に襲って来たのだろう。


僕はそんな重美さんの唇にキスをし更に強く抱きしめた。その時、僕の頭の中にある事が蘇った。


それは何故、あちらの世界にいる時に重美さんの口から食人仮面という言葉が出たのだろうか、という事だ。怪物というだけならわかるが、重美さんはハッキリと食人仮面と言ったのだ。


恐らくそのような言葉が出たのは、あちらの世界全体にも食人仮面の干渉力が広まりつつあったのだろう。それが重美さんに影響を与えあのような事を言ったのだろう。


そしてもう1つ、マスターがどのような方法で食人仮面の存在を知ったのか。死んでしまった今ではわからないがひょっとしたら、マスター自身も萠ちゃんが亡くなる以前に食人仮面の思念によって、死んでいく客を見たのかも知れない。


マスターはそれを見て食人仮面の存在知る事となった。それがいつ頃の事なのかはわからないが知った理由としてはその可能性が高いと思われた。


マスター自身も新たな客を呼び寄せる事で、食人仮面に殺害させる事を望んだ。それでもまだ満足しなかったマスターは食人仮面に、より強大な力を持たせる為に常連客であり、あちら側の世界の事を知る仲間である草間さん達まで手にかけた。


結果的にはそれが仇となり自らに食人仮面の干渉を受けその命を落とす羽目となった。マスターが死んだ事でこのまま全てが収束してくれれば文句はないが、そう上手くはいかないだろう。


乾燥機が終わった音が鳴り、僕は重美さんを起こした。寝起きの重美さんの着替えを待つ間、僕は使ったバスタオルを持ち一旦、階下へ降りた。


床下収納の上へ、積み上げられた段ボールから数個運び床下収納の上へと移動させた。


勿論、バスタオルを使って運んだ。指紋を残すわけにはいかなかったからだ。その後で再び2階へ戻り洗濯機、バスルームなど気になる所は全てバスタオルで拭いた。テレビのリモコンも忘れなかった。


その後、2人で階下へ降り店内の明かりを消した後で、床に飛び散った血を踏まないよう慎重に気をつけながら、店の扉へと向かう。


鍵や扉の至る所をバスタオルで拭いて、そっと2人して店から出て行った。だが直ぐに店前から動く事はしなかった。


しばらくお休みをすると書かれてある貼り紙を見ている風を装った。


そしてゆっくりと「喫茶 じくう」の前から離れて行った。真っ直ぐ部屋には戻らず、重美さんと2人でしばらく散歩をした。


会話は全く弾まなかったが、握った手は決して離さなかった。


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