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第六章 ⑤⑤

その後、重美さんの提案で例の喫茶店へ向かってみる事にした。入るか入らないかは近くまで行ってから決めようという事になった。


どうしてかと言うと、入った事によって再び、あの世界へと飛ばされる事を避けたかったからだ。特に僕はその気持ちが強かった。


何故なら今夜、重美さんが家に泊まってくれそうな雰囲気があったし、そうなったら、自然とそうなるのはわかっていた。


僕だって男だから我慢が出来ないだろうし。勿論、無理矢理なんて有り得ない話だけど、大好きな女性とそのような関係性になる最大の日をあの世界に飛ばされる事で台無しにしたくなかった。


重美さんも同じ気持ちだと嬉しいのだけど、それを女性に聞くというのはモラルがないしとても非常識だ。


期待を胸に秘めながら好きあらば妄想してしまいそうになって股間が疼くのを必死に抑えながら僕達はハンバーガーショップを後にした。


店を出ると重美さんの方から手を繋いで来た。握った瞬間、僕の顔を下から見上げるようにしたのはあの確認の為だろう。僕は澄ました顔でどうしました?って言った。


「触ったらわかる事だけど、公共の場でいきなり彼氏のチンコを掴むなんて事、清純派な私には絶対無理だからやらないけど、何も起きてないとなるとそれはそれで寂しい気持ちにもなるってものよ」


「ご心配には及びません。素早く位置を治して腰を少し引いてるので、スーツでも多分バレないかと。それに行き交う人が股間を見つめる事はないだろうから、勃起している事はバレないし、それを知っているのは世界で重美さんただ1人です」


「ヤバい奴」


重美さんはいうが何処か楽しげだった。


「将来的にはデートの度にずっと勃起されてちゃ困るけど、でもそれが無くなるって考えると、面白さも半減だし、ちょっと寂しい気もしないでもないかなぁ」


「寂しいのですか?」


「うん。私でしか勃起しないってのがたまらなく良いのよ。それがデート中何も起きなければ、小慣れた感が溢れ出てる感じするし。かと言って猿じゃないから四六時中勃起されてもねぇ。それはそれで大魚が手コキで良いので!とか言いそうだしさ。だからって小慣れたせいで普段勃起しなくなっても、たまに会社の同期や後輩と飲みにいったりして私に隠れて勃起なんかしたら、それは腹立つし許せないからなぁ」


「幾らなんでもそれは無いですよ」


「わかんないわよ。男って生き物はチンコに人格ないから。今の大魚のように彼女がいても風俗にいったり、キャバ嬢に対してやりてーとかなって見境なく勃起したりするし」


「僕に限ってそれはないです。風俗もキャバクラも行かないですから。僕の勃起は重美さんが側にいて手を握ってくれているからですよ」


「それなら良いのだけどね」


そんな下ネタな話をしながら僕達はゆっくりと喫茶店のある方へと歩いていった。


「このスーツ、クリーニング出してくれたのですね」


「うん。事故で撥ねられたせいで少し汚れてたから」


「ありがとうございます」


「つか、私、大魚の私服姿ってマーラから貰った民族衣装しから知らない。なんかびっくりだよ」


「僕達は出会ってまだ1ヵ月くらいですけど、確かに1ヶ月もあれば普通私服姿くらいは何度か見れますよね」


「だよね。何か不思議な感覚」


「そうですね1ヵ月の殆どが僕達意識不明でしたから」


出会って好きになってからの日々を僕達は別な世界で生活を共にして来た。


普通のカップルとは全然違って、普通というものがまるっきり足りていなかった。


足りていない事で何か問題が起きた訳じゃないから別に構わないのだけど、それに気づいた事で普通というものがとても良いものだと思える。


これからは重美さんと2人で普通である生活を楽しみたい。勿論、普通というのは人それぞれだからあれだけど、でも普通である事は悪いことではないと今更ながら気づけた気がした。


その喫茶店の名は「じくう」だった。あの日、店名など気にせず入ったが、改めて確認すると平仮名で「じくう」と書いてある


「ここ「喫茶 じくう」っていう変わった名前だったんですね」


「ね?どういう気持ちでこんな名前にしたのかなぁ。匂わせ感プンプンじゃん」


「でも、この喫茶店に入った人間が全員僕達のようになるわけでもないでしょうし」


「私達みたいな事が再々起きたら大変だよ。運良く助かったから良いようなものだけどさ。2人で2つとか意味不明な言葉を投げかけられたって正直、なんのこっちゃだしさ。だからあんな目に遭う人の殆どが死んじゃうだろうね」


「喫茶 じくう」の古びた外装もそうだが、店内は昭和?的なレトロチックさを醸し出していた筈だ。テーブルや椅子、ソファや砂糖の入れ物やカップやソーサーに至るまで古めかしかった。派手な色使いはなくシックな装いではあったけど、柄物が多かった気がする。特にソファがそうだった。田舎の親戚の応接間などに置かれてあるちょっとセンスを疑ってしまうような暗い柄模様のソファだ。値段は今風だった筈だ。


「あの時、重美さんタバコ吸いました?」


「吸ってないよ。どうして?」


「灰皿なんかあったかなぁって思って」


「確か奥の席にいた太ったオバさんがタバコ吸ってたから灰皿はあるんじゃない?ていうか灰皿に何か特別な意味でもあんの?」


「いえ、もし改めて入って灰皿がなければあの時僕達が入った喫茶店とこの「喫茶 じくう」は別物という事になるよなって思ったんです」


僕は「じくう」の入り口であるステンドガラス付の引き戸を遠目から眺めながら、そのような話をした。


「あんな所にベルなんてついてました?」


「覚えてない」


「重美さん、どうします?」


「入ってみよっか」


「マジですか?」


「うん」


「またあんな風な目に遭うかも知れませんよ?」


「遭ったら遭ったで良いんじゃない?それともあんな目に遭うと私と愛を深める事が先延ばしになる可能性があるから嫌なの?」


「はい。その通りです」


正直な気持ちを伝えた。今更重美さんに気持ちを隠す必要性も隠す事もないと思ったからだ。


「わかった。なら今から大魚の部屋に戻っていっぱいエッチな事して童貞卒業記念として、明日、中に入ってみよ?それで良い?」


「勿論です!異存があるわけありません!」


「ったく、猿男かよ!」




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