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第五章 ④⑨

「確か、どんな事が起きたとしても、割り勘だけは忘れてはいけないよ、でしたっけ?」


「だったかな」


「重美さんは喫茶店を出た後の事は覚えてます?」


首を振った。


「僕もです。という事はですよ?喫茶店を出た所にぐるぐるがあったって事でしょうか」


「そう考える方が理屈にあう気はするよね」


「なら別の世界、つまりここから人間の世界にも行き来出来る事になりますよ?」


「うん。ひょっとしたら、目撃されたと言われているUMAって私達とは逆に人間の世界に来てしまった者達なんじゃない?」


「でも、その殆どが世間を驚かす為だけにわざと写真や動画を加工したってなってますよね?」


「どれだけの数がそうされたか私は知らないけど、未だ説明つかない物だってあるわけだよね?」


「詳しく知ってる訳じゃないから分からないですけど、あるでしょうね」


「私達が東京に戻ったとしてこの体験談を話しても信用はされないよね?それとUMAは同じ立場だったのかも」


重美さんの言うように僕達の体験を話した所で誰一人信じてくれないだろう。


写メや動画を撮り、それを持ち帰り見せたとしても、加工だの何だなの言われるのは目に見えている。


つまりこちら側からも行けるって事か。ただそれには何処のどのぐるぐるを通過すれば良いのか?盲滅法に入っては戻る、もしくは入っては新たなぐるぐるを通って見ることで東京に戻る事が可能になるのかも知れない。


そうする事とクルクルを探す事、いや、ぐるぐるを見つけてそこに入り、出た場所でクルクルに入れば……帰る事が……


それって入って来た場所へただ引き返すだけじゃないのか?つまり僕達はあの小屋に戻らなくていけないのかも知れなかった。それを伝えると


「マジか」


「東京に戻れる可能性としてはそれが一番高い気がします」


ただし、その場所を間違わなければだ。

幸い、僕達を助けてくれたのはマーラさんでマーラさんはその場所を覚えている筈だ。


「重美さん、引き返しましょう」


僕が言うと、重美さんは返事をしなかった。何かに取り憑かれたように身動きすらしていない。


ただ立って呆然と前を見ている。そちらを見ると既にキツネは頭以外の部位が骨になっていた。キツネは目を見開いたまま息絶えている。


こんな怪獣のような虫がいるような場所には、これ以上いたくなかった。僕は重美さんの腕を取った。


「行きましょう」


その瞬間、風が吹き始めた。晴天の空から雪が舞い降りて来る。それに混ざって大粒の雹が降り僕は重美さんを庇うように肩を抱き寄せた。雷鳴が轟く。豪雨が降って来た。


雷と雪と雹と豪雨が同時に横殴りで僕達に襲いかかって来た。僕は重美さんを連れて蛇行する道の角にある大きな岩の陰に身を隠した。それでも充分ではなかった。見渡すが周囲は雑草ばかりでこの異常な天候から身を守る場所など何処にもなかった。


仕方なく僕は重美さんの背中から覆い被さり雹や雨に当たらないよう壁になった。大粒の雹が額や腕に当たり痣を作る。鋭い痛みが眉間に走った。


生暖かいものが鼻筋を通過していく。額が切れたと思った。それでも僕は必死に重美さんを守った。片目を難く目を閉じ歯を食い縛る。


早くこの悪天候かま終わって欲しいと願ったその時、突然、岩の中央に大きな窪みが出来た。かと思った矢先、渦を巻く何かが次第にその窪みの中から現れた。


ぐるぐるだと思った。僕は重美さんを揺すった。


「重美さん!起きて下さい!」


だが重美さんはカッと目を見開いたまま半開きの口から涎を垂らしていた。陶酔したかのようなその表情に一瞬だけ恐怖を覚えた。


だが揺する事は止めなかった。クルクルは大きくなり、やがて中にある渦が回り始めた。雹や雨が降り続く。身体のあちこちが痛かった。


クソっと思うと、いきなり「ガラガラドン!」と僕達が通って来た背後の岩に雷が落ちた。岩の欠片が散弾銃のように飛び跳ねる。頬や背中に岩の破片が当たる。鋭い痛みが全身を覆った。


