第五章 ④⑦
「この洞穴の中には何か得体の知れないものがあるのかもしれませんね」
唐獅子とザクロやバクの仲間達と別れた後、僕達は洞穴の中へ戻り何をするでもなく、ダラダラと時間を費やしていた。無言の状態が長く続くと落ち着かなくなると言う人は世の中に一定数いる。
会話は相手への気遣いだとはよく言ったもので関係性を良くする為や継続していくにはこのような気遣いはとても重要な事柄ではある。だが会話が無くても気にせず、気にならず自分の世界に没頭出来る関係性も、これまた素晴らしいし羨ましくもある。
現在の僕に至っていえば、明らかに前者であると認識している為に、会話をしなければならないと考え会話の相手である重美さんが現時点で会話を望んでいない可能性も考えず、僕は口を開いたのだった。
「得体の知れないもの?あるとしたら拳銃だろうね」
そうだ。唐獅子は鉛の玉を撃って来たと言っていたから、それは拳銃の事で間違いはないだろう。つまり唐獅子の言葉からこの土地には未だ銃という物は存在していないと言う事がわかった。バク達の棲家には両刃の斧が沢山あったと重美さんも言っているくらいだから、それは間違いない。
となればやはり重美さんの言うように洞穴の中には拳銃が隠されている可能性があるという事だ。
「それは多分ないと思うよ」
「拳銃がですか?」
「うん」
「どうしてそう思うんです?」
「白骨くんがそう言ってるから」
「冗談はやめてください」
「冗談じゃないけどね」
「え?」
「亡くなった白骨くんの霊が私にそう言っているのよ」
「マジですか」
「そ」
「なら霊は何と言ってるのですか?」
「ここには拳銃はない。何故ならあいつが私を殺した後、衣服と共に持ち去ってしまったからだ」
「つまり白骨死体の他に人がいたって事ですか?」
「そのもう1人の奴が殺したって言ってるのだから、自然とそうなるよね?」
「ええ。まぁ。そうですけど……でもどうしてわざわざ着ていた衣服を脱がす必要があったんでしょうか」
「そんなの私にわかる訳ないじゃん」
「なら霊に聞いてくださいよ」
「聞けねーよ」
「どうしてですか?白骨死体の人は殺された怨みで色々伝えたい事があるから、重美さんに話しかけているんですよね?その無念を無碍にしたらいけないと思います」
「だって作り話だもん」
「はぁ?」
「私の想像」
「今の霊の話がですか?」
「だからそう言ってんじゃん」
僕は溜め息をついた。真面目に話していたから嘘だとは思わなかった。何が起きてもおかしくない世界に僕達はいるわけだから、霊感が研ぎ澄まされ声が聞こえるようになっても不思議じゃない。ましてや僕達はピラミッドの中にいるのだ。ピラミッドには人智では計れない得体の知れない未知のパワーがあると聞いた事がある。
だから僕は重美さんの話も疑わなかった。それに唐獅子も重美さんには良い事が起きる的な話もしていた。だからそれがこの白骨死体の謎を解く為の霊感だったと思うのは自然だと思った。
なのにまさかの作り話だとは……
「考えても見てよ。裸で死んでしまったという事は、それ自体で他者の存在を明かしているようなものでしょ?」
「裸族って話も出ましたけどね」
「私も最初はあるよなって思っていたけどさ。
唐獅子の話を聞いた後でそれはないと思った。唐獅子は知らぬ間にこの洞穴の中で住んでいる奴がいたと言った。近づくと鉛の玉、つまり拳銃を撃って来た。だけどその時、姿を見たとは言わなかった。見かけたのは唐獅子ではなく他のバクの仲間。湖で水浴びをしていた所を見かけたって言った。そうだよね?」
「はい。そう言っていましたね」
「なら、この洞穴の中に白骨くん以外の別な人物がいた可能性はあるって事でしょ?」
「まぁ。そうですけど……」
「おまけに裸のまま死んだ。髪の毛すら残っていなかった」
「はい」
「つまりそれは別な人物が白骨くんを殺す必要があったから」
「どうしてですか?」
「食糧だろうね」
重美さんはいい、側に転がっている缶詰の空き缶を手に取り僕に投げて寄越した。
「何か気づかない?」
「気づかないって何がです?ただの缶詰の空き缶じゃないですか」
「本当に気づかない?」
「これといって変わった所はないですけど」
「ならこっちと比べてみて」
新たな空き缶を投げて来た。受け取った僕は2つの缶詰の空き缶を見比べた。
「あ、こっちには蓋がない」
