第七章 ⑥⑥
「とにかく、私に分かる事はこれくらいですかね」
マスターはいい、ハッキリと分かる程、僕達へと近づいて来た。その都度、僕は重美さんの腕を掴み、背後へと押しやる。なのに重美さんはマスターを挑発するかのように僕の前へ飛び出し、あんたサイテーと文句をつけた。その度にこちらへと引っ張らなくてはならなかった。ジリジリと詰め寄るマスターに対し重美さんのその行為に何の意図があるのか。それとも単に頭に来ているだけなのか僕にはわからなかった。ただ僕としてはそんな事はやめて一足先に店を出て警察を呼んで欲しかった。今なら、3人の殺害容疑と死体遺棄で現行犯逮捕出来る筈だ。それを伝えたかったが、言葉にすれば、マスターが一気に襲いかかって来るのは明らかだった。縮まった距離を再び広げる為に僕達は下がった。煽るように中指を立て、バーカ。人殺し。と煽り続ける重美さん。
「重美さん!」
いい加減にしろ!という気持ちが態度に現れて後ろへ向いて重美さんの両肩を掴んだ。
「早くここから逃げて!」
僕のその言葉はマスターを行動に出させるには充分過ぎた。僕は無理矢理にガラスの割れた扉の方へ重美さんを押しやる。
「離して!」
僕の手を振り解いた重美さんが背後に迫ったマスターの方へ向かおうとする。そんな重美さんのお腹に腕を絡め止めた。
「若い時代の痴話喧嘩って中々宜しいですね」
マスターの声で僕はマスターに対し背中を見せている事に気づき、慌てて振り返った。
「ですがそれももう出来ま、せんがね!」
マスターはいい、僕の目の前へと詰め寄った。肉切り包丁を振り上げ僕目掛けて振り下ろした。
同時に僕は横へと突き飛ばされた。重美さんだ。
鈍色の刃が店の灯りに照らされ煌めいた。3人の首を切り落とした肉切り包丁の刃先についている血液は既に固まり黒ずんでいる。
突き飛ばされた僕はレジの向かいの壁に背中からぶつかった。
マスターの手から振り上げられた肉切り包丁は空を切り、マスターが舌打ちをした。
その左手から腰を屈めた重美さんがマスターの腰付近へ突進する。マスターの呻き声が店内に響いた。そのまま蹲り、重美さんの方を見上げた。重美さんは過呼吸のよう必死で息を吸い込み吐き出していた。
その両手には花葉から貰った先端が曲がったナイフが握られている。ヤカラを倒す為に使用したナイフだった。
ヤカラを倒した時は平然としていた重美さんだったが、今は顔が青ざめていた。人間を刺してしまったという罪悪感が重くのし掛かっているようだった。
蹲るマスターは刺された箇所を左手で押さえ、右手に握った肉切り包丁を重美さん目掛けて下から上へと振り上げようとしていた。
「重美さん、逃げて!」
マスターが振り上げた肉切り包丁が重美さんへ向けられた瞬間、重美さんは一歩後退りした。そのお陰で肉切り包丁は重美さんのジーンズを掠めるだけに止まりそのまま空を切った。
全力で振り上げたせいか、マスターは半回転するように身体が右側へと流れた。そのままうつ伏せになった。
慌てて起き上がった僕は一気なマスターの下へと駆け出し、肉切り包丁が握られている手の甲を踏み付けた。連続で4、5回踏み付けるとマスターの手から肉切り包丁が離れた。
僕はそれを蹴飛ばし、重美さんを抱きしめ店の扉まで押しやった。
重美さんの手からナイフを取ろうとするが、力が強すぎて簡単には取れなかった。
無理矢理に重美さんの指を一本一本剥がし、何とかナイフを取ると僕はそれを握りしめ身体の前で構えマスターに向かって威嚇した。
マスターは左腿を押さえ僕達を見上げた。怒りに満ちた形相で睨みつけて来る。その目は歯茎と同じく剥き出し僕達を威嚇していた。
「そういう事はやったらダメでしょう」
「肉切り包丁で僕達に襲いかかって来た人が良く言えますね」
「私だってこんな事はしたくない。だがね。仕方がない事なんだ」
「3人も殺しておいて何が仕方ないですか」
「食人仮面を鎮めなきゃならんからだ」
「う、嘘よ」
落ち着きを取り戻したのか、重美さんが言った。
「嘘じゃない。生け贄が必要なんだ。そうしないとあっちの世界も危険が生じる。そうなれば君達も、向こうの世界へ行けなくなるんだぞ?それでも良いのかね」