「っつ!」


痛みに顔を顰めたその瞬間だった。クルクルの中から無数の細い鉤爪のついた触手が回転しながら出て来た。まるでイソギンチャクの口のような姿に一瞬、頭が真っ白になった。


その合間にイソギンチャクの口は触手をゆっくり回転させながら僕等へ向かって伸びて来る。あっという間に僕等の身体に巻き付いたか。


我に返った僕はその触手を掴んだ。鉤爪が手の平に刺さり咄嗟に手を引いた為、肉が抉り取られた。だがこのままでは2人ともクルクルの中へ引き込まれてしまう。それは僕等が望んでいた事だった。


だが、このクルクルは僕達が耳にした物とは違う気がした。もしこのような物が本物のクルクルだとしたら、マーラさん達も覚えている筈だ。


だが一言もそんな事は言っていなかった。つまり、これは人足蝿やピンク頭のムカデのように悪い物のような気がした。だが足掻けば足掻く程、鉤爪は僕の身体に食い込み皮膚や肉を抉った。


背後から重美さん守りながら中へ引きづり込まれないよう、両足で踏ん張った。だが、触手は赤児の手を捻るようにゆっくりとそして確実に僕達を現れたイソギンチャクの口のような渦の方へと引きずって行く。声を荒げ重美さんの名前を叫んだ。


「目を覚まして下さい!」


だが一向に目覚める気配はなかった。僕は片腕を離し重美さんの頬を打とうとした。その時、僕の手が重美さんの腰に当たった。


感触を感じると同時に僕はそれを掴み引き抜いた。マーラさんがくれたナイフがそこにあったのだ。ナイフの先の曲がった鉤爪を使い触手に引っ掛ける。触手の鉤爪がない箇所を掴んで名一杯ナイフを引いた。


繊維が切れるプチプチという音と共に触手が千切れた。血の底から迫り上がるような揺れのある咆哮が辺りいっぺんに広がって行く。


切った触手はしばらく動いた後、その動きを止めた。僕はそいつを踏み潰しながら、新たな触手を掴み同じように切り裂いた。咆哮は鳴り止む事なく、複数の触手は僕達から離れ鞭のようにしなりながらイソギンチャクの口の方へ戻って行く。


残った触手は更に激しく僕達を締め上げた。それでも僕は切り裂く事は止めなかった。身体が傷つき皮膚は避け、血が流れ落ちる事さえ構わず、ひたすらに重美さんを守る為だけに触手にナイフをかけ、そして雄叫びをあげながら引き裂いた。


出血が多いのか徐々に視界がボヤけているように感じた。血が出るほど唇を噛み締め負けるなと叱咤する。だがその間、一旦、イソギンチャクの口に戻って行った触手が再び現れ僕等に巻き付いた。身体を締め付けられ、腕も足も動かない。抗うのも限界だった。


触手はそんな僕達を供物を捧げるかのように空中へ持ち上げた。蜘蛛が巣にかかった獲物を回転させながら体全体に糸を巻きつけるように、触手も又、隙間がないほど僕達の全身に絡みついた。


触手と触手の微かな隙間から見える岩は既に完全に砕け散っていて、そこには空間と異空間を繋げるトンネルのようにパックリと穴が開いていた。


そこから無数の触手が蔦のように伸び僕達を掲げ上げていた。これで完全に終わりか。


そう思った瞬間、僕と重美さんを包んだ触手はヒュンという音と共に風を切りながらイソギンチャクの口へと戻って行った。


飲み込まれる瞬間、僕は暴風雨が荒れ狂う中、その先に見えた聳え立つ峡谷の荒んだ姿に、僕と重美さんの苦痛に満ちた顔を見た気がした。



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