「そう。缶切りで開けた蓋がないものと残っている物がある。数で言えば無い物の方が多いわね」
言われて放り出された空き缶を見た。見える物だけでも蓋が無い物が多かった。
「普通、缶詰めを開ける時、最後まで切り落とす方が珍しいと思うのよ」
「ブルトップじゃなければ、僕もそうしますね」
「白骨くん以外の人間はその蓋を凶器として利用し白骨くんを殺害したのだと思う」
「殺害する理由は?」
「さっき言ったじゃん。食糧が少なかったのよ。独り占めする為に決まってんじゃない」
「ええ。そうでした。けどそれなら何故、蓋が無い空き缶が多いのでしょうか?」
「頭皮を剥ぎ取る為よ」
「そんな事する理由が、、、あ」
「気づいたみたいね」
「はい。変装する為ですね」
「だと思う。このような場所で変装をする意味があるかは私にはわからない。けどもし誰かしらが2人の存在を知っていたとしたら?1人は見かけないぞ?となったら?」
「当然、違和感を感じられて不審がられます」
「うん。だから犯人は変装する為に白骨くんの髪の毛が必要だった。その為には髪の毛を奪う物を手に入れておきたかった。そうして使えると思ったのが缶詰の蓋だったのよ。それが証拠に缶詰めの蓋だけ綺麗に無くなっている物が多いじゃない?」
確かにこの洞穴の何処にも缶詰の蓋は落ちていなかった。重美さんの推察は当たっているかも知れない。
「白骨くんを殺したのは間違いなく女ね」
「どうしてそう思うんですか?」
「白骨くんが裸で死んでいたからよ」
「だからって女とは限らないじゃないですか」
「自分が生き残る為に平然と人を殺せるのは男より女の方よ。女の私が言うのだから間違いない」
「いやいや、それは男も同じですよ」
「違うね。男と女が一緒にいて1番気を許し油断する時はいつだと思う?」
「さぁ。わかんないです」
「だろうね。だって大魚は童貞だし」
「関係ないでしょ」
「あるわよ。男って生き物はエッチした後が1番気が緩み油断すんのよ。気持ちよかったぁ。満足したわーって頭の中で余韻に浸るの。側にいる女をほったらかしにしてね。勿論そうじゃない男もいる。女を抱きしめ頭を撫でてあげたりキスしたりしてさ。でも頭の中は余韻に浸り、心は上の空なの。だから油断が生じる。肉体的に男に腕力で勝ち目のない女からしたら、エッチの後が最高に有利な立場になる得る時なの。その隙を狙って男の首を缶詰の蓋で掻っ切る。だから白骨くんは衣服を身につけず裸で死んでいった。つまりエッチの後に白骨くんは殺された。だから犯人は女ってわけ」
「なるほど」
と返しながらも僕は、僕もそんな風にエッチをし終わった後にはその余韻に浸るのだろうか?と考えてしまった。
「けど簡単に頭皮を剥ぎ取れなかったのだろうね。だからやたらと蓋が無い空き缶が多いのだと思うよ」
「まぁナイフとかで剥ぐ訳じゃないから相当大変だったでしょうね」
「うん。だから大量の缶詰の蓋が必要となった。缶切りで切った蓋は鋭利な物へと変わるから」
「確かに。それで頭皮を剥いだ後、犯人はしばらくはその人物になりすましていたって事ですね」
「うん。どれくらいの期間、男になりすましていたかはわかんないけど、きっと男という事をバクやその他の生き物に印象付けたかったのだろうね」
「なるほど」
「そうしておけば、万が一の時、死体が見つかっても安全だから。だって犯人は男として度々目撃されているのだから。死体を見つけた者からしたらそう受けとるのは当然よね」
「だから白骨死体を殺した犯人が女だという事なんですね」
「まぁそれもあるけど、白骨くんが衣服を身につけていない時点で私はもう1人いて、それは女で自分1人生き残る為に殺したんだとわかっていたけどね」
重美さんの言葉は後付けな気がするし眉唾ものだが、推察は正しいと思えた。
「なら今現在、その女もこの世界の何処かにいるって事ですか」
「生きていたらね」
「どういう事ですか?」
「まんまの意味よ。だってこの世界ってある意味無茶苦茶だからさ。白骨くんから奪った拳銃で頭をぶち抜いて自殺しちゃってるかもね」
「もしくは狼の群れに襲われるとか」
「うんそうね。あり得ない話じゃない。だってさ。東京でもここでも正直生きていくのってめちゃくちゃ大変だからさ」
自分だけが生き延びる為に殺人にまで手を染め人間が、1人になってみて初めて突きつけられた現実。それに気付き常に不安に苛まれやがて自ら命を断つ。何の証拠も遺書も見つかった訳じゃないから滅多な事は口走れないけど、自分の利益の為に行動する人って、やっぱり最後は惨たらしい結果に落ち着いてしまう気がした。
