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第六章 ⑤⑧

おばさんは自分の席に戻ると苛ついたような手つきで灰皿にタバコを押し付けた。


そして随分と長い時間放置されていたカップに口をつけるが、口に入れた瞬間、顔を歪め含んだ飲み物をカップに戻しマスターと声を荒げた。


「私にもあの自殺志願者な女の子と同じ物頂戴」


おばさんは女の子が店を出るまで色々と難癖をつけるつもりでいる。そんな勢いだった。


「指痛む?」


切ったから痛むのは当たり前だが、何故か重美さんはそんな事を女の子に聞いた。


女の子は首を横に振った。


「食人仮面の声の言うようにしたら痛みは感じません。だけどそうじゃないと凄く痛いんですよね。おかしいですよね?」


「ひょっとしたら……」


オーナーがクリームソーダを運んで来た。


「お待たせ」


そういうと重美さんの肩を突きちょっとと囁いた。


重美さんが僕がいるテーブルへ戻って来た。女の子は長いスプーンでクリームを取り口へ運んだ。

重美さんが、席につくのを見てオーナーが喋り出した。


「あの子、ひょっとしたら、既にあっちの世界に足を踏み入れているのかも知れない」


「どういう事ですか?」


「痛覚だけがあの世界から干渉を受けていて、だからこちら側にいる本体に痛みを感じないのかも知れない」


「食人仮面から?」


「それがあの子にあんな事をさせている名前かな?」


「あの子はそう言ってました。でもそれって私があの世界で話した作り話で架空のシリアルキラーなんですよ」


「それが何故かあの子に干渉している?」


「恐らく」


「幾ら何でもそれは飛躍しすぎですよ。食人仮面って名前くらい、ホラー好きだったら思いつきそうなキャラでしょ?だから実際は偶然にもあの子も思いついた名前で、あの子がそのキャラにのめり込んで聞こえてもいないのに聞こえて来るって錯覚してるだけだと思います。重度の統合失調症かも知れないからおばさんの言うように病院に行かせた方が良いと思いますよ」


「かも知れない。だって腕の自傷も食人仮面に言われたって言ってたけど、その傷は随分と古い感じだし……1ヶ月位であんな風な痕になるのかな?」


「1ヶ月程度で皮膚を切った切り傷があのような白い傷痕にはならないだろうね」


「治癒には個人差あるでしょうけどあの子が免疫力が高いとは思えないし」


「そうね。免疫力アップはポジティブになるのが一番だっていうし、そのポジティブさはあの子からは感じない」


「という事はたまたま重美さんが言ったものとあの子が作り上げたものが一致したって事ですか」


「名前はね」


「はい?」


「あの子のスケッチブック見たのだけど、多分血で描いていたのが食人仮面だと思う」


「どんな感じでした?」


「私があっちの世界でパッと妄想した食人仮面ってジェイソンみたいな感じをイメージしたのだけど、あの子が描いているのとは全然違くて」


「私もさっきチラッと見えたけどジェイソンとは違っているね」


「どう違うのですか?仮面つけてるのは一緒じゃないですか」


「そこの部分はね。けどジェイソンはホッケーマスクだけど、あの子の描いた食人仮面はさ。魚のエイっているじゃない?」


「はい」


「そのエイが仮面なの。尾っぽも凄く長くてさ。股間の辺りまで垂れてた」


「そんな絵を自分の血で描いていたって事ですか?」


「そうなるわね」


「やっぱ直ぐに病院に行かせた方が良いですよ。指も切ってる事だし、救急車呼びましょう」


「大魚駄目。それは待って」


「どうしてですか?」


「オーナーさんの言うようにあの子、あの世界きら干渉を受けていると思う。今、救急車を呼んでも突然消えたりしたらどうする?」


「消えないでしょう。僕達だってそうだったじゃないですか」


「私達はそうね。けどこれまでは皆んなこちら側に身体が残っていたじゃん?心まではわかんないけど。ね?オーナーそうですよね?」


「……そう、だね。草間さんや、あ、草間さんってのはさっき君達が話していた人ね。私も今、店にいる残りの2人は身体はこちら側に残っていた。けど、肉体ごといなくなったのは確かに今まで何人かはいたよ」


「その人達は皆んな、あっちから何かしらの干渉を受けていたのじゃないですか?でなきゃオーナーが、あちら側から何らかの干渉を受けているかも知れないなんてパッと言えるわけないよ。そうですよね?」


僕はチラッと女の子を見た。クリームソーダのアイスクリームは既に無くなっているが、女の子はいつまでもスプーンを舐めていた。


オーナーは気まずそうな表情を浮かべ頭を掻いた。その手がいつしかエプロンの裾を掴んでいた。


「うん。身体ごと消えた人達は皆んな、ある日突然、意味不明な事を言い出したりしてね。ヤバいなって皆んな思ってると、その後、店を出た後、直ぐに消えてしまったんだ。幸いって言ったら申し訳ないが、この店の中にいる時に消えなかった事は、私にとっても運が良かった」


「ちょっと。それって僕達と同じ現象じゃないですか」


「君達の場合とは違うよ。君達はトラックに跳ねられたでしょう?今いる世界から干渉を受けてから半分だけ向こうへ行った。これが普通なんだ。あっちの世界へ行く人間は皆、必ずこちら側から何かしらの干渉を受けてから飛ばされる。だけど、身体事消える者は本当、濃い霧の中へ入って行くかのようにいなくなるんだ」


「という事はあの女の子も……」


「恐らくね。ここに来たって事は、あっちの世界に引き寄せられている事は間違いない。だけど本来なら君達のような体験をして戻って来られるのだけど、あの子の場合はそうはならないだろうね。既に食人仮面とやらに存在そのものが認知され干渉されてしまっているから、身体ごとあっちの世界へと連れて行かれる筈だ」



「マスター!私のクリームソーダまだ?」


草間さんというおばさんが棘のある声でそう言った。


「ごめんごめん。今、直ぐ作るよ」


オーナーはいい、重美さんの肩をポンと叩き、


「君が思い悩む必要はないからね。2人は2つ。1人は1つ。あの子の魂と身体はあの子のものだから」


オーナーはいい、厨房へと戻って行った。


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