表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
62/73

第七章 ⑥②

騒がしい声が聞こえる。複数人ほどが何かしら会話をしているようだ。その声が聞こえて来るが、何故か言葉に怒気が混ざっていた。


僕は今、自分がいる場所がわからない。憶えているのは重美さんが必死に話しかけて来てたという事だけだった。


そして遥か上空には眩い太陽が高い位置からこちらを見下ろしていた。一見、傲慢とも思えるその存在の主張として、太陽は照り返しの強い陽射しを世界へと降り注いでいる。


悪臭が鼻を突き、吐きそうになる。が、いつものように音もなく吐く事は出来ない。そのような状態の中、


「こいつで最後か」


と、さっきまでの勢いは何処にいったのか、怒声のような大声は弱々しく、疲れきっているようだった。


「せーの」


そのような声の後に何かが投げ入れられ僕の方へ崩れ落ちて来た。視線をそちらへ向けると僕とさほど歳の変わらない男性が横たわっていた。ただその男性は全身に酷い火傷を負い、皮膚はどろどろに溶けて肋骨が覗いていた。呼吸もなく死んでいる事は明らかだった。


その死者である男性を境にして僕は改めて周りを確認する。僕の周りには性別問わず崩れ落ちて来た男性と変わらぬ姿の人達が大勢積み重なっていた。どうやら僕もその中の1人のようだった。


そんな自分の今の状況を把握するのにさほど時間はかからなかった。僕は今、死者が捨てられている場所にいるようだった。


穴の上にいる人に僕は生きていると訴える必要があった。僕は叫んだ。大声で呼びかけた。僕は生きている!死んじゃいない!だからここから出してくれ!と。


だがその声も虚しく、届く事はなかった。叫び疲れた頃に太陽が見えてる位置に複数の人夫が現れた。全員がスコップを持ち、額の汗を拭っている。


「とっとと終わらせるぞ」


そういい、死者達に紛れた僕がいる穴の中へ土を投げ入れて始めた。光の当たる世界が徐々に暗闇の世界へと変貌していく。僕の顔や腹に土が当たる。痛みはないが底知れぬ不安を覚え、怖くなった。


このまま生き埋めにされてしまうのか?

そう思っている間に、穴は完全に塞がれた。


重美さん!と思った。思ったと同時に大勢の死者達の声が穴の中に谺する。次から次へと愛しい人の名前を呼び始めた。それはいつしか憎むべき相手に対しての憎悪と変わっていった。


敵国であったり親であったり我が子に対してであったりと死者はそれぞれが憎む最大の怨みを込めて死せる屍となった今もその怨念を地中深くから叫び続けた。


その屍達の群れは5倍速されているかのように、腐敗し、削がれ、喰われた肉は地中の虫達の栄養分と成り果てて行った。


体液が流れ出し土へと帰る。そのせいで深い穴の地盤が緩んだ。ガタっ!と背後から凄まじい衝撃を感じた。


そちらを見るが暗過ぎて何も見えなかった。ただ何かが崩落したという事だけはわかった。


わかると同時に僕の下敷きになっている多くの屍達が1人、2人と、穴の底に出来た新たな穴の中へと落ちて行くのが見えた。


その穴には底がなかった。どこまで行っても深い闇の穴だった。そして次々とその穴へ落ちて行く屍達の思念が底なしの穴に取り込まれて行く。


底なしの穴の中には愛がなかった。優しさもなかった。慈悲も自愛もなかった。あるのはただどす黒い憎悪の思念だけだった。その思念が、落ちて行く僕の中へと入ってくる。蔦のように絡みつく。


やめろ!いやだ!ぼくにはたいせつなひとがいる。あいしてやまないひとがいるんだ!