「行くも何も、とっくに食人仮面はこちらに干渉して来てるじゃん。死んだ萠ちゃんが何よりの証拠よ!」
「重美さんの言う通りだ!マスターは生け贄を増やし、食人仮面を更に強くしたいだけだ。自分が主人となって憎しみの思念を持った人達を生け贄として与える事で食人仮面を手なづけようと考えてるのだろうけど、そんな事は絶対に出来やしない。言ってみれば食人仮面は何千何万もの思念の怪物だ。1つの人格を持っている訳じゃない。そのような怪物に対して手なづけようだなんて、馬鹿のする事だ!」
僕は起きあがろうとしていたマスターの脇腹を蹴り上げた。
マスターは痛みに悲鳴を上げた。
「これ以上、ここにいて殺人罪などに巻き込まれたら面倒だから重美さん、行きましょう」
僕達が扉に手をかけ店から出ようとしたその時、店の奥からガサゴソという音が聞こえて来た。その音は床を擦るような音を出しながら次第にこちらへ近づいて来ていた。
僕達はマスターから視線を外し、音のする方へ視線を向けた。
と同時に僕と重美さんが短い悲鳴を上げる。
「く、さ、まさ、ん?」
蹲るマスターの背後で草間さん、梶原さん、野口台さんの生首が横並びになり、舌舐めずりをしていた。
3人の首の切断面からは長さ大きさもまちまちな不恰好な手足が生えていた。まるで食人仮面だ。その手足をみて僕は今、この喫茶店あ内か食人仮面に干渉されたと思った。草間さん達3人は手足を起用に使いながらマスターへと近づいて行く。
一気に跳びすさりマスターの腰や首、お尻に噛み付いた。悲鳴を上げ暴れ回るマスターを他所に僕達は何をする事も出来なかった。
マスターの衣服が千切られ皮膚が噛み切られる。霧吹きを噴霧した時のようにマスターの身体から細かな血が吹き出した。
その血が余りに綺麗で僕達は繰り返される血飛沫に見惚れてしまっていた。噛みちぎられたマスターの皮膚や肉片を吐き出しながら草間さん達は尚もマスターに噛みつき続けた。
脂肪のついた赤白い肉片が噛みちぎられる度、マスターは悲鳴を上げた。手で払い除けようと暴れ回るが、草間さんは生えた手足でその手を軽くいなし梶原さん、野口台さんが次から次へとマスターの周りへと散らばって行く。
草間さんがマスターの手に噛みつき小指から中指まで噛み切った。咥えられた3本の指は吐き出そうとする白子のようだ。草間さんは唾を吐くように指を床へ吐き捨てた。
草間さんは自分が噛み切った手を伝って登り、側頭部まで行くとマスターの耳を掴み、引きちぎった。
その血の匂いに誘われてマスターの身体から離れていた梶原さんと野口台さんが不恰好な動きでマスターの千切られた耳から流れ落ちる血を取り合うようにして啜った。
マスターの身体が震え始めた。その振動は直ぐに激しくなり身体が床から跳ね上がる程だった。
その振動に負けずマスターの頭にしがみついていた首だけの草間さんはマスターの頬肉に噛みつき、引きちぎった。
2本生えた内の片方の手でマスターの目に指を押し込み眼球を穿り出した。それを美味そうに口へ入れ転がした後、再び吐き出すと今度は唇に噛みついた。生首にされた3人がマスターを凌辱して行く。
床に広がる血溜まりの中を野口台さんや梶原さんが全身に浴びながらマスターの脇腹に噛みついた。中へ腕を突っ込み内蔵を取り出すとネクタイのように首に巻きつけケタケタと笑った。
僕達は完全に部外者だった。逃げるのなら今しかない。重美さんに言うと、重美さんは駄目と言った。
「穴を塞がなくちゃ駄目じゃん。その為に来た事を忘れたの?」
確かにそうだった。僕達はマスターの身体を貪る3人の横を通り、店内の奥へと向かおうとした。
その時だった。マスター他3名が萠ちゃんと同じように突然、破裂した。内蔵や脳漿、骨などが粉々になって店内へ飛び散った。
その血を全身に浴びてしまった僕達だったが、今はその事に構っていられなかった。
食人仮面がこちらの世界への干渉人物を失ってしまったからだ。近所を歩く人達や僕達にも干渉して来るかも知れない。
それを防ぐには穴を塞ぐしか方法は無いはずだ。だから直ぐにでも穴の場所を特定し、蓋をするなりしなければならなかった。




