第六章 ⑤④
そこで僕は見てきた巻男の事を全て話して聞かせた。
「それめちゃくちゃ怖いんだけど」
「巻男がですか?」
「巻男も何か神か悪魔みたいな感じだし、どちらかというと悪魔の手下?ぽくない?だって腕を回すだけで死人を巻き上げるんでしょ?それに一言「はい」って言えば動き出すんでしょ?まるでゾンビを操作してるみたいじゃん」
「改めて言われると確かにそんな感じしますね」
「後、巻き上げられた人間の違いも怖い。罪人とか良い人とかに分けられてるようだし。私、マジで死ななくて良かったわ。それって最後の審判じゃないのかな?もしくは閻魔様とか?」
「どうなんでしょ」
「まさか私が死んだ時、重美は下ネタばかり言っておったから、地獄じゃ!なんてマジ勘弁だからね。誰彼構わず下ネタ言ってる訳じゃないし、それに下ネタってコミュニケーションツールの1つたがら」
マジで嫌がってる風の重美さんが、可愛かった。
そういうと
「知らない事、ましてや死んだ後の事って誰にもわからないじゃない?だから何か怖いのよ」
「因果応報があるとすれば、自分を見つめ直す良いきっかけになるかも知れないですけど、下ネタはやめないで下さいね」
「大魚は私を地獄に送る気なの?」
「何も下ネタ言ったからって地獄とは限らないですよ。それこそ死んでみなきゃわかりっこありませんからね」
「えーそれでマジで言い過ぎだってなったら生まれ変わったとしたら、私、誰かのチンコに生まれちゃうかも知れないじゃん」
それを聞いて僕は笑った。
「チンコって。そのものに命があるわけじゃないですから」ふ
クスクス笑いながらいうと
「大魚のはそんな感じじゃない。手を繋いだら勃起。話しても勃起。いつも勃起。これで私の裸をみてバッキバキに勃起しなかったら、マジぶち殺す」
童貞卒業前に最大のプレッシャーを与えて来やがった。ま、不安はないけど、ただ緊張はするだろうから、あり得ない話ではないのがちょっとだけ怖かった。それはさておき僕は巻男の事をそんな風に思った事はなかった。中々面白い捉え方だなと思った。神か悪魔か。仏か閻魔か。なるほど巻男自身も半男半女の姿だし身体が小さいからと言って、あのグロテスクさは中々のものだった。でも個人的には悪魔や閻魔様なんて巻男の姿からは想像も出来なかった。ただ特殊で特別な存在である事は理解していた。話しかけても小さな子供のようだし、語彙力は全くないと言って良かった。それでも何となく巻男の言葉を理解し、僕はあの鉄球から逃れ重美さんの後を追う事が出来た。もし巻男が悪魔なら僕が逃げ出すような事は許さないだろうし、神なら何かしらの赦しを乞うような事を言って来た筈だ。仏なら因果を説きそして僕にその流れを理解させようとしただろうし、閻魔なら更なる地獄へと向かわねばならぬと生前して来た悪い事と思われるものを、並べ立て僕を引っ立てたに違いない。だがそれすらなかったと言う事は、やはり巻男は巻男でしかなく、ただ死者を巻き上げ、整列させそれ相応の世界へ送り届ける為だけの、死者の集配配達人のような存在ではないだろうか。
「大丈夫です。僕は重美さんが大好きだから。大好きな人だからしっかり勃起します」
「ただの勃起じゃ許さないからね。ギンギンになってて、初めて私を愛しているんだなって思うから」
「はい」
僕はいいちょっとだけ胸を張ってみせた。童貞がするような態度ではなかったけど、それくらい重美さんの事が好きだと言う態度を示したくて僕はそうしたのだった。
「ならもう1つは?」
僕のポテトに手を伸ばしながらそう言った。
「え?もうないですよ 巻男で2つ目ですから」
「あ、そうよね。うん。そうだった」
