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第七章 ⑥①

東京大空襲の後、焼け野原となったとある場所に深い穴が掘られた。そこには身元不明の多くの死体が投げ込まれ、そのような死体で穴が山積みになると、人夫達は新たな場所に穴を掘るよう命じられた。そして新たに掘り出した穴にもウジが湧いている山ほどの死体を集めては次々と穴の中へと放り捨てられた。


生き残った者達は我先にと自分の土地だと主張する為にロープで境界線を張った。だがその中で誰一人として近寄らず自分の土地だと主張する者が現れなかった土地があった。


それこそが大空襲によって死んでしまった身元不明の者達の死体を埋めた場所だった。


その周りにも生き延びた人が近寄る事はなかった。たった1人を除いて。その人物こそ僕の父だった。戦後父はあらゆる仕事をしながら生計を立てていた。


あのような場所の上に家を建てたものだから、事の次第を知っている人間は皆、陰で父の悪口を言っていた。


死者の魂を土足で踏み躙るような奴が商売で成功する筈がない。全くその通りで父の事業は悉く失敗に終わった。


借金は嵩み、いつしか父は朝から酒を飲むようになった。母に暴力を振るっては泣かせるなど日女茶飯事だった。


そんなある夜、仲間と飲みに出かけた父の隙を狙って母が父の友達と夜逃げをした。


それを知った父は怒るでもなくただ、酒を浴びるように飲み、これも[生魑魅(イキスダマ)]のせいだとぼやいていた。


だが母がいなくなって日が経つにつれ、父の気持ちに変化が訪れた。酒は相変わらず飲んでいたが、暴力の矛先がついに僕へと向けられるようになったのだ。


目が開けられない程、殴られるのはまだマシだった。それ以上最悪なのは、板床の下の地面に埋まった土を掘り返させられる事だ。


「全員の死体を掘り出して供養しろ。こいつらはとっくに死んだ癖に俺にちょっかい出して来やがる。だからいいか。骨だろうが構わない。掘り返して墓を建ててやれ」


墓など建てる場所など何処にもある筈もないのに父は一回言ったら聞かなかった。だから僕はウジがミミズやオケラがわんさかいる土を掘り返しては骨や髪の毛を拾い、バケツに詰め込んだ。


そしてそのまま直ぐ隣の地面に埋めた。父には寺へ持って行き無縁仏として供養して貰ったと嘘をついた。


たった数日掘り起こしただけで、父が僕の言葉を信じたのはやはりお酒のせいで頭がイカれ初めていたからだろう。家の下に沢山の死体があると言うのはいい気分ではなかった。


けど、たまに父が出かけている隙をみて、板を上げ線香を焚いて成仏を願うと、何となく死体も満足し許してくれた気になった。だから僕が取った行為が悪いだなんて思いもしなかった。


実際それ以来父が、生魑魅によって呪われていると口にした事はなかった。


生魑魅(イキスダマ)というのは生きている者の怨霊という意味なのだから死者が父を呪うだなんて最初からなかったのだ。


母が友達と逃げた事を生霊のせいにしたかっただけだろう。なのに父はこの骨となった死体の数々を生きている人間だと思い込み、呪われていると信じて疑わなかったのだ。


僕が嘘をついた事で父は不思議と酒の量も減り、外で働くようになった。日雇いだったが、月に数回はそれなりの食事をとる事が出来た。


復興に向けて家の改築を決めたのは父だった。その頃の父は闇市などに幅を利かす兄貴分がいた。在日朝鮮人だったが、金のはぶりもよく、父の給料も随分と多く貰えていた。


そんな兄貴分の命を受け、父は山ほど死体が埋まっている我が家を改築し、喫茶店を開く事になった。


その時、板床の下の死体が見つかるかと不安でしかなかったが、驚く事に地面に埋めた筈の死体はすっかり無く、代わりに深い穴が空いていた。


さすがにこれだと基礎工事も難しいとなり、穴は他所から運ばれて来た土によって埋められ喫茶店の基礎工事が始まった。


出来上がったのは喫茶店という名ばかりで中身は麻雀などの賭場や売春宿の隠れ蓑として喫茶店があった。僕はその中の1人のおばさんと良い仲になった。


坊ちゃんと呼ばれながらチンコをいじられるのがたまらなく好きだった。けど、売春宿には若い女も増え始めたせいで、僕もそちらへ乗り換えた。


その頃、僕は17歳になったばかりだった。けど小さな売春宿の為、浮気はすくにおばさんにバレた。若い子とつかみ合いの喧嘩が始まり、仲裁に入った僕は思わずおばさんを殴り飛ばした。


打ちどころが悪かったのか、そのまま意識を失い、高鼾をかきはじた。そのまま寝かせておけと命じた数時間後、浮気相手の女が血相を変えて僕を呼びに来た。部屋に行くと既におばさんは死んでいて糞尿を垂らしていた。


僕は後は任せて仕事しろと命じ、おばさんを家まで運び込んだ。死体の処理には持って来いの場所を僕は知っていたからだ。


喫茶店が閉まった深夜、僕は押し入れに隠していたおばさんを引き摺り出し喫茶店へ向かった。隣同士だった為、移動は比較的楽だった。


そして喫茶店の床板を探し地面を掘ろうとした。だがその必要はなかった。穴から噴き上がる風が、心地よかった。僕はその中へおばさんを投げ捨て床板を嵌めた。正直、なんて便利な物が床下にあるんだと思った。


戦争以外で人を殺しても捕まる事はないと思った。いや違う。穴に捨てれば決してバレないから捕まらないのだ。それから僕は結婚して子供が出来るまで父親とその兄貴分と仲間、歳をとり過ぎた売春婦を数名殺害し、穴へ捨てた。


そして結婚を機に生まれ変わると決めて、喫茶店を改築し直す事にした。ノウハウは既にわかっていた。その時、僕は丁度35歳になったばかりだった。


そして新たに出来た喫茶店を僕は

「喫茶 じくう」と名付けた。それは穴に捨てれば時空を超えるように死体が無くなって行ったからだ。その素晴らしさの為、じくうと名づけた。


父親の兄貴分から奪ったお金も改築のせいですっかり底をついたが、幸い、喫茶じくうが繁盛した為、生活に困る事はなかった。


長男も生まれすくすくと育っていった。殴ると将来仕返しをされる事は自分で良くわかっていたから、甘やかして育てた。


それが功を奏したのか、喫茶店の後を継ぐ事も嫌な顔一つしなかった。二つ返事で承諾し、私は老後の人生をゆっくりと過ごす事が出来た。


人生において1番大事な事は何をしても決してバレない方法を見つけ出す事だ。浮気、脱税、横領、殺人。何をしても構わないが絶対にバレない事だ。


けれどこの教訓を息子に伝える事は出来なかった。どちらかと言えば不器用だったからだ。


だが、孫はそうじゃない。顔つきがそっくりな為、孫の世話をするたびにその事を吹き込んだ。我が家の床下には宝物がある。そう話した。そしてそれを伝えた数日後、私は孫の振り抜いたバットで後頭部を殴られて死ぬ羽目になったのだった……。




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