その気持ちを喰らおうと底なしの穴の底から4本の腕が伸びてくる。その4本の腕は屍達が発した憎悪の思念を喰らいながら僕を捕らえようと腕を伸ばして来る。


僕の四肢を掴むが、僕は嫌がり暴れ回った。そんな僕など無視して4本の腕は僕の四肢を引き裂いた。骨になった筈の僕の身体から血が飛散する。更にその血を浴びて4本の手が僕の胴体と頭を摑んだ。頭を握りつぶし頭蓋骨が潰れ耳から脳みそが飛び出した。顎の骨が折れて歯が砕け散る。鼻骨が折られ呼吸が緩慢になる。息苦しい。だが4本の腕は僕を破壊する事を止めなかった。僕の中にある闇に隠れた憎しみという思念や感情を喰い散らかそうと躍起になっていた。だが今の僕には重美さんがいた。愛する人がいた。平気でパワハラ的な暴言を吐く可愛い人がいた。僕はそんな重美さんが何より大好きだった。だから4本の腕に破壊尽くされようと恐れはしなかった。一心に重美さんに会いたいと願った。タバコの煙を吐きかけられたいとまで思った。実際にされたら嫌だけど、それでもそんな行為にふける重美さんも愛しい存在だった。僕は4本の腕に無残なまで粉々に砕かれ穴の底へ向かって落ちて行く。まるでそれはライトアップされた桜吹雪のように儚く、そして惨かった。痛みが胸を駆け巡る。大量に沈澱した屍達の無念が僕の痛みの中へ呼びかけてくる。その中の1人にマスターがいた。いやマスターにそっくりだからマスターの父親だろうか。側にはマスターの祖父がいた。彼等の人生が走馬灯のように僕の中に入ってくる。彼等は2世代に渡り、人をこの穴へ送り込み続けていた。その根本は人間に対する増悪だった。そのようなマスターの祖父や父の怨念に似た憎悪が2人混じり合う。そして叫んだ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。その声はマスターそのものだった。そしてマスターの声をした2人は3代目であるマスターにも殺害を強要した。だがマスターは父をたぶらかし祖父殺しを父と画策した。提案したのは勿論マスターだった。穴の存在を隠していた祖父が許せなかったからだ。マスターは父を丸め込みバットで祖父を殴り殺した。穴は人間の思念を喰らう事でその力を強め、地上にまでその影響力を広げていた。直接穴へ落とさずとも穴の主である増悪の権化の食人仮面の力によって命を奪う事が出来る。そのようだった。だが奴らは僕達に対しては何故か失敗した。その怨みが今、屍達の思念へ伝わり激しく僕に襲いかかる。憎め。恨め。そして破壊しろ。破壊しろ。破壊しろ。2度と幸せを得られないようになるまで粉々に破壊しろ。私達がされたように今度はこちらからやり返すのだ。その声達に誘われるように僕の中で憎悪が膨れ上がって行く。22年の人生の中で妬み憎み殺意を抱いた人間に対し僕は憎しみを膨れ上がらせた。その膨れ上がった憎悪が屍達と1つになる為に、4本の手の主が更に屍達を煽り続ける。増悪の思念が更に僕を駆り立てる。僕の怒りが頂点に達した瞬間、僕は悲鳴を聞いた。重美さんの悲鳴だった。初めて重美さんが怯える姿を目の当たりにした。これは……この悲鳴は……そうだ。食人仮面に干渉された萠さんが破裂した時に重美さんがあげた悲鳴だった。このままじゃいけない。重美さんが危険だ。


そう思った時、僕は現実へと引き戻された。目の前には涙を流す重美さんが見えた。僕をその細い両腕でしっかりと抱きしめてくれていた。目を開けた僕に重美さんが泣き顔のままキスをしてくる。


「タバコ臭い」


そういうと頭を叩かれ又、キスをされた。

僕達は、いや僕はたった今間違いなく食人仮面に干渉されていた。こうして戻ってこれたのはきっと重美さんが僕を抱きしめてくれていたからだ。その愛が僕を深い穴の底から引き上げてくれた。僕は重美さんの身体に腕を回しながらこういった。


「重美さん、今の僕、めっちゃ勃起してます」


「それは今この瞬間において世界で一番の朗報ね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