重美さんのどうって事のない勘違いだったが、何故か喉に小骨が刺さったような違和感が拭い去れなかった。その違和感は重美さんにまだ何か伝え足りていない事がある気がして僕は数秒の間、黙ってしまった。
「どうしたの?」
「重美さんの言ったもう1つは?って言葉で、確かにそうだったなって思ってしまったんです。そう思ったらある事を思い出して……」
「ある事?それはどんな事よ」
僕は鉄球から抜け出し重美さんを追いかけて闇の中へ入って行った事を、そして抜けた先は光の強い何もない空間に出た事を、改めて話した。
「そこに出た時、声が聞こえたんです。最初は巻男かな?って思ったんですが、喋り方も言葉の多彩さも違っていて、だから巻男とは別人だなって。でもそれが誰かは結局わからなかったんですが……」
「うん」
「それでその声は色々と言っていたのですけど、覚えているのが1つだけあって、忘れてましたけどずっと気になっていたんです」
「その声はどんな事を言ってたの?」
僕は声の主の言葉をそのまま重美さんへ伝えた。
「望んだようにしか道は開かれず、望んだようにしかその場へ向かう事が出来ない。それが魂の在り方だ」
言ってから一息つく。氷の溶け始めたジンジャエールを飲んだ。
「多少間違いな所はあるかもしれないですけど、大体こんな風に光の中にいた僕へ声の主は言って来ました。この言葉の意味がいまいちよくわからなくて……」
「まんまじゃないの?多分、大魚は深く考え過ぎなんじゃない?だからよくわからないのだと思う。つまりさ。有名人になりたい。歌手になりたいと望めば、その為の道が開けてそういう世界の中に向かって人生が開かれて行く、それが人間に備わっている魂の本質だって事じゃない?思い通りになるのが魂の存在なのかなって。私はそう解釈したよ」
「その魂ってのがよく分からなくないですか?心の事なんでしょうか?」
「それを言ったら心だってよくわからないじゃない?感じたり考えたりするのは脳でしょ?でも心というものもある。だから例えば私が大魚を好きって思った瞬間って、最初に心がそう感じて瞬発的に脳へ私は大魚が好きって事を伝達してるんじゃないかなって思うの。全ての始まりは心で次に脳。そして感情に出るのが人間の仕組み?メンタルって言った方が良いのかな?とにかくそういう流れがあるんじゃない?」
「という事は魂と心は同じって事でしょうか」
僕がいうと重美さんはテーブルの上に伏せて置いてあったスマホを手にした。
「心は感情や思考を表して、魂は人間の本質や生きる力を指す。概念的には異なっているが密接に関係している。心は人間にある喜怒哀楽といった感情を自覚できるものの事であり、他者や環境に影響を受けたりするもので、魂はそんな欲求を超越したものであり、肉体と心の死により離れたり帰還したりするもので、つまり人間の本質や生きる力の事を魂と呼ぶ、だって。かなり端折ったけど、スマホ充電したら大魚も調べてみて」
「はい。そうしてみます」
言ってから直ぐ僕は言葉を続けた。
「話は戻りますけど、僕達はやっぱり撥ねられた影響でか、もしくはぐるぐるのせいでかはわからないけど、この身体から魂の半分があっちの世界に行っちゃったって事なんでしょうね」
「まぁね。こういう不思議な現象は全て答えがわかるわけじゃないけど、多分そうじゃない?それにもし魂が全部行っていたらこちらに残っていた本体は完全に死んでいただろうしさ」
「でも身体もちゃんとありましたよね?」
「うん。あった。感覚だけじゃなかった。大魚の勃起したチンコの手触りもちゃんと覚えてるし」
「覚えてるんですか!」
「当たり前じゃん。だって私の手は形状記憶ハンドだからね。だから大魚の勃起度がどれくらいか私にはわかるから注意しときなよ?」
重美さんはいい少しだけ悪い表情を浮かべた。