「ならどうして衣類なんて置いて居なくなったんですかね。ご丁寧に畳んで置いておく理由なんてないだろうに」
「骨になる前に死体が見つかった場合、服が無いと変じゃない。原始人じゃないんだからさ」
「ですけど、こんな場所で裸でいるのも可笑しいと思うでしょ」
「それは人間の私達が死体を見つけた場合なら、そう思うだけで、この辺りはバクの棲家よ?バクが服を着ていた?着てないよね?」
「だけどわざわざ目撃させていた格好が裸かどうかはわからないじゃないですか?もし服を着ていた所を目撃させていたなら、死体を見つけた時、白骨死体が服を着ていない事に気づきそうなものだけどなぁ」
「でもバクには見つからなかった。何故ならこの中に入って来られなかったから」
そうか。そうだった。彼らはピラミッド型の山に近寄りはするが中に入って行く事はしなかった。それはピラミッドという山の存在と得体の知れない人間に対する畏怖からだったに違いない。
「で、結局、唐獅子のいったこの洞穴の何が得体が知れないんでしょうか?」
「そんなの私にわかる訳ないじゃん。もっともらしく話したけどこの話だって私の推察に過ぎないわけだし。全く見当違いだっだって事もあり得るかもよ」
確かに重美さんの推察だ。そしてその推察がこのピラミッド山の洞穴の中の白骨死体の前で行われた事に何か意味があるのか?全く持って無い。何故なら僕らは旅の途中であり、一時凌ぎの為にこの場を休息の地として選んだだけだから。それは偶然に過ぎない。でも何故かそこには白骨死体が転がっていて、バクが現れ重美さんが赤ちゃんを取り出し、宴が始まり今がある。僕達は警察でも探偵でもない。ましてやこの白骨死体の身元を調べる為にこの地へ来た訳ではない。ただ元の世界に戻る為の足掛かりとなる何かを探し出す為だけ、ここにいる。本音としては白骨死体が誰だろうとどうだっていい。それは重美さんも同じだと思う。
だけど重美さんは推察した。する必要があったからだ。どんな理由で?僕にわかる筈もない。
考えられるとしたら、スッキリしたいから。謎を謎とし放っておく事が出来る程、僕も重美さんも歳を取っていないという事だ。
だから答えを必要とした。それが真実であろうと無かろうとそんなのは関係ない。ここにいるのは自分達であり非難した場所に白骨死体があれば、誰だって気に留める。だから自分達に都合の良い解釈やねじ曲げられた答えだろうと、次へと向かう為には何らかの答えが必要なのだ。
そして僕もそれに便乗した。気持ちを新たに出発する為に。
「よし。大魚。ここから出るよ」
「次へ向かうって事ですね」
「うん。クルクルを見つけなきゃ帰れそうにないみたいだしさ」
「わかりました」
僕は身体起こした。
「白骨死体、埋葬しますか?」
「白骨くんを殺した女から憎まれたくないから、そのままにしておいて」
「幾ら何でもそれは無いでしょ」
「殺した事を後悔している女なら、埋葬すると思うけど。それと幾らこんな世界とは言え通常の人間なら自分が殺害してしまった死体を放置出来る?世界は違えど思考まで変わった訳じゃない。まんま人間の考えで私達は生きている。なら証拠となる死体の処分は絶対にするのに、していなかった。それくらい白骨くんは犯人から憎まれていたって事よ。勿論、埋葬しようとしたかも知れない。変装した自分がこの洞穴から出てこの地を去った場合、残した死体から自分に辿り着かれる可能性も否定出来ない。ましてや又、バクに目撃されるかも知れないし。バクは中に入って来れないけど、もし私達のような別の人間がここへ来ないとは言えないでしょ?なのに埋葬しなかった。よっぽど憎かったんだと思う。死体を捨て去るくらい、憎悪していたんじゃないかな。そんな思念がきっとここにも蔓延しているんじゃない?だから私は埋葬は反対だし、嫌」
そんな風に言われたら僕だって嫌だ。放置する事が何も死者に対する冒涜に当たるとは限らないのだ。
「白骨くんは何て思っているか聞いてみてください」
「チッ。白骨くんの声が聞こえてたら教えてやるっつうの」
嘘をついた仕返しが出来た。
「行きますか」
「そうだね」
僕達2人はまだ陽の陽射しが強い中、ピラミッド山の洞穴から新たな場所へ向かって足を踏み出した。




